36番から40番
冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ 清原深養父
冬でありながら空から花が散っているのは雲の彼方が春だからだろうか。
※雪を花に見立てた歌。昔から雪を花に見立てていたんですね。
後撰集の撰者である元輔(42番作者)は孫、枕草子の作者である清少納言(62番作者)は曾孫。
浪わけて見るよしもがなわたつみの底のみるめも紅葉ちるやと 文屋朝康
波を分けて見てみたいものだ。海の底を見れば海松布も紅葉して散っているのだろうか。
※紅葉した葉が散り始めた頃に海の底でも同じなのかと詠んだ歌でしょう。「わたつみ」は海の神、転じて海そのものを指します。「みるめ」は海藻の事で、「見る目」と掛けています。
康秀(22番の作者)の息子。六歌仙の息子である彼も名歌人ですね。
おほかたの秋の空だにわびしきに物思ひそふる君にもあるかな 右近
ありふれた秋の空でさえ侘しいものなのに、更に物思いをさせる貴方なのですね。
※元良親王(20番)や藤原敦忠(43番)等の小倉百人一首歌人や「人のおとこ」といった多くの男性と恋をした右近が、訪れが途絶えてしまった恋人に贈った歌。贈ったのは長月、つまり九月。「秋」と「飽き」を掛けて、自分に飽きて来ただろう恋人への恨みを込めています。
醍醐天皇の中宮藤原穏子に仕えた女房で、女房名から右近少将藤原季縄の縁者(娘か姉妹)だと思われます。
東路の佐野の舟橋かけてのみ思ひ渡るを知る人のなき 参議等(源等)
東国の佐野の舟橋が架かっている様に思い続けているのに知ってくれる人が居ない。
※本阿弥光悦の硯箱にも書かれた歌です。「舟橋」は船を並べてその上に橋を架けた物。風流な光景でしょうね。辛い気持ちも伝わってきます。
面影に色のみのこる桜花いく世の春を恋ひむとすらむ 平兼盛
面影として色だけが残っている桜の花、幾夜の春を恋い悲しむのだろう。
※藤原実頼(26番作者の父親)の「桜花のどけかりけり亡き人を恋ふる涙ぞまづはおちける」への返歌。桜の花は長閑に咲いているが亡き人を恋しむ涙は真っ先に落ちてしまった、という意味の歌です。藤原実頼の娘述子が亡くなった翌年の春に詠まれました。
この先、桜の花を見て何度故人の事を悲しむのだろうという哀悼歌ですね。拾遺和歌集ではこの後に清原元輔(42番作者)、大中臣能宣(49番作者)の歌が続きます。




