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後編

 携帯のメールを受け取った風助(ふうすけ)、シンジ、サトシは、上級生5人の前に躍り出た。

 3人しかいないのを見て、敵も安心しているようだ。武が叫びながら風助達を追い回している。

 バットの周りには誰もいなかった。

「うまくやってくれた」

 木立の中から、双眼鏡で戦況を見た僕は唯に目配せした。

 軍手を二枚重ねてロープを掴むと、僕はそっと崖を下りはじめ……。

 その時、いきなり、ざざっ、とかすかな音がした。

 同時に小鳥のようなかすかな悲鳴。

 僕が見たものは、崖の上から転がり落ちる唯の長靴。

 そして、慌てた唯が長靴とともに崖から転げ落ちる光景だった。

「唯、大丈夫かっ」

「だ、大丈夫。それより、四郎君バットを……」

 崖の下でうずくまる唯。どうやらひどく身体を打って立ち上がれないらしい。

 僕はロープを掴んで崖を蹴るようにしながら、慌てて着地した。

「すぐ助けに行くから待ってて、唯」

 僕は無防備に突っ立っているバットの方に向かった。

 僕がバットに駆け寄って、手を伸ばそうとした時。

「このチビの手が折れてもいいのか」

 振り向くと、どこから現れたのか武が立ち上がれない唯の腕を捻じりあげていた。

「僕の事はいいから……」

 言いながらも、唯の顔は苦しそうに歪んでいる。

「いいか、そこから離れればこいつを解放してやる。だが、離れなければ……」

 手の捻じりがきつくなったのか、唯の口からうめきが漏れた。

 手を伸ばせば届くバット。

 しかし、僕は唯を見捨ててバットを掴むことができなかった。

 僕が躊躇(ちゅうちょ)している間にバットは上級生達に取り囲まれる。

 唯のしゃくりあげる泣き声が暮れかけた空に吸い込まれていった。




 結局のところ、広場をめぐる闘争に決着はつかなかった。

 なぜならあれから数日後、広場にいきなり柵が作られ、工事の車両が出入りしはじめたからである。なんでもごみ処理施設ができるとのことだった。

 そして新しい遊び場を探している時に、急に僕の転校が決まってしまい……。

「四郎、のんびりしている暇はないぞ」

 風助(ふうすけ)の声が僕の回想を突き破った。

 あいつの言うとおりだ、今は戦いの最中なのだ。

 僕は頭をぶんぶんと振る。

 僕らは一旦体制を立て直すために、唯の指示どおり(たけし)達から離れて広場の隅っこに集まっていた。

 武の指令か、遠目に見えるバットの周りにはぐるりと人員が配置され、まさに難攻不落の様相を呈している。

「ちぇっ、いい線いってたのにな」

 サトシが(うめ)く。

「開始後すぐの浮足立ってる奴らの隙を突くって作戦は上手く行ったんだけどな。奴らにもプライドってもんがあるし、まあやすやすとは勝たせてくれまいよ」

 風助が冷静に言い放つと、肩で大きく息をしながら首を振る。

 ちょこまかと動くこの少年のフットワークに幻惑され、バットまで敵の居ない一瞬のルートができたのだが、残念ながらそれを生かすことができなかった。

「無理するな、風助」

 僕は、頼りになる片腕の肩に手をやった。

「リミッターにひっかかるぞ」

 何か反論するかと思ったが、風助は存外に素直にうなずく。

 実のところ、タフな奴も結構こたえているのかもしれない。

「これは多分、僕達の最後の戦いだ」

 唯が思いつめた表情でつぶやく。

「もう、前を向くしかない」

「そう、逃げちゃだめだ」

 シンジが大きくうなずいた。

「時間が無い。こうなれば、捨て身で突撃するしかないな」

 僕の目の片隅には10という黒い文字が浮かび上がっている。

 この仮想空間の使用時間はあと10分という訳だ。

 あと10分とはいえ、現実の時間で換算すると約1時間に当たる。なんせ、若くない脳の反応を組みわせて、出力するという複雑な演算を必要とするのだ。仮想空間の時間は現実の時間よりずっと進みが遅い。

『仮想空間に居られるのは、1時間限り。これ以上の接続は脳が持たないからね。あ、そうだ。頻繁に出入りされるとシステム負荷がかかりすぎるんだ。だから一旦入ったらよっぽどのことが無い限り退出できないようになっているから気を付けてね』

 右下の数字が9に変わった。




「おい、お前ら。そこで固まってごそごそ何をしている。もう降参する相談か?」

 にやにや笑いながら上級生の大きな身体が僕らの前に立ちはだかっていた。

 果敢に飛び出していったのは風助だった。

 振り回されながらも、自分の1.5倍はあろうかという上級生を食い止める。

「行くぞ」

 僕の言葉に、シンジとサトシもそれぞれ左右に散って、上級生一人ずつにむしゃぶりついた。

 バットを守っている上級生は武ともう一人。

 こちらは僕と唯。

 どう見ても、こちらの分が悪かった。

「唯、僕が二人をひき付ける。だから、お前はバットを引き抜いてきてくれ」

 僕達を狙って上級生が飛び出してくる。

「こいつらは僕がなんとかする。迂回しろ唯」

 しかし、唯は顔を横に振った。

「どうしたんだ」

「時間が無い。このままじゃ負ける。だから最後の手段だ……」

 彼は一呼吸すると、いきなり思いつめた顔で僕にしがみ付いて来た。

「し、四郎君。だ、大好きだったよ。空き地で戦う君を初めて見た時、僕は激しい動悸で息が止まりそうだった。君は僕のヒーローだった。ずっと、ずっと……」

 唯の大きな目がうるんでいる。

「もしかしたら、これでお別れかもしれない……」

 彼の息が小刻みになった。

「ど、どうしたんだ、唯」

 何か変だ。僕は彼の肩を掴んで、こちらを向かせる。

「さ、さよな……」

「ゆ……」

 僕の言葉は最後まで発することができなかった。

 なぜなら、僕の唇は唯に塞がれてしまったからである。

 ひんやりとした、陶器のような唇。

 唇を離した唯は、悲壮な顔つきで僕の方をじっと見ている。

「ご、ごめんね……」

 彼の輪郭が揺れた。

「唯っ」

 僕が彼を抱きしめようとしたとき、彼の姿は忽然(こつぜん)と消えた。




 唯の行動に唖然としていたのは僕だけではない。

 足を止めて硬直していた武ともう一人だったが、はっと気を取り直すと僕の方に向かってきた。

 ここは一人で何とかするしかない。

 僕は武に向かうと見せかけて、もう一人の上級生にタックルをかました。背の高い上級生が、勢いよくごろごろと地面に転がる。

 上級生が倒れている間にバットにダッシュする僕の肩を、そうはさせじと武の太い腕が後ろから掴んだ。

「あがくのもそれまでだ。もうタイムリミットが近いぞ」

 右下の数字が赤く変わった。あと5分。

 武の太い腕がまるでクワガタのように後ろから僕をがっちりと決めている。

「全勝まで、後は時間が減るのを待つだけってことだな」

 武が僕を地面に押さえつけて、馬乗りになった。

 バットとは反対の方に顔を向けられた僕は、こちらを見つめている3人と視線があう。

 彼らもまた、上級生たちに捕まっていた。

 万事休す。

 やっぱりこの戦いも勝てなかったのか。

 仲間達の顔にも絶望の影がさしている。

 その時。

 息を飲むかすかな声がして武の力がふっ、と抜けた。

 動きを止めた武から渾身の力で抜け出すと、僕はバットの方を振りかえる。

 え。

 僕は自分の目を疑った。

 なんとそこには、消えたはずの唯が居た。

 そして、彼の手には、引き抜かれたバットが握られているではないか。

「思いもよらない場所から出現して奇襲する、これぞ名づけて鵯越(ひよどりごえ)変法」

 唯は勝ち誇ったように砂のついたバットを突き上げた。

「広場は奪還した」

 皆あっけにとられたように、叫ぶ唯を見つめている。

 そして徐々に氷が解けるように表情がやわらぎ、僕らの仲間は歓声を上げた。

 上級生達はまだ状況がよくわからないとばかり、呆けたように座り込んでいる。

「僕のせいで唯一のチャンスを不意にしてしまったあの日から、僕はなんとしても君を勝たしてあげたかったんだ」

 唯の両目が洪水になっている。

「招待状が来てから、毎日、毎日考えたよ。どうやったら勝てるのかってね」

「ありがとう、唯」

 僕は駆け寄って唯を抱きしめた。

「唯、お前、ちゃっかりいいとこをかっさらっていきやがって」

 シンジも来て、唯の髪をくしゃくしゃにする。

「リミッター越えでログアウトしたのは、計算の上か?」

 サトシの問に、唯は頬を染めてうなずいた。

「告白したら、多分僕の心拍数は限界まで上がってリミッターを越えてしまうってのはわかっていた。システムの説明ではリミッターを超えた場合はいやおうなしにログアウトさせられるってことになってたからね。でも、一旦ログアウトしても心拍が普通に戻れば好きな地点でログインできるから。もちろん、このまま頻脈がおさまらずに君達に会えなくなる可能性もあったけど」

「憧れの君にキスしてなおかつ勝利ももぎ取ろうなんて、一粒で二度美味しい作戦。お前、軍師というより策士だな」

 風助がつぶやく。

「やられたよ、チビども。お前達の勝ちだ」

 武がどこか悟ったような温和な笑みを浮かべながら、僕に近づいて手を差し伸べた。上級生達もみな健闘をたたえるように僕らに握手を求めてきた。

「勝利おめでとう、ってもうあの広場はないけどな」

「いいや、広場はある。いつまでも僕らの心の中にね」

 手を握り返しながら僕も微笑んだ。

 武は周囲を見回しながら大声を張り上げた。

「みんな聞いてくれ。俺は今回あの広場を仮想空間で再現して最後の一戦を交えるって知らせを受けて、不謹慎だが胸が躍った。小さい頃のあの全力の戦いほど興奮したものは無かったからな。もちろん人生経験を積んだ俺は昔の俺じゃない、だけど俺は今回やっぱりあのころの悪ガキのままで参加させてもらおうと思った。皆、痛めつけて本当に悪かったな。でも、俺がいきなりいい人になっても興ざめだろ」

 武の言葉に皆が笑いながらうなずく。

「ところでそろそろ申し出てくれてもいいだろう。秘密にされていた招待状の送り主、この洒落(しゃれ)た生前葬の主催者は誰なんだ」

 きょろきょろと武が周囲を見回した。

 彼は僕の視線に気が付いたようで、一瞬言葉を止める。

「も、もしかして、四郎、お前か……」

 皆が息を飲んで僕を見つめる。

 唯が後生大事に持っていたバットが、地面に転がって軽い音を響かせた。

「ん、そういう事だ」

 僕は努めて明るく肩をすくめる。

「主催は僕。これは、僕の生前葬だったって訳だ。実は今、僕は病院のベッドの上に居る。先はあまり長くない。もってあとひと月ってところだろう」

「そんな状態だなんて、なんで、早く言わねえんだよっ」

 武が目を吊り上げて詰め寄る。

「よせよ、不祝儀(ぶしゅうぎ)で勝ちを譲ってもらうなんてまっぴらだ。負けたなら負けたでいいんだよ。僕はもう一度君達と存分に戦いたかったんだから」

 武の口元がぶるぶると震えている。

「告知された時から、僕の葬儀は生前にしたいと思ってたんだ。最後は自分が会いたい奴と、もう一度思いっきり暴れまくりたいって」

 勝利に沸いていた広場は、一転静まり返って皆のすすり泣きが響く。

「しかし、この仮想空間よくできてるよな。バーチャル結婚式だってこんなに凝ってないぜ。お前、最後だからって自棄を起こして借金でもしたんじゃないだろうな」

 風助の質問が、湿っぽくなった場に乾いた風を吹き込んだ。

 今でも奴はクールなニヒリスト。

 鼻声でなければ、完璧なんだが。

「いや、孫の手作りだ」

 皆から、ほう、と感嘆の声が上がった。

 突き抜けるように青い空、そして懐かしい風景。風の匂いまで、そう昔と同じ。

 ここは仮想空間コーディネーターの孫が、記録と僕の記憶を総動員して、あのころの皆の体力も想定して作ってくれた、僕の最後のステージだ。

「お前、幸せだな」

 武が、俺の背中をバンバン叩いた。

「そろそろ時間だ……」

 視界の片隅に3、という赤い文字が出現した。

 あと3分で病院のベッドの上に逆戻りだ。

「お前とつるめて楽しかったぜ」

 サトシとシンジが、痛いくらい僕の手を握り締める。

「さ、もう行かなくちゃ」

 彼らの手を握り返すと、僕は一歩退いた。

「グッドラック、四郎」

 皆が並んで手を振っている。

 隅っこに居る唯は、涙で顔をぐちゃぐちゃにして……、せっかくの美少年が台無しだ。

「唯、気持ちはありがたくもらってくよ。来世でもまた会おう」

 唯は頬を染めて頷くと、また涙を溢れさせた。

 視線の片隅の時間が秒表示になるとともに、視界がぼやけ始める。

 みんな、来てくれてありがとう。

 僕は、霧の彼方に消える友に静かに手を振る。

 あの日々と同じ、緑の香りを帯びた風が額を(なぶ)る。

 もう、思い残すことは無い。






 さあ、あの世(next stage)へ!


今回のSF、「さらば、フレンズ」かな

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