49番から51番
ゆひそむる初元結のこむらさき衣の色にうつれとぞ思ふ 大中臣能宣朝臣
初めて結い上げる元結の濃紫が衣の色に移れば良いと思います。
※三善佐忠という人が元服した時のお祝いの歌。位袍(官位によって袍の色が定められていました)では一位が深紫、二位と三位が浅紫なので、「衣の色にうつれとぞ思ふ」は将来の出世を願っています。
時雨とは千草の花ぞ散りまがふ何ふる里の袖ぬらすらむ 藤原義孝
時雨というのは様々な花が散り乱れるものです。どうして古里では袖を濡らすのでしょうか。
※藤原伊尹(45番作者)の息子である彼は疱瘡に罹り、若くしてこの世を去ります。兄弟で同じ日(朝に兄、夕方に義孝)に亡くなっているのが更に悲しみを誘います。この歌は「今昔物語」で「法師の夢に現れて詠んだ」ものです。
夢に現れた義孝は心地良さげに笙を吹いていたので、法師が「母上があんなに悲しんでいるのに、どうしてそのように心地良さげなのか」と問い掛けました。その問い掛けへの返事がこの歌なのです。「自分は成仏して極楽浄土で幸せだから、自分の死を嘆き悲しむ必要は無い」という意味でしょう。
彼は親族や知人の夢に現れて歌を詠んだという逸話が多く残っています。
我がためは棚井の清水ぬるけれど猶かきやらむさてはすむやと 藤原実方朝臣
私は棚井の清水を生温く感じます。それでも、手でかき回してみましょう、水が澄むかもしれないから。
※「貴女は薄情だけど手紙を書こう、そうすれば貴女の元に通い住む事が出来るかもしれない」という意味合いになるだろう歌。当時の結婚と言えば、通い婚なので「貴女と結婚したい」という意味も含まれているかもしれません。相手との仲がどの程度だったか分からないので、どうかは分かりませんが。
陸奥下向の逸話が有名でしょうか。一条天皇の前で藤原行成と口論になり、行成の冠を奪って投げ捨てる事件を起こしてしまい、天皇から「歌枕を見てまいれ」と命じられて陸奥守に左遷されました。




