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君の声がする  作者: 幕滝
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君はかつての友人と再会する

 君の名前はさかい麻子まこという。

 某大学外国語学部の二年生。君は今年からひとり暮らしを始め、賃貸の安い一階建てのアパートを借りている。トイレや風呂はついているにしろ、部屋は学生向けのそれ。六畳程の洋間に、小さなキッチンがひとつ。壁は薄くて隣がドタバタしていたら丸わかり。まあ、端の部屋なだけまだマシだろう。

 しかし、それらの不遇に君はあまり不満を感じていないらしい。むしろ生活に満足しているように見える。君はそういう人間なのだ。いつも現状に満足している。

 ――ただひとつだけ、それとは別に、君はある悩み事を抱えていた。


 君が一人暮らしを始めてから一年が経とうとしている、三月上旬のこと。

 来客を告げるチャイムの音が、君の部屋に響く。このアパートには総じてインターホンが備え付けられていない。来客の正体は、玄関ドアを開けて直接確かめるしかない。

 君は料理をする手を止め、短い廊下を抜けて、ドアの前あたりで立ち止まった。少し逡巡するかのような間を置いたあと、鍵を開けてガタッとドアを開く。

 すると次には君の嬉しそうな声があがった。

「わあ、花川はなかわさん! お久しぶりです!」

 花川さんと呼ばれた来客者はそれに応じる。

「おう、堺さん。久しぶり……って、そうか? 三か月前にも尋ねたじゃないか」

 ぶっきらぼうで冷めたような口調だが、それが彼の普段通りの喋り方なのだ。

「そんなの主観の問題ですから。私が久しぶりと言えば久しぶりなんです。さあさ、あがってください」

 君は来客者のこういう口答えに慣れているらしく、軽く流して彼を招き入れる。

「主観の問題だっていうのなら、僕が久しぶりじゃないと言えば久しぶりではないんじゃないのか。……お邪魔します」

 どこかひねくれている来客者・花川という青年は、君の高校時代からの同級生だ。ただの友人というだけで、恋愛関係にはない。今日はたまたまこの近くを通りかかっただけだそうだ。

 花川は靴を脱ぎ、促されるまま、この部屋にひとつしかない洋間に入る。どうぞ座ってください、と君に声をかけられて、花川はドサッとカーペットの床に腰を下ろした。

「すまないな堺さん、昼飯をごちそうしてくれるなんて。僕も何か手伝えることとかないか」

「構わないですよ、座っていてください。本当に簡単なものですから。でも、もう少しだけ待ってくださいね」

 君は再びキッチンに入って先ほどの続きを再開した。キッチンからは洋間が見渡せるようになっていて、ふたりの近況報告を兼ねた会話が交わされる。

「最近、あやめさんとはどうですか」

『あやめさん』というのもふたりの高校時代の友人だ。

「相変わらず元気だけど。あれ? あいつに、この間、堺さんに会ったって聞いたぞ?」

 君は上品に、ふふ、と笑う。

「ええ、先々週に、一緒にこの部屋で晩御飯を食べましたけど。でも私が訊いているのは、おふたりの関係の方ですよ。順調なんですか?」

 花川は口を閉ざしてしまった。あまり探られて欲しくない話題なのだろうか。しばらくして、今度は花川が反撃する。

「そんなこと言うのなら、堺さんはどうなんだ。ボーイフレンドとかできたのか」

 食材を切る手を止めずに君は恬として答える。

「恋人がいるんでしたら、男の人を家に招き入れるのは控えますよ。あ、でもそれでしたら彼女持ちの男の人が、女友達の家に入るのも駄目ってなっちゃいますか」

 花川はまた口をつぐんだ。どうやら君の方が一枚上手なようだ。

「まあ、友人は例外だろ。あいつも何も言わないさ」

「そうですね」

「それで堺さんはそれ以外のことでどうなんだ。大学生活とか。サークルには入ってるんだっけ」

 君はうーんと唸り少し考えてから、

「そうですね、大学でやってるボランティア団体に所属しています。学校の行事のお手伝いをやったりとか、学内を対象にアンケート調査をしたり、まあ、ウチの大学をもっと良くしようって活動をしているわけです。案外やりがいのある仕事なんですよ、これが」

 ボランティアとは堺さんらしいな、と花川が珍しく声に出して笑った。

「花川さんのほうはどうなんです? あやめさんのこと以外で何かありますか」

「僕はな……。何もないな」

「まさか。そんなことないでしょう?」

 冗談はやめてくださいよね、とでも言いたげな口調だった。

「そう言われてもな。普通に勉強して、普通に働いて、普通に過ごして」

 花川は昔からそういう人間なのだろう。君は、そうですかとそれ以上問い詰めなかった。

「確か、花川さんって読書家でしたよね。最近はどんな本を読んでるんですか」

「読書家って言っても、読むスピードは遅かったからそんな量を読んでいるわけではないし、今じゃ、本を読むことも少なくなったし。一番最近読んだのは……、あれだ、ついこないだドラマ化されたミステリの原作」

「ああ、私も読みました。犯人の正体で驚いて、さらに意外な動機に二度驚かされました。まだ若い作家なのに凄いですね。……ああ、そういえば私、その作家の他の作品も読んでみたんです」

 花川が相槌を打つ。

「なんてタイトル?」

 君が作品名を答えると、花川はどうやら聞き覚えがなかったようで、今度読んでみる、と返した。

「私としてはこちらのほうがおすすめですね。二人称の小説なので映像化したりしたら面白さが変わってしまうかもしれませんが」

「ににん……?」

「二人称ですよ。一人称、三人称の仲間です。二人称の小説って知りませんか、花川さん」

 クエスチョンマークを浮かべた花川に、君は包丁を動かしながら説明する。

「語り手が『僕』や『私』など、一個人の視点から見た小説が一人称です。語り手の気持ちなども伝わってきます。それとは違い、物語の第三者、客観的な視点から見た小説が三人称になります。よって、地の文に一人称は使いません。ここまではわかりますか? それで、二人称なんですが、これは語り手が直接読者に話しかけているような感じです。具体的にいうと、『あなた』や『きみ』を使うんです。『あなたは笑ってから、呟いた』みたいな。上手い作品だと、自分がその物語の中にいるような気持ちになるんですよ」

「よくわからんな……」

「そうですか……。私の説明が下手なだけなんでしょうけど。私、花川さんと違って、誰かに何かを教えることに慣れてませんから」

 君のすねたような言い方に、花川が疑問を呈した。

「僕が教えることに慣れてるって? なんだってそう思うんだ」

「高校生のころ、不思議な出来事がたくさんありましたよね。ミステリで言うと、『日常の謎』と呼べるような。そのとき決まって謎を解いた花川さんが、私たちに説明してくれていたじゃないですか」

「はは、あったなあ、そんなこと」

 その話題はそこで打ち切られ、花川が話を変える。

「ところで今月さ、僕の妹の誕生日があるんだけど、何をあげればいいかなあって困ってるんだ。何かあるかな」

「へえ、二十歳になっても妹さんに誕生日プレゼントをあげるとは、殊勝なことですね。――そうですね、じゃあ、イヤホンとかどうでしょう」

「なにゆえ?」

「私が欲しいなあって思ってただけです」

 たまに茶目っ気のある台詞を言う君だった。

「二ヶ月くらい前に断線してしまったようで、音楽を外で聞けないんですよね。音楽プレイヤーはありますから、スピーカーにして家で聞くことはできるんですけど。……ああ、ごめんなさい。誕生日プレゼントの話でした。そうですねー、お花とかどうですか。誕生花とか贈るんです」

「フラワーギフトか。いいかもなあ。妹、花好きっぽいし。ありがとうな。じゃあ、堺さんの誕生日にはイヤホンを贈るよ」

「私の誕生日は夏ですから、その頃には新しいのを買いなおしていますよ」

 そのとき、ちょうど調理が済んだらしく、君は花川に呼びかける。

「花川さん、お昼ご飯できましたー。すみませんが、お箸や皿を取り出してくれませんか」

「お安い御用だ」

 花川は、ういしょっと、と言って立ち上がる。


 それから君と花川は堺麻子特製サンドイッチとコンソメスープを食べつつ、昔話に花を咲かせていた。

 昼食を終えて話が一旦途切れ、皿の片づけを終えた頃。

「花川さん。まだ時間ありますか?」

「ん。ああ、余裕はあるけれど。なんだ」

「えっと、その……」

 君は大変言いにくそうにしていた。なるたけ他人に迷惑をかけたくないという君の性格が、言葉を出にくくさせているのだろう。

「本当はこんな私事に花川さんを巻き込みたくなかったんですけど。どうすればいいかわからなくて。だから、助けてくれませんか。昔みたいに私の困りごと、解決してくれませんか」

 少し間を置いてから、花川は言った。

「解決できるかはわからないが、話を聞くことぐらいはできるぞ」

「……ありがとうございます。そんな言い方しますけれど、花川さんは結局解決に導いてくれるんですよね」

 君の声はとても穏やかだけど嬉しそうだった。ひそかに高校時代の頃を思い出しているのかもしれない。

 花川に、まあ話してみろ、と促され、やがて君はその『困りごと』の中身を話し出した。

「私、変わった嫌がらせを受けているんです」

 変わった嫌がらせ? と花川が繰り返す。

「どう対処すればいいのかわからなくて、困ってるんです。

 嫌がらせをしてくる人の正体ですか? いえ、それが知りません。誰だかわからないんです。個人が特定できれば、やめてくださいって言いたいんですけど……。

 それで、嫌がらせの内容なんですけど、ここのドアポストに、ときたま手紙が投函されるんです。悪意のあるものではなさそうなんですけど、でもなんだか奇妙で。あとで見せますが、そこには私しか知らないようなことも書かれてたりするんです。『海外アーティストの○○が好き』、とかですね。冗談だろうと思いますけど、『麻子ちゃんのことが好き』云々とかも書かれていて」

「ちょっと待った。訂正させてくれ」

 花川が口を挟む。

「それは……、嫌がらせじゃなくて、ストーカーなんじゃないか?」

「ストーカー……」

 思いもよらぬ発言に、君は言葉を失ったようだった。

「ああ、手紙で遠回しに『あなたのことを監視している』と言っているんだよ。なるべく早く警察に相談したほうがいい。いつまでも手をこまねいていると、相手がどんな手段に出てくるかわからないぞ。何かあってからは遅いからな」

 いつかそういう類のやつらが現れると思っていたが、と花川がぼそりと呟く。

「でもまあ、実害がなければ警察は動いてくれないって話も聞くし。相談を受けるって言ってしまったし、話は最後まで聞くぞ。……質問いいか?」

「ええ、もちろん」

「手紙の内容だけど、どうして堺さんにしかわからないことなのに、その――ストーカー犯に知られているんだ?」

「私の憶測ですけど、音楽プレイヤーにその海外アーティストが多めに入ってますから、それを盗み見したんだと思います。その手紙が来る少し前に大学で私のバッグが失くなったんです。すぐに見つかりましたけど、その中にその音楽プレイヤーも入れてましたから、もしかするとそのときに。

 そんな私のことが書かれた手紙が一か月ぐらい前から一週間に一度のペースで続いて四通溜まっています。

 時期的にいえば、もうそろそろ五通目が届いてもおかしくない頃です。

 ……ねえ、花川さん。私、なんだか急に不安になってきました」

 最初は軽い相談事のつもりだったんですけど、と君。

「もう一度言います。助けてくれませんか」

「もう一度言うが、最後まで話は聞く。僕にできる限りのことはするぞ」

 このあと君は、誠意を込めたお礼を何度も繰り返した。花川という男は、君にとってそれほど頼りになる男なのだろう。

ありがとうございました。続きます。

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