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君の声がする  作者: 幕滝
3/3

君のかつての友人は推理する

前回の続きです。解決編!

 次の日は休日だった。

 君と花川の最後になるかもしれない会話は、君の家から電車で数駅跨いだ場所にある、坂月市という街の、とある喫茶店で行われた。なんでも花川の家がそこから近いらしいのだ。

 ゆったりとしたBGMが流れる店内は、時間帯のせいか、客の数はそれほど多くない。席は四分の一も埋まっていないだろう。

 ふたり、テーブルで差し向かいになる。二人分のコーヒーが運ばれてきたあと、壁にもたれかかるように頬杖をついている花川が切り出した。

「ちゃんと説明してくれ、堺さん。どうして急に近づかないでくれなんて言うんだ?」

「昨日話したじゃないですか。あれがすべてです。それ以上、話すことはありません」

 きっぱりと言われたにも関わらず、花川は食い下がる。

「彼氏ができたから絶交してくれってのはおかしい。五年の付き合いじゃないか。僕たちは友達じゃなかったのか?」

「友達ですよ。でも、それだけじゃないですか。友達以上の、他のなにものでもないんです」

 君は内心、凄く悲しんでいるに違いない。本当はそんなことを望んでいないのだから。でも、こうしなければ、大切な友人たちに危害が加わる。それだけはどうしても避けたいに決まっている。

 花川はまだ納得いかない様子で、口をへの字に曲げている。目もいつもより細めているみたいだ。その視線にあてられて、君は俯いた。

「私は自分勝手です。わかってますよ、それくらい。高校時代、あなたには大変お世話になりました。でも……、でも。もう、過ぎた話でしょう?」

 念を押すように、君は付け加えた。

「わかってください。私も大変なんです」

 その言葉は、ある意味君の本音でもあったのだろう。

 花川は何か言いたそうに口をパクパクさせている。これぐらい必死になるほど、堺麻子は彼にとって大事な友人なのだ。……それとも、別の理由でもあるのだろうか。

 やがて花川がぽつりと呟いた。

「ずっと想っていたことを、言わせてくれ」

「……なんです?」

 君はわずかに顔をあげ、返事をする。

 つばをごくりと飲み込み、花川は一気にそれを言った。

「僕はずっと堺麻子のことが好きだった。高校一年生の頃に出会ってから、ずっと」

 ……まぎれもない告白の言葉。君は思わずといった様子で顔を完全に上げてしまう。瞳に涙の粒が浮かんでいた。

「へ? で、でも、でもですよ? 花川さんはあやめさんと付き合ってるじゃないですか」

 今度は後ろめたいことがある花川が視線を逸らす。

「あれは……仕方がなかったから。あいつから付き合ってくれと言われて、そのままずるずると。僕が押しに弱いのを知っているだろう?」

「そんなの、あやめさんにひどいですよ」

 何を言われてもだらだらと喋り続ける花川は、怒られた子どもが言い訳するようだった。

「聡い堺さんなら僕の気持ちに気づいていると思っていた。高校を卒業して離れ離れになっても頻繁に連絡をし、関係が疎遠にならないようにつとめた。悩み事があるって聞かされたときは精一杯力になろうと尽くした。必要以上に優しくもしている。時々、堺さんを口説くような台詞も言った。普通、ただの女友達にこんなことをすると思うか?」

「それは……わかりません」

 思い当たる節がないことはないのだろう。君は自信なさげにそう告げた。

 そんな君に追い打ちをかけるように花川は続ける。彼の言葉が、徐々に熱を帯びてきている。いつの間にか頬杖もやめていた。

「それに、何も思っていない普通の女友達に恋人ができ、彼女が会わないでくれと頼んできたのに、ここまで必死に食い下がるわけがないだろ」

 興奮してきたのか、花川は通路側の手で君の長袖の腕を掴んだ。君の身体がびくりと震える。君は明らかに怖がっていた。長年、親しくしてきたはずの友人の本性に怯えているのかもしれない。近くに座っていた休憩中らしい年老いた男が手元の新聞から目をはなして彼らを一瞥した。

「やめてください……。痛いです」

 君が手を引こうとするが、花川は強く握っているらしく、彼の手は放れない。これ以上は彼が何をするかわからない。

 さらに花川が口を開こうとしたそのとき。

 第三者の手が伸びてきて、花川の腕をがっちりと掴んだ。花川は咄嗟に、その手の持ち主に目をやる。

「その腕を放せ、花川」

 君が顔を上げる。君の瞳に映った男性を、君は突如現れたヒーローのように感じているかもしれない。

 対して、花川の顔は冷めたような表情に戻っていた。第三者に注意されたことが、彼の頭を冷やしたのだろうか。――いや、違う。花川の口角がわずかに上がっていた。まるでこうなることが予測できていたとでも言いたげに。

 花川はすんなりと手を開き、

「初めてまして、西ノ宮飛鳥さん。……そして、堺さんのストーカー様?」

 と、花川の腕を掴む俺に言った。

 頭が真っ白になった。

 西ノ宮飛鳥。昔から女っぽいと言われ続けているが、自分では気に入っている俺の名前。それについては何も思わない。こいつは俺のことを見かけたことがあるらしいから。俺の頭を混乱させたのは、そのあとに続いた言葉。

 君――堺麻子に目をやると、君は同情か後悔か困惑か憂いか、色々な想いが混濁した瞳を俺に向けていた。ヒーローのように感じているかもだなんて思った数秒前の俺はどうかしていた。深い緑色をした双眸が俺を見つめる。俺は気づいた。今までのは全部、演技だ。

 俺は、はめられたのか。

 花川と、君に。



 僕の腕から手を放し、西ノ宮が言う。焦りが見え隠れする表情からも、この男がストーカー犯であることは明白だ。

「何を、言ってるんだ? ストーカーとはなんだ? 何の話だ?」

 ちょっと騒いでしまったせいで周囲の注目を浴びてしまっているが、ここまで来てしまったから引き返せない。

「あんた――西ノ宮さんが、堺さんに変態みたいな手紙を送り続けたストーカー犯だって話ですよ。違うとおっしゃるのなら、あなたが今ここにいる理由を説明してください」

「そ、それはたまたま……、通りかかっただけで……」

 とつとつと話す西ノ宮に、僕は追い打ちをかける。店員に注意される前に終わらせたい。

「たまたま? たまたまこの小さな街に来て、たまたまこの小さな喫茶店に通りかかって、たまたま僕たちを見つけたっていうんですか?」

 どうでもいいことだけど、思わず漏らしてしまった「小さな喫茶店」という言葉に反応して、女性店員がこちらを一瞥した。堺さんが心配そうにこちらを見ている。西ノ宮の言葉を待たずに僕は続けた。

「違いますよね。僕たちがここに来るとわかっていた。あんたは堺さんの部屋を盗聴器で盗聴していたんじゃないんですか? 彼女が昨日、僕にかけた電話も聞いていたんだ。その会話からこの場所に辿り着いた。堺さんの部屋しか盗聴できないのだとしたら、内容を確かめるには直接ここまで来て盗み聞きするしかないですからね。

 それに、盗聴していたとしたら辻褄が合うんです。この間の僕たちの会話も全部盗み聞きしていたんでしょう? 然らば、高校時代の同級生じゃなくとも、僕とあいつ――あやめの名前も知ることができる。手紙の、僕が苗字で、あやめが名前という統一性がない理由も頷ける。知らなかったからだ。堺さんは僕のことを『花川さん』と呼ぶし、僕と堺さんはあやめを苗字で呼ばないから。

 堺さんの音楽の好みも、別に彼女の音楽プレイヤーを盗み見しなくてもわかるんです。堺さんが部屋でよく聞く音楽を盗聴すればいいんですから。

 口癖については知り合いのあなたですから、知っていて当然でしょうし。西ノ宮飛鳥に相談したって内容も手紙にはありましたね。相談を受けたその本人が犯人なのだから、手紙に書けたんです」

「……」

 認める気になっただろうか。彼の表情からは何も伺えない。

 次に口を開いたのは西ノ宮ではなく堺さんだった。

 ごめんなさい、と被害者である彼女は言ったのだ。騙すようなことをしてごめんなさい、と。堺さんの表情は本当に申し訳なさそうだった。

「実は昨夜から今まで、全部演技だったんです。もし……盗聴しているのなら、私が花川さんにかける電話も逃さず聞くだろうって花川さんと考えて」

 昨夜のこと。堺さんは大学から西ノ宮とアパートに帰ってきた。その途中、一度そうしたことがあるように、五通目の手紙について西ノ宮に相談し、会話を誘導して『花川さんとあやめさんには会わないようにする』という結論を出した。頭の良い彼女ならそういう技も成し遂げられる。そして別れ際、部屋に入るときに、ケータイですぐに花川に電話すると伝えた。

 いくら西ノ宮でも、一日中堺さんの部屋を盗聴しているわけじゃないだろう。だから、盗聴してくれるように、そのタイミングを教えたのだ。彼をここへおびきだすために。

「ち、ちょっと待ってくれよ、麻子さん」

 やっと西ノ宮が口を開いた。西ノ宮は僕を見る。

「花川。お前は、俺が麻子さんの部屋に盗聴器を仕掛けた前提で話しているんだろう? じゃあそれをするために必要な盗聴器そのものを、お前は麻子さんの部屋から見つけたというのか? それならそれを見せてくれ。証拠もないのに物を言うなよ? 俺は、本当に偶然、この喫茶店に来たんだ。たまたま通りかかった場所にこの店があったから! それ以外の理由なんてないんだ!」

 何を言い出すかと思いきや。まだ認める気はないのか。それに僕も大概だけど、西ノ宮は言葉の選び方がどうしようもなく下手だ。特に『お前は麻子さんの部屋から見つけたというのか?』の部分。その言い方だとまるで、堺さんの部屋に侵入しなくても盗聴する手段がある、と自白しているようなものじゃないか。

「盗聴器の中には相手の部屋に侵入して設置せずとも盗聴できるものがあるんです。コンクリートマイクというのがそれ。壁に設置することで、壁に伝わる振動を捕まえて、その向こう側の会話を盗み聞きできます。堺さんの隣の部屋のあなただからこそ可能な手段です。それに、コンクリートマイクは電波を飛ばしているわけじゃないから、盗聴器発見器で見つけることはできません。西ノ宮さんがここにきて謎に自信があるのはそれが理由でしょう?」

 はははっ、と西ノ宮が笑った。形成が逆転したとでも言いたげな顔だ。高い視点から僕を見下すようにして言う。

「じゃあ、お前は盗聴器を見つけていないのにその推理とやらをぬかしているんだな! 証拠がないのなら、それは妄想と同じじゃないか!」

 大変だなあ、テンションが上がったり下がったり。

 ……おかげでほら、後ろから人が近づいてきているのにも気づいていない。そいつが、口を開いた。

「じゃあ、これはどう説明するのかな?」

 西ノ宮が後頭部をこちらに向ける。彼の陰を避けるように体を横にずらして僕は近づいてきた人を見た。彼女はこの喫茶店の店員がするエプロンをかけていた。ブラウンの髪は後ろでまとめてポニーテールにしている。片手には、今の時代、珍しくともなんともない小型のデジタルカメラ。

 堺さんが彼女を見て小さく口を動かした。

「あやめさん……、どうしてここにいるんです?」

「僕が事情を話したんだ。念のために、彼女に助っ人を頼んだ」

 あやめが堺さんに向かってニコリと笑う。

「そういうこと。それで今から、このストーカーさんに写真を突き付けてとどめを刺すところ」

「しゃ、写真?」

 あやめは西ノ宮を一瞥してからデジカメを操作し始めた。

「西ノ宮さんだっけ? つけさせてもらったよ。あなたがアパートを出てからを。真っ直ぐ駅に向かい、数駅電車で移動して、それからどこにも寄ることなくここに来たね。偶然ここに来たらしいあなたが、どうしてそんなルートを通るのかな? しっかりと写真も撮ってるし、時間も記録されているから」

 デジカメの写真を切り替えながら西ノ宮に見せつける。

 それとね、とあやめは自分のエプロンから四つ折りにされた紙を取り出した。

「西ノ宮さんが自分の席を離れたときに、椅子にかけてあったコートのポケットを探って見つけたんだけど……これ、ネットの地図をプリントアウトしたものだよね。これを見ながらここに来た様子だったけど、目的地がここの喫茶店になってる。あなたは間違いなく、この喫茶店が目的だったの。

 ……はい、証拠は以上。もう醜い言い逃れはやめて頂戴」

 西ノ宮は黙っていたが、やがて呟くような小さな声で言った。

「麻子さん。五通目のことで質問いいかな」

「なんですか」

「要するに麻子さんは、こいつらに五通目の手紙の内容について教えたってことだよな。相談したってことだよな。こいつらが危ない目にあうかもしれないっていうのに」

 ああそれは……と、堺さんはうつむきがちになりながら、誰とも目を合わせないようにして、説明してくれた。

「初めは、本当に昨日の電話でしたような話をしようと思ったんです。絶交してくださいって。やっぱり花川さんとあやめさんが傷つくのは嫌ですから。でも、思い出したんです。花川さんが、私に何かあれば、花川さんとあやめさんが悲しむって言ってくれたのを。ふたりが傷つくのはもちろん嫌ですけど、ふたりが悲しむのも嫌なんです。それで私は、後者を回避する方を選びました。それに、ふたりに頼めば、きっと上手くいくって信じてましたからね」

「そう……なのか」

 西ノ宮の声は、本当に小さなもので、聞き取るのがやっとだった。

「君は俺が思っていた人とは少し違っていたようだ」

 僕は言う。

「西ノ宮さん。質問に答えてくれませんか。あんたの目的は堺さんに嫌がらせをすることじゃないんでしょう? 本当の目的は、堺さんと仲良くなることだったんじゃないんですか? ありもしないストーカー犯をでっち上げ、それに困る堺さんを助けることによって、堺さんに好かれようとした。そのため、あんたよりも優先して相談するだろう僕たちが邪魔だった。だから三通目は西ノ宮飛鳥との犯人探しを応援する内容だったのに対し、五通目の手紙は僕たちを引き離そうとする内容だったんだ。――違いますか」

「それは……」

 口ごもる西ノ宮に、あやめが諭すように言葉をかける。

「好きな人に好かれようとすることは悪いことじゃないと思うけど、西ノ宮さんは堺さんを怖がらせたんだよ? それは悪いことだということがわからないの……って、あ、ちょっと!」

 あやめが言い終えるか否か、というタイミングで西ノ宮がスタートを切った。椅子に座っていた僕には止める間もなかった。彼はテーブルとテーブルを抜け、通路に飛び出ていた椅子に足をぶつけながら、ガラス張りのドアを勢いよく開けて、コートをそのままに喫茶店から去っていった。カランコロンという真鍮の鈴の音だけが残る。他の店員や客が何事かと出入口のほうを見ていた。

 反射的に伸ばした手をそのままに、あやめがため息をつく。

「……ちょっと意味わかんないや。なんでここで逃げるのかなあ。住所とか全部ばれちゃってるのにさ。って、あれ? もしかして食い逃げされちゃった? ……うわあ、やっぱりわたしのせいになるのかなあ。どうしよう、店主に怒られちゃうよ……」

「騒ぎを止めるどころか加わった時点で怒られるのは必至だったけどな」

 堺さんがあやめに言った。

「あ、ではやっぱり、あやめさんはここでバイトしているんですね」

「うん、そう。家に近いから。ここならハルの作戦通りに実行できるってわたしが助言したの」

 ハルとは僕のこと。名前が春樹はるきなのだ。

 あやめは「わたし、ちょっとみんなに説明してくるね」と言って離れていった。これからたっぷり怒られるに違いない。

 僕は去っていく彼女の背中から視線を逸らして、堺さんを見た。

「西ノ宮、逃げちゃったみたいだけど、どうする? 住所とかわかってるからいくらでも捕まえようはあるぞ」

 堺さんは座ったまま、礼儀正しく頭を下げた。

「花川さん。この件は本当にありがとうございました。いつかきっと恩を返させていただきますよ。飛鳥さんの代金は私が払いますし」

「恩なんて返さなくていいからな。友達に貸し借りはなし。そういうもんだ」

 僕がそう言うと、堺さんは顔をほころばせた。

「その台詞を言ってくれるのを期待していました。もう恩を借りすぎて、返せないほどでしたから。破産するんじゃないかってくらいですよ」

 彼女の言い回しはたまに意味が分からない。それに大げさだ。

「飛鳥さんについては、もう一度しっかりと真偽を確かめようと思います。その――コンクリートマイクなどの――盗聴器の類が見つかれば、処分してもらおうかと。それからでもいいでしょう。飛鳥さんの出方次第では警察には一切連絡しないことにします」

 は……?

 きょとんとする。

「堺さん? あんた、あいつに盗聴されていたんだぞ? わかってるのか、と・う・ちょ・う。盗み聴きと書いて、盗聴だ。もしかすると、堺さんのあんな声やあんな音も聞かれていたかもしれないんだぜ?」

 ふふ、と天下のお人好しが笑う。

「なんですかそれ。歌手やコメンテーターじゃないんですから、私の声なんかいくら聞いてもタダですって。まあ、少しは嫌ですけどね。それに、コンクリートマイクって、それほどはっきり声が聞き取れるわけじゃないですし。本当に小さな音は聞こえないでしょう。突き詰めると、盗聴されたり変な手紙がドアポストに入っていた、ただそれだけじゃないですか」

「ただそれだけって……」

 もう器が大きいとか、そんなレベルじゃない。この人って本当に頭が良かったっけ? と自分の記憶を疑いたくなってくる。

「花川さん? どうしたんですか?」

 堺さんが頭を抱える僕の顔を覗き込んでくる。僕は手をひらひら振った。

「いや、もういい。なにも口出ししないことにする」


 用もなくなったし、すぐに店を出ることにした。会計時に、堺さんから代金を受け取りながら、あやめが言った。

「言い忘れていたけど堺さん、演技すごく上手かったね。女優になれるぐらいだよ」

 確かに、堺さんの演技は凄かった。目に涙とか浮かべていたし。なんでもできるんだな、と改めて驚嘆したものだ。

「え、聞いていたんですか」

「わたしが書いた台本だからね。やっぱり、役者がどう動いてくれるのかとか気になるじゃない?」

 僕の告白で終わる一連の会話は、全てこいつが考え出したものなのだ。

 あやめは慣れた手つきでレジからおつり分を取り出し、堺さんに手渡した。

「じゃあ、あの台詞ってあやめさんが考えたんですか! 私、てっきり花川さんかと……」

 僕がしたことは、こいつが即興で書いた台本を、堺さんに渡しただけ。簡単なお仕事でした。まあ、台詞を覚えたりするのは大変だったけど。

「花川さんって台本書いたりするのも上手なんだって思ってましたけど。まさかあやめさんが一枚噛んでいたとは……」

「僕の告白の流れはいらないって言ったんだがな。そんなことをしなくても、西ノ宮と会話できる状況に持って行けばいいわけだからさ。あんな、陥れるみたいな、義侠心を刺激するような手を使う必要なかったんだ」

「だって理由はどうあろうと、堺さんに嫌がらせを仕掛けていた人だよ? とっちめてやらなくちゃ。それに義侠心じゃなくて、下心だよ、きっと」

 堺さんが苦笑いを浮かべる。それから思い出したように言った。

「あやめさん、私たちの会話を聞いていたんですよね。でも私たち、そこまで大きな声を出していませんよ? ずっとそばにいたんですか?」

 僕は自分の耳を指差した。

「僕、ずっと片耳にイヤホンしてただろ? 壁側の耳だから通路側からは見えなかっただろうけど。通話中のケータイに繋がってたんだ。それを通してこいつに会話を聞かせていた。イヤホンからは西ノ宮の位置とか、言葉のタイミングとか、西ノ宮がどれくらい僕たちに反応を示しているかとかの情報をもらっていたんだ。着く席の位置とかも指示通りだし」

 堺さんはきょとんとする。知らなかったらしい。

「まあ、早く店を出ようか。いつまでもだべってたら迷惑だ」

 あやめの『ありがとうございました』の声に押され、喫茶店をあとにする。ふと堺さんを見ると、なぜか彼女は薄く笑っていた。

「どうした。気味が悪いぞ?」

「いえ、ちょっと質問いいですか?」

「ああ」

「あやめさん作の台本。もちろん、まだ台詞覚えていますよね?」

「ああ」

「その中のひとつ。『あいつから付き合ってくれと言われて』とありましたよね。と、いうことは、リアルの方も、あやめさんの方から告白したってわけですか」

 ああ……。

「ノーコメントで」

 堺さんが悪戯っ子みたいな笑みを浮かべている。高校時代から何度か見た笑みだ。僕は知っている。この顔をした彼女は、次に僕をからかうようなことを言う。

「ふふふ。そこで口をつぐむってことは、案の定、花川さんから告白したんですね。本当、正直なんですからー、花川さん。それでそれで? なんと言って告白したんですかっ?」

 ああ、面倒くさい。

 先日は僕にあやめのお節介がうつったと堺さんが言っていたけれど、あんたにも十分、あやめのしつこさがうつってしまってるぞ……。昔はここまでずかずか言ってくる人ではなかった。彼女もいつの間にか変化しているんだなと実感する。

 ねえ花川さん。教えてくださいよ! としつこく訊ねてくる堺さんを上手くかわしながら、僕は帰途につく。

 ただ、堺さんの笑顔は高校時代と変わらない。


 それがなんだかすごく嬉しい。

ありがとうございました。よかったらシリーズの他の小説も読んでみてください。

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