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前編

「あなたのSFコンテスト」参加作品です。

なお、作中の登場人物は既存のキャラクターとは関係ありません。

 思いっきりのタックルは(たけし)に止められて、腰を掴まれて放り出される。

 秋の空が何度か視界をよぎり、僕は土煙の中で小石を吐きながら立ち上がった。

「四郎、無理すんなっ」

 風助(ふうすけ)が、両手に抱えた松ぼっくりを武に投げつけた。

 僕にとどめを刺そうと向かって来ていた武は、(つぶて)の嵐に思わず顔を背ける。

 しかし武がひるんだのもつかの間、すぐさま形勢逆転して風助は追われる立場となった。

 あと少し、あと少しなのに。

 眼前の砂山に、エクスカリバーのように刺された野球のバット。

 あれさえ抜き取れば。

 さっき一瞬だけぽっかりと現れた敵の居ない攻撃ルートは、すでに布陣の変更が行われて幻のように消え去った。

 こうなれば力技だ、できるだけ敵を沢山引き付けて活路を開く。

 なおも戦いに向かおうとする僕の二の腕を、華奢な手がひっぱった。

 火照った肌にひんやりとした陶器を押し付けられたようで、僕はびくりと振り返る。

「あちらの守りは固い。一旦引こう」

 ぱっちりした目に不安の色を(たた)えた(ゆい)がじっと僕の方を見つめていた。

 白い肌、まるで女の子のようなぱっちりした目に、細い鼻筋。

 いつも教室の片隅に居て本ばかり読んでいるおとなしい優等生とばかり思っていた唯がなぜこの戦いに参加しているのは、今でも不思議だ。

「あぶないっ」

 突進してきた上級生が棒きれを振り下ろす。

 僕は唯を突き飛ばすと、ニキビが噴き出た上級生の足を掴み転倒させた。

「逃げろっ」

 僕の声に弾かれたように、唯が前線から遠ざかる。

 御世辞にも運動神経の良い方とは言えない唯は、いつも敵の標的になった。

 敵と同数しかいない僕達にとって、唯を守らなければならないと言うのは確かに不利だった。でも僕らは白い頬や桜色の膝小僧に擦り傷を負っても泣き言ひとつ言わず付いてくる唯を守ってやろうという気持ちの方が強かった。

 今日こそ、広場の簒奪者(さんだつしゃ)、上級生たちの鼻を明かしてやる。

 僕と唯、風助、サトシ、シンジ。

 僕達は皆、この思いを胸に集結していた。

 そう、すべてはあの日から始まった……。




「おい、チビども。いいか、今日からここは俺達の練習場だ。ボールに当たって怪我したくなければ、近づくな」

 一方的な宣言を受けたのは、夏の終わりだった。

 この広場は、200メートルトラックが丸々入るくらいの広さで、ど田舎の僕らの町でもあまり見ることが無い絶好の遊び場所だった。

 何か建物を建設しようとして頓挫したのか、広場のほとんどは土で固く埋め立てられており申し訳程度の雑草しか生えていない。それに対して、広場の左右には背丈くらいの雑草の生い茂る空き地が広がっていた。前には時々しか車の通らない道、その反対側には山が途中まで切り崩された様な3メートルばかりの崖がそびえていた。

 ここは、僕達中学年の遊び場、そして高学年は学校のグラウンドで遊ぶという不文律ができていた。ここで自転車を乗り回したり、基地ごっこをしたり、サッカーの真似事をしてみたり。僕らの放課後の思い出はこの広場とともにあった。

 そこにいきなり5年生が侵入してきたのである。

「悪いな、俺達野球がしたいんだよ。でも、小学校のグラウンドではするなって締め出されたからさ、ここを使わせてもらうぜ。先輩に譲るのは後輩の勤めだろ」

 いきなりバットを肩に担いだ武達、上級生5人組は有無を言わさず僕らを追い払うと球音を響かせながら野球の練習を始めた。

 もちろん僕らも黙ってはいない。

 あいつらの練習が始まると、果敢に広場に突入して邪魔をする日々が始まった。

 先生? 親? もちろん相談なんかしない。僕らにだって意地がある。子供の世界には子供なりの決着のつけ方ってもんがあるんだ。

 それに、ヘンに親や教師に入られたら妙な決まりごとや縛りが入ってこの広場を昔のように自由に使えなくなることはわかっていたし。

「わかった、わかったよ、お前ら」

 先に音を上げたのは武だった。

 奴は大きな図体をしているくせに運動神経はずば抜けていた。邪魔をする僕たちをいとも簡単に捕まえて、何度かヤキを入れた後でまるでごみ袋のように広場の外に放り投げていたものだ。打ち所が悪い日には、僕らは親の目を盗み、身体に湿布をべたべたと貼り付けるはめになった。

 でも、さすがにもう面倒くさくなったようで、ある日奴は僕らを集めて言った。

「おい、チビども。お前達のレジスタンスは敵ながらあっぱれだ」

 奴は崖の下の小さく土が盛ってあるところに古ぼけたバットを刺した。

「お情けでチャンスをやろう。明日から1か月の間に俺達が居る時はここにバットを刺しておく。このバットをお前らが抜くことができたら、ここはきっぱりと譲ろう。1か月の間に抜くことができなければ、ここは俺達の場所だ、邪魔はするな」

 僕らは顔を赤く染めてその一方的な言いぐさを聞いていた。

「おい、四郎どうするんだよ」

 僕の隣に立っていた風助が肘で小突く。周りを見回すと、皆がこちらを向いていた。

「お前が(ヘッド)ってわけか。確かに、いい面構えをしてるな」

 武がバットで僕の顎を小突いた。

 僕は無言で奴のバッドを左手で掴むと思いっきり手前に引いた。そして体勢を崩し前のめりになる武の鼻を、右の掌底(しょうてい)で潰れるくらい打ち上げてやった。

 悶絶して地面に転がる武。僕の背後で歓声が上がる。

 この歓声が僕の心を決めさせた。

「年下だからって、なめるな。受けて立ってやる」

 鼻息荒く言い捨てると、僕は(きびす)を返した。




 威勢のいい啖呵とは裏腹に、僕らの戦いは容易では無かった

 というか、連戦連敗。本気になった上級生は荒々しく強大で、僕たちはまるでやぶ蚊のように叩きのめされて、草むらに放り出された。

 いつのころからだろう。その中に、あの優等生が混じるようになったのは。

「僕も、混ぜて」

 蚊の鳴く様な細い声で、いつの間にか僕の隣を定位置にしてしまった唯は、足手まといになりながらも、力だけに頼る僕達には無い視点でいろいろと助言をしてくれたものだ。

 ある日、敗戦の屈辱に(まみ)れながら仲間ととぼとぼと歩いていると、いきなり唯が口を開いた。

「ねえ、鵯越(ひよどりごえ)逆落(さかお)としって知ってる?」

 僕らは一斉に首を振った。

「源義経が一ノ谷の戦いで用いた戦術だよ」

「義経って、牛若丸か?」

 風助が聞く。実は僕もその程度の理解である。

 首都から遠く離れた田舎には都会の受験戦争の波は押し寄せておらず、僕らは勉強という意味ではのんびりと日々を過ごしていた。

「そう、平氏と源氏の戦の中でも有名な場面の一つだよ。平氏との激戦のさなか、まさかここからは攻めて来れないだろうと平氏が高をくくっていた鵯越(ひよどりごえ)という急な崖を駆け下りて、源氏方の義経が奇襲をかけたんだ。そして見事勝利を手にした」

「それが、どう関係……」

 言いかけた風助がはたと手を打った。

「あの、崖か」

 バットの立っているすぐ後ろには崖がそびえている。

 武も、崖を防御に利用しようとしてわざとそこにバットを立てたのだろう。

「あの崖の後ろの山の木にロープを結んで、崖を下り背後を突けば勝機はある」

 白い頬を染めて、いつになく唯は雄弁に語った。

「すごいぞ、唯」

 いつもは唯の事をあまりほめないシンジが手をたたいた。

「喜ぶのは早いぞ、絵に描いた餅ってこともあるしな」

 皮肉屋の傾向のある風助が首をひねる。

「そんなのやって見なきゃわからないだろ」

 サトシの一言が、作戦の決行を決めた。




 あの発言以来参謀の地位についた唯と僕は、あの広場の裏に面する小さい山を登っていた。手入れをされていない山の中の道無き道を行くのは小柄な僕たちでも大変だった。

「唯、何その恰好?」

 黄色のレインコートに長靴といったいでたちで現れた唯を、僕は目を丸くして迎えた。

「だって、木の枝とか、棘とかでけがをするといけないから」

 驚くべきことに、彼はすまして僕の分までレインコートと長靴を差し出した。

「はい、四郎君も。だって、僕は君に怪我して欲しくないんだ」

「い、いや、いいよ。だって僕達、今から崖下りをするんだぜ。それは目立つし動きにくいだろう」

 第一、目立たないように二人で行く。と決めたのは唯の方だ。

 唇を引き締めて首を振る僕の拒絶にあきらめたのか、唯は山の入り口に僕の分のレインコートと長靴を置いて登り始めた。

 小さいながら急峻な山は、僕らの侵入を拒むようにつる草をはびこらせ枝を縦横無尽に広げる。僕らは木々の間に身体を滑り込ませ、枝を折り曲げ、時には草の間を掻き分ける蛇のものと思しき音に身体を硬直させてながら進んだ。

 二人とも無言で、ただ、荒い息づかいだけが響く。

 しばらくすると、風に乗って野球の練習をする奴らの声がかすかに聞こえてきた。

 崖まで近い。

 崖の手前に着いたら僕が風助に携帯のメールで連絡することになっていた。

 そうしたら、風助達が陽動作戦を開始する。

 武達が気を取られて、背後への注意を怠った時がチャンス。僕らが崖から下りてバットを引き抜くという寸法だ。

 二人の体重を支えられそうな木にロープを二本結びつける。2,3度、引っ張ってほどけないことを確認して、僕は唯に目配せした。

唯も冒険に胸をときめかしているのか、きらきらした目で僕を見つめる。

「いくぞ、唯。僕らの広場を奪還するんだ」

 唯は大きく頷いた。

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