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後編

「それで僕が呼ばれたのは?」


 俺はそう尋ねる。察してはいるが尋ねるのが礼儀みたいなものだ。あるいは形式と言い換えてもいいかもしれない。


「君にはその人物とMMAで決闘をしてもらいたいのだ。そうすれば婚約は成立する。絢華、それで構わないね?」

「……はい」


 絢華は泣き出しそうな表情をしながら、頷いて歯を食いしばる。婚約者が決まる事ではなく、俺に迷惑をかけている事で泣く。絢華はそういう女だ。

 だからこそ俺は、


「やります。やらせてください」


 と即答する。これも何度か繰り返された事だ。絢華の婚約者候補と俺が決闘するのは、彼女を諦めさせる為であろう。その為に単なる幼馴染にすぎない俺が駆り出されるから、幼馴染は泣きそうになるのだ。俺とて彼女が不本意な結婚を強いられるのは嫌なので、決闘は歓迎なのだが。思えば俺達の関係は奇妙だものだ。家族と言うにはベタベタしているし、恋人と言うにはよそよそしさがある。ただ、一言言わせてもらうなら、絢華を泣かす奴を一発殴る権利は俺にもあると思う。貴明おじさんに殴られないよう気をつけないといけないのだが。

 俺の答えを聞いて絢華は露骨にホッとしているし、貴明さんは二ミリほど口元を綻ばせた。この反応から察するに、結婚したくない(させたくない)が、断り方にも気を配らなければいけない相手といったところか。


「うむ。決闘の日は明日だ。場所は相手が所有する練習場、種目はクラッシュ、ショット、コンバットの三つだ」


 自前の練習場を持っているって、かなりのランクだな。もっとも、フライトが行えないなら、そこまでではないか。俺がそう判断すると貴明さんが口を開いた。


「フライトも入れると二対二になる可能性がある事、相手はフライトが苦手というのが理由だよ。フライト専用コースもあるので、早とちりはしないように」


 思いっきり早とちりをしていましたよ。そうか、フライト専用コース持ちなのか。名前から想像出来るだろうが、フライトは「アルモア・マキナ」による飛行レースである。空でレースをやるには相応のスペースが必要であり、これを自前で持っている家は、世界で百にも満たないだろう。国内は天祥院家を含め、四つか五つくらいだったはず。


「彼は幼少から毎日のように練習していて、相当な腕らしい。心したまえ」

「はい、ありがとうございます」


 俺は情報提示してもらった事に礼を言う。絢華にしてみれば死刑宣告みたいなものだろうけどな。俺が瀬葉さんに促されて退出すると、絢華が追って出てくる。


「彰くん、ごめんなさい。ありがとう」


 泣き笑いと評するのがぴったりの表情であった。俺はため息をこぼし、幼馴染の側に近寄り、右手で優しく頬を撫でてやる。


「絢華は笑っていた方が綺麗だぞ」

「え? あ、う……」


 お嬢様にあるまじき、意味不明な事をつぶやきながら、耳まで真っ赤にしてうつむいてしまう。今は口説いたんじゃなくて励ましたんだが……ちょっと効きすぎただろうか。


「お前を困らせる相手を殴るのは構わないんだから、今回もちゃんと勝利の女神になってくれよ?」


 撫でる場所を頬から耳、そして髪へと移しながら話しかけると、絢華はこくりと小さく頷いて、やっと笑ってくれた。


「はい。彰くんの勝利の女神になりたいです」


 そう甘く囁きかけてくる。甘酸っぱい気分に浸りそうになるが、背後には瀬葉さんがいるのでそれどころではない。


「これから練習したいんだけど、借りられるのか?」

「ええ、もちろんです。昨日と今日で整備と点検をやらせました」


 我が幼馴染はニコリと笑いながらとんでもない事を言う。整備と点検、二日連続でやらせたのか……俺の為なんだから喜ぶところなんだろうけど、ちょっと引く。


「そうか、俺からもお礼言わなきゃな」

「今は寝ていると思います。私から伝えておきますね」

「分かった。よろしく伝えておいてくれ」

「はい」


 俺達が肩を並べて歩きながら、おしゃべりしている間、瀬葉さんは眉一つ動かさず、礼儀正しく沈黙を守ってくれている。執事ってすごいよなぁ。外に出てガレージに向かう。天祥院家の練習場はここから車で十分以上走った先にあるのだ。いくら名家で大富豪と言っても、さすがに住宅街に作る事は不可能だったらしい。




 翌日、俺は迎えに来た天祥院家の車に乗り込む。


「おはようございます、おじさん、おばさん、絢華」


 車内には貴明おじさん、悠華おばさん、そして絢華の三人がいた。今日の結果いかんで絢華の婚約が決まるからだろう。MMAは世界的な人気競技ではある一方で、国際大会は各国の代理戦争という側面も併せ持つ。それ故、今回のように決闘に用いられるケースがある。銃や剣での決闘と違い、死人が出る確率は限りなくゼロに近い。


「今回のお相手は綾小路家です。娘の為に叩きのめしてあげてね?」


 悠華おばさんが微笑みながらそんな事を言うが、俺は笑えなかった。威圧感がありまくる。


「綾小路って……あの綾小路ですか?」


 確か天祥院家に匹敵する名家はそんな名前だった気がする。財力こそ劣るが、感情を抜きにして考えれば良縁だろう。俺の問いには貴明おじさんが答えてくれた。


「その通りだよ。我が家がMMAでの決闘をせねば断れん綾小路家など、他にないからね」


 やはりか。だから天祥院家がスポンサーをやっているMMA選手の出番がないんだな。タイトルホルダーなんて反則みたいなもんだろうし。


「実は前から言い寄られていたのですけど」


 絢華が不快そうに言う。


「婉曲に断り続けていたら、外堀を埋められてしまいまして」


 要するに「天祥院家と綾小路家で縁組成立?」といった風聞が広まり、はっきりとした態度を示さねばならなくなったらしい。そして強引につっぱねたら角が立ってしまい、天祥院家の評判が落ちてしまうような相手だ。名家、富豪というものは、その立場故にかえって難しくなる場合もある。困った貴明さんが考案したのが、「いつもの通り」俺にMMAで負かしてもらう事だそうな。相手が年の近いアマチュアだから、仕方ない。プロを連れてきたのなら、バックアップしているタイトルホルダーで応戦すればいいわけだが、敵さんだってそれだけは避けたいんだろうし。



 一体どれだけ走ったのか、高いレンガ造りの塀が見えてくる。


「もしかしてあれですか?」

「ああ」


 高明おじさんが頷く。野球場がいくつも入りそうなくらい、ずっと塀が続いているのだ。MMAの会場にはうってつけだろう。洋楽やら映画やら大量に視聴出来たので、全く退屈せずに過ごせた。絢華はともかく、おじさんとおばさん相手に長い時間、話はもたない。車の中に冷蔵庫どころかテレビもあるなんて、金持ちはさすがだよな。車が門のそばまで行くと勝手に開く。中には学校の校舎を思わせるような白い建物がそびえている。車はというと地下への道へ向かう。迷いが一切ない事から、きっと何度か来た事はあるのだろうと推測した。前から言い寄られていたって話だし、交流自体はあったのかもしれない。まあ、天祥院家と同レベルなら、そこまで緊張せずにすむな。天祥院家と生まれた時から付き合っていれば、ある程度耐性や免疫がついてしまう。地下の駐車場らしき場所に車が停まると、俺は自分でドアを開けて外に出る。すると絢華が後についてきた。いつもは黒木さんに開けてもらった方から出るのにな。


「黒木さんはいいのか?」

「今日はほら、お父様とお母様も一緒ですから」


 絢華は微笑を浮かべながら、俺の腕を取る。ますます怪しい。普段、こういった行為を人前でするのは、「はしたない」と恥ずかしがるのに。謎はほどなく解けた。備え付けられていたエレベーターから数人の人が現れたのである。


「本日はようこそ、天祥院の皆様」


 俺から見ればキザで嫌みったらしいとしか思えない挨拶が飛び出す。仰々しい仕草でおじさんとおばさんに声をかけたのは、四十代半ばと思しき男性だ。この人が綾小路家の当主だったりするんだろうか。さらっと俺を無視しているのは、使用人か何かと間違えたからか。俺の疑問をよそに、一緒にいた同年代らしき少年が、絢華に話しかける。


「絢華さん、ようこそ。会えてくれしいよ。今日は一段と美しい」


 女が聞けば胸がときめいたりするのかもしれないが、男の俺はその甘ったるい声に悪寒を覚えた。少年にとっては生憎な事に絢華も同様だったらしく、俺の腕に回した手に力がこもる。


「登さん、ごきげんよう」


 表情も声色も硬く、不快感を覚えているのは明らかだったのが、残念ながら登と呼ばれた少年は理解出来なかったらしい。


「やあ、絢華さんほどの女性でも、この僕を前にすると緊張してしまうんだね」


 何やら間が抜けた事を言い始めた。おじさんとおばさんが珍しく、はっきりと嫌そうにしていた理由が分かった気がする。どこからどう見ても「甘やかされて育った馬鹿なボンボン」だわ。顔がいいのはムカつくが、それを除けば何だかまともに相手にする気にならん。


「生憎ですが、本日はお断りする為にやって参りましたの」


 いつになく険のある態度を示す絢華に、登は目を丸くした。そしてやっと俺に目を移し、腹を抱えて笑い出す。人を見た途端笑うとは失敬な奴め。そりゃ名家で資産家なお坊ちゃまからしたら、俺は貧相な人間だろうが。


「絢華さんは美しいだけでなく、ユーモアセンスもあるんだね。そんな惨めな坊やで僕に対抗するつもりだとは」


 実のところ、このような事を言われるのは初めてではない。絢華のようなお嬢様とそれなりの歳月交流していれば、十や二十くらいは耳に飛び込んでくるものと断定してもよい。「身の程を弁えろ」と言うなら、むしろストレートな分好感を持てるくらいだ。どうして高貴な生まれって連中は、遠回しにねちねちやってくるんだろう。……話が逸れそうになったが、こういう場合、俺は聞き流すものである。「俺は」であって絢華はそうではないのが、頭痛の種であるし、嬉しくもあるのだが。


「皆さんそう仰りますわ。そしてことごとく、彼の前に敗れ去りました」


 絢華は激昂したりない。冷然と事実を述べただけである。鋭敏な者であれば話を変えたり、非礼を詫びたり、あるいはもっと単純に鼻白むものだが、登氏はいずれでもなかった。


「そりゃ、その者達が非才なだけでしょう。僕とは違ってね」


 自信たっぷりに宣言する。同じような台詞、何度も聞いた事は言わない方がいいんだろうか。少なくとも俺が言ったらより波風が立つよな。俺個人の問題ならいくらでも立たせていいのだが、両親に迷惑をかけるわけにはいかない。


「じきに分かりますわ」


 絢華は怯む事なく言い切った。登氏はそれに肩を竦めて立ち去る。俺を睨んでくる奴は何人もいたんだが、ここまで無視する奴は珍しい。絢華に申し込まれた縁談が流れた数を知っていてあの態度となると、油断は禁物だな。絢華の為、手を抜くつもりはなかったが、改めて自分の戒める。挨拶は終わったのか、当主らしき男性がこちらにやってきた。


「君が本庄彰君かな? 噂は聞いているよ。過去、十数度に渡って、絢華さんへの求婚を撃退した将来が楽しみな人物だとね」


 そう言って握手を求めてくる。偉そうな物言いではあったが……と言うと俺も偉そうだが、上に立つ者の風格とも言えてさほど腹は立たない。さすがに名家の当主ともなると、俺みたいな小僧に対してもそれなりの態度で臨むようだ。


「恐縮です。非才の身ではありますが、頑張ります」

「もちろんだとも。私としては頑張ってくれない方がありがたいのだがね」


 そう言って豪快に笑う。受け答えをミスったのをフォローしてもらった感じになってしまったな。思ったよりまともそうな人で安心した。これなら、俺が倒しても、変にごねたり言いがかりをつけてきたりはしないだろう。俺が勝てたとしての話なので、まず勝たねばならないが。

 俺は使用人らしき人に更衣室に案内された。公式戦の場合、アルモア・マキナに搭乗する際には指定のスーツを着用せねばならない。本格的な戦いという訳だ。余談ながら学校の授業では体操服でも構わない。スーツに着替えて出ると何体ものアルモナ・マキナが鎮座する格納庫へと案内され、


「お好きな機体をお選び下さい」


 と言われる。単に余裕だというだけではなく、自分に合った機体を選ぶのも実力のうちというわけだ。黒、赤、白、青、緑の五機を見比べる。アルモア・マキアは一機一億は下らないし、維持費も高いはずだ。それを五機も所有しているのはすごいとしか言えない。散々迷ったが、黒の機体を選ぶ。天祥院家が保有し、俺が練習に使っている機体と同タイプだからだ。やはり少しでも扱い慣れた機体の方が望ましい。機体に乗り込み、操縦席に座る。


「起動します」


 機械音声が流れ、アルモア・マキナが立ち上がった。扱いやすい機体だ。格納庫のドアが開かれ、外へと歩いていく。塀が邪魔でろくに風景は見えないが、それでも視点の高さが違うだけで高揚感が生まれる。俺がアルモア・マキナに乗り続けている理由の一つだ。そんな俺をよそに、登氏が操縦していると思しき白い機体が隣から現れる。


「第一競技はクラッシュです」


 女性アナウンスが場内全域に響き渡るような大きさで流れる。今更だけど、かなり大がかりだな。俺が感心していると白い機体が移動し始めたので、その後ろについていく。「クラッシュ」とは端的に言えば「障害破壊競争」である。約四メートルという大きさの巨大な壁を手にした槌で破壊しながら進み、一番最初にゴールに着いた者が優勝だ。壁の壊し方にはコツがあるし、見る分には派手で豪快なので、コンバットと並んでトップクラスの人気がある種目である。

 俺達は二つのコースに並ぶ。


「今回は二百メートルです」


 二百メートルとすれば用意されている壁は二十枚か。もっともこれは主催者の意思で、多少は増減出来る。登氏が得意なタイプにされているのだろうな。ここは敵地なんだから、それくらいの覚悟はしておくべきだ。俺は機体を操作して破砕槌を取る。


「レディ」


 アナウンスの声に合わせて構えた。


「ゴー」


 俺達は同時にスタートする。そして壁の前に着くのも同時だ。クラッシュのコツの一つとして挙げられるのは、スタートダッシュで生じた推進力を破壊力に変える事だろう。偉そうな事を言ったが、俺も感覚的に把握しているだけなので、理論的に説明出来ないが。槌を壁にぶつけると亀裂が生じる。いい感だと自分を褒めて二撃目。そして三撃目っておい、登氏の方は破壊されて、通過している。マジかよ。何とか壁は破壊されたので追いかける。当たり前だが、壁は必ず槌のみで破壊しなくてはならない。機体で壊したらその時点で反則負けだ。だから壁にぶつからないギリギリを見極める必要がある。俺は懸命に追いかけるが、差は縮まらない。どうやらこの両機体のダッシュ力は互角のようである。それとも、機体の差を操縦者の差でカバー出来ているか。登氏は二枚目の壁も二撃で破砕し、再びダッシュする。俺の方はと言うと、三撃かかってしまった。何か引っかかるな。登氏は確かに強い。スタートダッシュの反応もよかったし、破壊槌を振るうモーションも無駄がないし、停止とダッシュも巧みだ。ここまでクラッシュが強い相手は、ちょっと記憶にない。だが、それでも違和感は拭えない。登氏より俺の方が少しずつだが壁を壊すスピードが遅い気がする。実力の差だと言われたら否定は出来ないのだが、ここは敵地だという事を考えると……いや、勘繰りすぎかな。単に登氏が上手いというだけの可能性もあるし、そうだとしたら俺が馬鹿だ。競技内で何度も妨害された経験があるだけに、今回もそうかもしれないと思ったわけだが、早とちりかもしれないし。それに事実だとしても証拠がない以上、糾弾は無理だ。まあ、妨害行為はばれない範囲でしか出来ない。腹をくくって頑張ろう。などと思っているうちに第一種目が終了し、俺は負けてしまった。


「まず、一つ目はもらったよ」


 登はさわやかにそう言ってくる。


「お見事です」


 俺は簡潔に返した。それをどう解釈したのか、


「どうやら僕の勝ちは決まりのようだね。僕は子供の頃からずっとトレーニングをして来たんだ。君には負けないさ」


 勝ち誇ってくる。このタイミングで言うのかと思ったが、考えようによってはアリかな。戦う前から自分の情報を明かす必要はないし、一敗して後がなくなった人間に精神的ダメージを与えるのを狙ったのだとすれば、綾小路登という男は印象にそぐわず戦術家なのかもしれない。何か言い返してやろうと考えていたら、アナウンスが聞こえてきた。


「第二競技はショットです」


 アルモア・マキナとは違う種類のロボット達が出てきて、準備を始める。ショットか。妨害があるとしたらこれだろうな。コンバットは純粋な格闘戦だから、周囲にばれずに工作するのは非常に難しい。敵としては二連勝で決めてしまいたいだろうし。そうはいくか。ちらりと見ると絢華は不安そうな顔でこちらを見ている。あいつの為にもここから逆転勝ちしないと。


「あ~、一応断っておくとだね」


 登氏が余裕たっぷりといった風に話しかけてくる。


「僕はショットが一番得意なんだ。君はどうなんだい?」


 俺もだと答えてやろうかと思ったが、見栄を張ってもすぐばれるよなと考え直した。正直に答えておこう。


「普通かな。苦手でも得意でもない」


 それを聞いた登は笑い出した。


「そうかそうか、それじゃ僕の勝ちは決まったようなものだね。絢華さんが手に入るというわけだ」


 俺は沈黙を守る。油断してくれるならラッキーだ。俺達はレーザー銃を受け取る。


「それでは開始します」


 アナウンスが響く。ほとんど間を置かずにクレーが射出される。両方から二枚ずつ、ただし微妙に登氏側の方が撃ちやすい。せこい真似を。予想の範疇だったので特に慌てず、三枚を撃ち抜いた。相手側から射出されるクレーを撃つのは反則にはならない。可能ならば四枚撃ち抜いてしまってもよいのだ。ただし、相手を撃つのは反則だが。生憎と登氏は一枚撃っていたせいで、四枚撃ちは不発に終わってしまう。やっぱりこの人は弱くないな。前に戦った相手はできたのに。


「は?」


 驚いたらしい登に声をかける。


「あんた風に言うなら、俺はクラッシュが一番苦手なんで」


 これは事実で、はったりなどではない。一番対戦成績が悪い種目がクラッシュなのだ。人気種目が苦手ってのは致命的な気がするが……。今はクレーに集中しよう。二人分で五十枚が射出され、そのうち俺は三十六枚撃ち抜いた。快勝である。


「き、君ぃ……人が悪いな。そんな腕を隠していたなんて」


 登は震え声でそんな事を言ってくるが、俺にとっては意外であった。だってこっちの事は調べられていると思っていたのだから。前の婚約者候補を叩きのめした時は、四十一枚撃ち抜いている。そんな事も調べずに勝ち誇っていただなんて……まあ、俺は公式の場で実力を見せていないせいもあるかな。俺に敗れていった婚約者候補達だって、見栄はあるだろうし。


「第三競技はコンバットです」


 アナウンスがまたも流れる。今、ショットで使った設備の片づけが行われているところだ。前から疑問なんだが、この可動設備ってどれくらいの値段がするんだろうな。絢華にそれとなく聞いてみたら、「アルモア・マキナ本体よりも高いです」と冗談めかして言われた事がある。怖くなったので詳細は尋ねなかったんだが……。


「言っておくがね、僕はコンバットだって得意なんだよ?」


 一番得意なのはショットなんだろとは言わないでおく。顔が見えなくても虚勢を張っているのが分かってしまったからだ。俺が一番得意なのはコンバットだったりするんだが、言わない方がいいだろうな。別にこの男には恨みがあるわけではない。絢華との結婚を諦めさせれば充分だ。俺が沈黙を守っていると、


「余裕だね」


 とイラついたように言う。そっちは余裕ないねと返してやりたいところではあるが、今言うとおちょくってるようにしか聞こえないだろうなぁ。嫌いな奴ならここでおちょくってやるところなんだが、今回はそこまでしなくてもいい気がする。そうこうしている間に判定装置が機体に取り付けられる。これで準備は整った。


「それではコンバットを開始します」


 俺達は距離を取って構える。登氏のは隙が少ないいい構えだった。あえて上から目線で品定めする。


「始め」


 宣言と同時に登氏はダッシュで距離を詰めてきた。そこにカウンターの要領で足元への蹴りを繰り出す。綺麗に決まり、片膝をつく。


「ヒット、本庄一ポイント」


 そう告げられる間に俺は右ストレートを頭部に目がけて放つ。ガードされてしまうが、生憎ガードさせるのが目当てだった。ガードした事によって死角と隙が生じたのである。そこに蹴りを入れる。


「ヒット、本庄二ポイント」

「この」


 登氏が反撃とばかりに蹴りを繰り出してくるが、飛んでかわして踵落としをお見舞いした。頭部が揺れ、機体が両膝と両手をつく。


「ヒット、そしてダウン。本庄五ポイント」


 両手、両膝、胸、頭、背中、尻のいずれかが二つ以上地面に着いた場合、ダウンと判断され、ヒットポイントとは別に二ポイント入る。そしてダウンした相手に攻撃するのは反則だ。ついでにダウンした場合は一度立ち上がらないといけない。ダウンした状態から攻撃をしかけるのも反則である。俺は軽く息を吐きながら、登氏が立ち上がるのを待つ。ここまではいい流れだ。まだまだ安心出来る段階ではないが。


「くそ、この」


 登氏は立ち上がってすぐ突進してくる。反則すれすれだが、判定はない。これくらいは大目に見ると言う事だろう。俺が再び足払いをしかけると飛んでかわし、踵落としを繰り出してくる。俺の真似かな? 少し驚いたが、ガードで防ぐ。衝撃は俺自身にも伝わるが、耐えられなくはない。お返しとばかり、着地した瞬間、着地した足を払う。よろめきながらも耐えた敵に、俺は右ストレートをお見舞いする。ふらつきながらもガードする、という芸当は持ち合わせていなかったらしく、まともに入った。


「ヒット、本庄六ポイント」


 不安定な態勢だったから、そのまましりもちをつく。


「ダウン、本庄八ポイント」


 本来なら取りたくなかったであろうダウンである。しかし、しりもちなんてどれだけ贔屓しようが取るしかない。


「く、くそー」


 破れかぶれになって特攻してきた相手から、俺は冷静に二ポイント取った。





 結局、婚約は破棄され、絢華は晴れ晴れとした表情になる。ただ、登氏が本気で落ち込んでいたので、俺も周囲も何も言わなかった。少なくとも俺や絢華が何を言っても嫌味と受け止められてしまう可能性は高い。綾小路家の招きを辞退し、俺達は帰る。


「無事役目を果たせてほっとしたよ」


 車の中で俺はそう言うと、絢華は花が満開になるような艶やかな笑顔になった。


「ありがとうございました」


 そして俺の手を握ってくる。


「いやいや」


 照れながら何とか言葉を返す。絢華のこの笑顔を見ただけでも、頑張った甲斐があるというものだ。






 夜、天祥院家の食堂にて、絢華は両親に訴えていた。


「お父様、お母様、私から彰くんを取り上げないで下さい。それが私の唯一のわがままです」


 絢華は縋るように言う。貴明と悠華は顔を見合わせる。わがままなど言わない、可愛い娘の唯一の頼みだ。出来れば聞いてやりたいのだが、立場上そうはいかない。貴明が困ったように口を開いた。


「そういうわけにもいかん。天祥院家の一員はただの恋愛結婚など許されんのだ。せめて彰くんが、MMA選手になって活躍してくれればいいのだが」


 悠華も続く。


「だから絢華さん、彰くんがMMA選手を目指すよう、あなたが頑張りなさいな」


 絢華はしぶしぶ頷く。彼女にとって、彰の生き方を自身の為に曲げるなど、言語道断であった。しかし、自分のわがままを理解していたし、両親もかなり譲歩してくれている事も分かっている。彰が自発的に目指してくれれば解決するのだが、これまでの付き合いでそれが困難な事は判明していた。絢華に縁談を申し込んできた家の息子を叩きのめすのは承知してくれるし、その為の訓練もやっている割に、選手を志すそぶりは見せないのである。


「本当に彰くんが欲しいなら、まずお前が勇気を出しなさい」


 父の命令に絢華はやや顔を青くしながら、しっかりと頷いた。


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