82番から85番
月見ればまづ都こそ恋しけれ待つらむとおもふ人はなけれど 道因法師(藤原敦頼)
月を見れば、先ず都を恋しいと思います。しかし、待っていてくれると思う人はおりません。
※尾張国に滞在している時に「都の事は忘れぬるか」と言われ送った歌です。私は離れていても都を思っていますが、そんな私を待っている人が居るとは思いませんという事でしょう。
道因は歌への執着が強く、老いても「秀歌を詠ませて下さい」と住吉大社に毎月参詣していたそうです。死後、「千載和歌集」に十八首入集した所、編者の藤原俊成(83番作者)の夢に現れ、泣いて喜んでいたとか。それを見た俊成は更に二首追加しました。
まきもくの珠城の宮に雪ふればさらに昔の朝をぞ見る 皇太后宮大夫俊成(藤原俊成)
巻向の珠城の宮に雪が降れば、更に昔の朝を見ているようです。
※巻向の珠城の宮は垂仁天皇の宮の事です。巻向は「纏向」とも書きますが、ここでは簡単な方で。昔も今も美しいであろう景色を詠んでいるのだと思いました。
藤原定家(97番作者)の父親で、養子には寂蓮(87番作者で実際には甥)や俊成女(実際には孫)が居ます。
桐火桶を抱えながら歌を作る癖があったそうです。
世の中は見しも聞きしもはかなくてむなしき空の煙なり 藤原清輔朝臣
この世の中は見た事も聞いた事も儚くて、むなしい空に漂う煙なのでしょう。
※清輔が母親の喪に服していた時に、源有仁の妻が亡くなった事を知って詠んだ歌です。「見しも聞きしも」は「実際に見た母の死も、人から聞いた有仁の妻の死も」という意味でしょう。「死」というものの悲しみが伝わります。
唐衣かへしては寝じ夏の夜は夢にもあかで、人わかれけり 俊恵法師
衣を裏返しては寝ません。夏の夜は夢では満足出来ずに人と別れてしまいますから。
※衣を裏返して寝ると会いたい人に会えると言うまじないがありました。この歌では夏の夜は短いから会っても満足出来ずに別れてしまう。だから、まじないはしないと言っています。
源俊頼(74番作者)の息子。父を亡くしてから、約二十年の間は歌を詠まずにいたようで、彼の歌は四十歳を過ぎてからのものが多いです。




