44番から48番
時しもあれ花の盛りにつらければ思はぬ山に入りやしなまし 中納言朝忠(藤原朝忠)
時もあろうに花の盛りに辛くて、思いもしなかった山に入ろうと思います。
※「小弐につかはし」た歌。少弐命婦という女房と恋仲だったのでしょうね。つれなくされて辛いので、「山に入る」つまり出家しようと思っていると言っています。個人的にはつれなくされた位で弱!と思いますが、この時代ではよく見る行為です。どれだけ辛いのか伝える為にも良かったのでしょう。
少弐命婦の返しは「我がために思はぬ山の音にのみ花さかりゆく春をうらみん」思わぬ出家の便りだけで離れていく貴方を恨みますという意味合いになると思います。
いにしへは散るをや人の惜しみけむ花こそ今は昔恋ふらし 謙徳公(藤原伊尹)
昔は散るのを人が惜しんだだろう。今は花が昔を恋しがっているようだ。
※藤原敦忠(43番の作者)が亡くなった後に比叡山の坂本で花見をした時に詠んだ歌です。「人」と「昔」は亡くなった敦忠を指しているのでしょう。美しい哀傷歌ですね。
義孝(50番の作者)の父。
わぎもこが汗にそぼつる寝たわ髪夏のひるまはうとしとや見る 曽禰好忠
妻の汗に濡れそぼった寝乱れた髪、夏の昼間は疎ましく見るだろうか。
※「寝たわ髪」は寝乱れた髪。結句を「うとしとやおもふ」とする歌集もあるが、疎ましいとは思わないという意味合いは同じです。「汗」「寝たわ髪」「ひるま」といった以前には無い語彙を使って、平安時代らしい風雅さは無い歌です。
中々に変わった方で、呼ばれても居ない場に現れて追い出されたという逸話を持っています。
一巻に千々の金をこめたれば人こそなけれ声はのこれり 恵慶法師
一巻に千々の黄金を籠めましたので、人こそ亡くなってしまいましたが声は残っています。
※紀貫之(35番作者)の歌集をその息子から借りて返す時に添えた歌。「人」は貫之の事。
「千々の金」で恵慶が貫之の歌を絶賛しているのが分かりますね。この歌を受け取った息子は嬉しかったでしょうね。
松島や雄島の磯にあさりせし海人の袖こそかくは濡れしか 源重之
松島の雄島の磯で漁をする海人の袖こそ、私の袖と同じくらい濡れているのです。
※殷富門院大輔(90番作者)の百人一首に採られた歌の本歌。「松島」や「雄島」は歌枕としてよく使われています。
家集「重之集」の中の「重之百首」は百首歌の中で最も古いとされています。




