5 end
人生における変化は、大概何らかの予兆を見せながら進んでいく、が、彼女に対する俺の感情に生じた変化は驚くほど急激で爆発的なものであった。彼女との関係の変化については過去に三度、出逢ったときと夏の雨の日、そして彼女に俺から歩み寄った三回自覚はあったがこれは何だ。警鐘にも似たそれは明らかな異物で、俺にはどうしても飲み下すことができなかった。だから息が出来ないし、動悸がして頭がぐらぐら揺れるのだ、迷惑窮まりないがどうしたって拒否感を受容しない。俺はとうとう気が触れたらしい。なんて言っている内は平気なのだろうかそれとも、感情の認識がぶっ飛んだか。何故ならばこんな切羽詰まった自分を彼女に殺されそうな自分をどうしてか嫌いにはなれず、寧ろ陶酔しているのだ。
おかしいやめてくれ、だって彼女は俺の唯一の友人で親友でそんな浅ましい感情を向けて良い訳が無いじゃないかだからこれは間違いであって彼女に触れたいとか口にした途端色々なものが壊れてしまいそうな感情の名前はきっと俺の勘違い思い過ごしに決まっている。そうでないと困るんだ。彼女は俺を生かすために欠かせないけれどでも、これは確実に俺を蝕んでいって俺を俺で亡くすから。
人間はきっとこんなものを覚えないでさっさと滅亡するべきだったんだよアダムとイヴで人類はおしまい、ちゃんちゃん。それで良いじゃないか。じゃあ例えばセックス無しでも繁殖出来たなら人間は性器の殆どの機能を失うに違いない。そうすれば恋愛はもっと綺麗なんだ、俺みたいな汚物でもそれだけは美しくあったのに、好きだから優秀だからその遺伝子を増やしたがる男が精子を女の腹にぶち込まなきゃあ子供が作れないなんていう事になるから、恋と性欲が繋がってしまうわけで、本当は別のところにあるんだよ。
それを知っていて実際にそういった感情を持てる本質の綺麗な人間と知っていてもどうにも出来ない低俗な俺とは天と地ほどの差がある。何があっても埋まらないし埋められない。だからセックスが必要無くなれば良いんだ人工受精がもっと一般化されたっていい。恋と欲をどうにか切り離せれば、それで。
「何、変な顔してるんですか」
まあ知ってるんだけど。恋愛とセックスを同じくくりにした時点で俺が間違いなんだろう。
不快げに顔を歪める少女は、初めて会ったときよりも大分大人びている。それはそうだ、彼女ももう高校三年生、とっくに結婚だって出来る歳なのだから。まだ俺が彼女に手を出したら犯罪になるけれど。
「君のせいだよ」
「意味がわからない」
俺だってわからないよ。そう返そうとした口を噤む。それではこうして彼女の家まで押しかけた意味が無くなり時間と体力の無駄である。
「水脈、は」彼女が息を詰まらせたのは俺が名前を呼んだからだ。彼女が人、取り分け俺に名前を呼ばれると反応してしまうのを俺は知っている。それはその逆も然り。しかし彼女は俺の話は大概聞いているようで、言うなれば応えない時は敢えて無視をしている訳だが、彼女に言わせれば声が要因だそうだ。まあそんなことはさておいて。
「水脈は、俺の事、どう思ってるの」
「変態」
「わお」即答した答えがそれか。俺は予想こそしていたものの、まさかすぐに返されるとは思わずに少しだけ目を丸くする。もう少し考えてくれないかと頼めば、彼女はめんどくさいと聞こえるか聞こえないかくらいの声で囁いたが残念地獄耳なんだ。
「人で無し、で頭は良いけどやる事が馬鹿というか自己中心的過ぎて辟易します。私としては助けられる事もありますがそれ以前にコモンセンスがないんじゃないですか倫理的に歪んでいるし偏愛ですよね、まあ家族想いなのは関心しますが。あと基本的に脈絡が無いでしょう先程といい何と言い質問の八割が唐突過ぎますもう少し他人の特に私の迷惑を考えるべきではないですか。私の迷惑を、大事なことなので繰り返しました。いつも言ってますが美形と美声の無駄遣い甚だしいですよ、美形だからって何言っても赦されるだなんて思ってませんよね。私や家族に謝罪したあと貴方が今まで殺した人にジャンピング土下座もしくはスライディング土下座或いは土下寝でもしてその後全人類に粛正されて来て下さい。頭も容姿も良い分中身がいかれてますよね他人に迷惑な方向に。まあ要約すると、公害?」
ひとしきり喋った後、思い出したように引き笑いの俺を見ればほんの少し不快げになる。そんなに傷付くことを言ったか、そう聞きたげだが言葉自体にはなにも感じない。彼女の考えの大部分であるとか彼女の持つ倫理学であるとかは理解しているつもりだ。
「解らなくなったよ、ますますね」
何が、と彼女が聞いたが俺は笑う。人なんてこんなものなのだろう、矛盾だらけで不純で、本当は感情に名前を付けるべきでないくらい複雑怪奇なのだ。
「そういう苦情は惜しみないくせに、君は俺から離れないだろ。嫌いで許せないのに俺の為に泣いて笑って怒って喜んで、おかしいじゃないか。嫌いなら避ければ良いのに、わざとらしく露骨に嫌な顔をして俺を見る。逃げないで立ち止まって、俺が話し掛けるのを待つんだ。君が俺を無視していたら、こんなに構ったりなんか、しない。君か変に俺に優しいから、見捨てようとしないから……、俺は! 縋るしかないんだよ……! だから俺を嫌いなら死ねば良いと思うなら突き放して、殺してくれじゃないと頭がおかしくなりそうなんだ。君の事ばかり考えて気付いたら君の側にいる……、でも君は俺が嫌いなんだろ!? それだけでッ……、君に嫌われただけで、取り乱して、俺らしくもないけど元はと言えば君のせいだよ、水脈……!」
言い終える頃にはまるで喚くような大声になっていた俺は、冷静さを欠いた自分に辟易しながらも彼女の目を見据えた。温度のない瞳が僅かに揺れる、困ったように、哀しむようにそして、怒るように。忙しなく上下する肩そして胸が俺に余裕が無い事をありありと彼女に見せ付ける。彼女がゆっくりと口を開くのと、俺が彼女の腕を掴んで口を開くのは同時だった。
「夏哉さん」落ち着いて下さい、と彼女は俺を見る。真っ直ぐで優しい瞳が俺の心臓を掴んで離さない。
「好きなんだ」吐き出すような濁った言葉だった。押し付けたそれはやっぱり汚くて、愚劣な欲だった。
「夏哉さん」驚いたのかそれとも予測はしていたのかどちらにせよ彼女の顔も大概酷く歪んでいた。それに付け込んで自分でも抱えきれないような感情を押し付ける俺は大概最低な人間だけれどそんな事は、彼女に言われて慣れていた。最低でも良いから受け止めて、なんて。
いつからだろうきっと本当はずっと前から好きだったのかも知れない。彼女とひとりの人間同士の関係を築こうとした瞬間にはこうなる事はもう決まっていたんだろう。
「夏哉さん、どうしよう、私」
どうしようと問い掛けたいのは俺も同様だった。どうしよう君の答えが知りたくて、でも、怖いんだ。彼女が口を開いて声を上げる、その前にはもう気が付いた。
「うれしい」
それってつまり、そういうことなんだろうか。真っ赤になった顔もくしゃりと微笑む目も愛しくて堪らなかった、どうかこれが夢だとか妄想ではありませんように。祈りながら、こらえきれない笑みを隠すように彼女を抱きしめた。苦しい、と言いながらも跳ね退けたりはしない。
死ぬほど好き、というのはつまり君に殺されたいと言うことだよ。君が俺を殺せば君の心には俺が一生残るだろう。だから俺を殺すなら君がいい。君が俺を殺して生きるというしがらみに纏わり付かれていくのが、俺の望みだよ。だから、君がもし俺を嫌に思うようになったら、迷わずに俺を殺して。
乱文大変申し訳ありませんでした。
元の長編との関係をば
【トラと蒲公英】
なつやの姪がヒロインになります。
その義理の父がなつやの兄、弟はヒロインの叔父ですが同級生です
噛み付くように他人嫌いの少女と
その幼なじみで過去に固執する少年の話です
殴ったりとかします
全く進みません
まとまり次第載せてみようかなと