犬系女子な姉と猫系男子な弟
「カズちゃんが死んだ!?」
斎藤一馬16歳。自室で携帯を弄っていたら、突然ドアを開け放った姉に死亡宣告を受けました。
「……俺生きてるけど」
「違うの。カズちゃんが死んだの」
話が噛み合わない。誰か助けてください。
「だからね。今ゲームやってたらカズマが……」
「あー、大体分かった」
姉さんが今ハマっているゲーム。そのゲームの主人公はプレイヤーが自由に名前を変更できる。
主人公が女だったら迷わず本名プレイな姉は、散々悩んだあげくに俺の名前を入力したのだ。
因みに他の仲間たちも姉さんの友人や知り合いの名前に変更されている。ファンタジーな世界に氾濫する日本人名の強烈な違和感は、姉さんには関係ないらしい。
「話進めれば生き返るから」
「どこ行けばいいのか分からないの。カズちゃん一緒にやって」
「……はいはい」
仕方ないといった感じを装いながら立ち上がる。一緒にやると言っても、俺は横から指示を出すだけの攻略本代わりなのだが。
だが不満は漏らさない。弟は姉には逆らえない生き物なのだ。
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「カズちゃんバイト代入ったから何か食べに行こう」
今日も元気に弟のプライベート空間に突撃してくるインベーター(姉)。
お取り込み中だったらとか考えないのだろうか。おかげで俺はおちおちセルフバーニングすらできない。
「姉さんが稼いだ金なんだから自分で使ったら?」
「うん。だから一緒にケーキ食べに行こう?」
話が通じないでござる。しかも行き先が恐らくケーキバイキングに決定されている。
ケーキオンリーな店での男のアウェイ感など気にしてはくれないだろう。姉さんはとにかく俺と一緒に出掛けたいのだ。
「……分かった。着替えるからちょっと待ってて」
「うん」
尻尾があったらパタパタ振ってそうな笑顔で言う姉さん。時々この人は実は年下なんじゃなかろうかと思う。
しかし逆らわない。弟は姉の言うことは絶対なのである。
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「カズちゃん……」
世間では花だの何だの言われている金曜日の夜。週末だからと教師が嫌がらせのように出してきた課題を片付けていると、萎れたみたいに項垂れた姉さんがログインしました。
「……何事?」
「……同じクラスの男の子に告白された」
「へぇ」
何故かちょっとイラっとしたのは置いといて、まあそんなこともあるだろうと考える。
容姿は並み以上で人懐こい姉さんだ。そりゃ惚れる男も居るだろう。
しかし肝心の姉さんは、何故水やりを忘れられた朝顔みたいに萎れているのだろうか。
「姉さんはその人のこと好きじゃないの?」
「……うん。でもお互いの友達が盛り上がって断れる雰囲気じゃなくて」
そのパターンか。きっとお似合いだの何だの言って、本人置き去りにして騒いでいるのだろう。
何故他人の恋愛に口出しするのやら。将来はお見合いを勧めまくるおばさんになるのではないだろうか、その連中。
「付き合いたくないなら、ハッキリ言わないと駄目だよ。流されて付き合っても、お互い嫌な思いをするかもしれないし」
「……うん」
「……俺が一緒に断りに行こうか?」
「!?」
こちらの提案にダンシングフラワーの初動みたいに反応した姉さんだったが、何やら葛藤したあげくフルフルと首を振った。
「ううん。ちゃんと一人で断る。私お姉ちゃんだもん」
「そう。頑張って。友達相手でも流されないようにね」
姉であることがどう関係するのか分からないが、きっと姉には姉の意地があるのだろう。
何やら決意を固めた姉さんは、珍しくキリッとした顔で自分の部屋へと戻っていった。
返事をするのは週明けだと思われるが、果たしてそれまであの勢いはもつのだろうか。
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「カズちゃん! ちゃんとおとこわりできたよ!」
姉さーん。おことわりおことわり。まあある意味間違ってないけど。
「盛り上がってた友達に文句とか言われなかった?」
「ううん。みんな『勝手に話進めてゴメン』って謝ってくれたよ」
意外にすんなりいったらしい。修羅場になるのではないかと不安だったのだが、考えすぎだったか。
「相手の人もすんなり諦めてくれたの?」
「ううん。そっちはしつこかったから『私はカズちゃんが好きだから付き合えません』って断った」
「……それ『カズちゃん』が何者かまで言った?」
「? 言ったけど?」
きょとんとした様子で言う姉さん。いや、何やらかしてくれてんのこの姉。
前々からブラコンなんじゃないかと思ってたけど、それは友人にからかわれるとかいう領域越えちゃってますがな。
「相手の男の子泣きそうになってね、悪いことしたかなぁ」
それは多分泣きそうになったんじゃなくてドン引きしてたんだと思います。というか俺も内心ドン引きしたい気分です。
「でも仕方ないよね。私彼氏作るくらいならカズちゃんと一緒の方が楽しいし」
姉さんからの危険球が激しいです。そろそろ俺もどう対処したらいいか分かりません。
「そうだ、友達がお詫びにって映画のチケットくれたんだ。カズちゃん一緒に行こう」
こちらの肩を掴むと、おねだりするようにゆっさゆっさとゆすってくる姉さん。
ああ、本当にこの人は。
「仕方ないなぁ」
口ではそう言いつつ、きっと俺の口許は緩んでいるのだろう。
何だかんだと言っても、今の関係を壊したくないのは俺も同じなのだろう。
どれだけ振り回されても、弟は姉が絶対(好き)なのだ。