第六話 勇者信濃の本音暴露大会IN教室
「よーう実ー」
「ああ信濃か、おはようさん」
翌朝。ご飯後はめぼしいハプニングもなく日付が変わる前に寝る事が出来た俺は爽やかな朝を迎える事に成功していた。ネロと一緒に行くかとも思ったが、本人が「先に行く」と七時には寮を出て行ってしまったために残念ながらお一人の登校となった。ま、良いんですけどね。だから別に落ち込んでないし寂しくもねーし。
そうやって学園に着いた俺は教室へ入り、窓側から二列目の一番後ろという己のポジションに信濃へ挨拶をしながら腰を落とす。先に出たネロの姿はない。カバンはあるから来てはいるみたいだが。
「あぁ、そう言えばお前の相部屋の人は誰なんだ?」
「あー、それは……」
俺のルームメイトは血迷った学園のせいで女の子のネロ。信濃の相手が誰なのか、気にならない訳がない。しかしそれを聞かれた信濃は嘆息した。
「わりぃ、迷惑かけたな実」
「おいなんのことだ」
フォンさんに続いて二人目の唐突謝罪攻撃。ここで戸惑わず冷静に説明を求めたのは昨日の出来事があったからだろう。別に説明くらい戸惑ったとしてもされるだろうけど。
あぁと頷いて事情を話す信濃の背中には何だか哀愁の色が漂っている。これから話す事がこいつにとってどれだけ憂鬱なのか、それがわかるぐらい。なんか聞きたくねぇ。
「俺と一緒にこの世界に来た三人の子は覚えてるか?」
「あぁ。と言うか昨日会ったな。エレンとかいう王女様(笑)と獣人のフォンさんの二人。お前にゃ勿体無いくらい礼儀正しかったぞ。フォンさんは」
「……エレンの方は何かやらかしたみたいだな、すまん。まぁとにかくその様子だともう一人とは会ってないか。なら良かった」
俺の言動から察したのか額に手を当て、王女サマの粗相について軽く謝る。だがその直後には開き直ってんのかと突っ込みたくなるような台詞を吐く。
しかしながら信濃の顔は至って真剣であり、心からそう思って言っているのだと如実に伝えていた。王女サマの態度もなかなかに酷かったが、それすらまだマシだと言うのか。そしてそれを言わしめる信濃のハーレム要員最後の一人とはいったいなんなんだ。
「あいつは元々アサシンだったんだよ。魔王討伐の道中で絵に描いた様なクソ貴族がいて、そいつから放たれた刺客だった」
「それがどうしてハーレム要員になる」
「知らん。ただ男女平等パンチと言う名の一撃を以て撃退して、蜥蜴の尻尾切りされそうになったあいつを救っただけだ」
それは吊り橋効果という奴じゃないのか信濃。そう言ってみたものの、どこか腑に落ちないようで首を傾ける。何が不満なのだろうと思う。一瞬の邂逅だったから顔は良く覚えてないが、王女サマやフォンさんと共にハーレムへと食い込めるのだから控えめに見積もっても外見は並以上だろう。性格だってまとも……なのか? いや待て、アサシンって暗殺者だろ?
俺は聖人君子でなく良くも悪くも一般人である。外見や職業で人を判断し、キモいもんには素直にキモいって感情を抱く。だから例えばそのアサシンが、己から仕事だけでなくその後のアサシンとしての人生を奪った信濃に良からぬ企み事でもしてるんじゃねえかと俺が考えたって何らおかしくはないんだ。
「まぁとにかくそれから引っ付いてきて一緒に魔王ぶっ殺して挙げ句ここまでついてきた。だが寮の部屋割りであいつは、いや、あいつとエレンはゴネた。
クラス割りは勝手に決められたからその反動もあったんだろうな」
「オーケイわかった。お前も苦労してんだな。だからその先は言うな」
だがそんな俺の考えを知らずに、信濃は話を続ける。そして遂に俺がネロと相部屋になった事件への核心へと進む。大体想像出来たので信濃の肩を掴み、制止させる。
この野郎、一応美少女がてめぇを取り合ってんのに何でそんな苦渋に満ちた顔をする。その先を言ってしまえば、贅沢な悩みだと殴ってしまうではないか。
しかし信濃は首を振って前置きにとある事を言った。
「お前は忘れたのか……? 俺はハーレム否定派なんだ」
「あ」
事ここに至り、俺は信濃が何を言いたいのか理解した。そうだ、そんな大事なことを忘れていた自分が信じられない。
信濃が失踪ーーもとい異世界へ行く前、俺らはハーレムについて話した事があった。お互いがネット小説等でそう言うものを読んでいた事、年齢がその頃丁度十四歳だったこともあり「実際にハーレムはどうなのか」的な議論を交わしたのだ。今思い出してみればなんでそんなことに真剣になってたんだろうか。何にせよ、数時間の議論を経て俺らは一つの答えを導き出した。
『量産されたハーレムなんぞクソ食らえ』
もちろん一人一人に物語があり、主人公がハーレム要員に対して真剣に悩み抜き、ハーレム要員が主人公にかまけてその他に影響を与えないと言うのであれば話は別。ただし巷にあるような命救ったからベタぼれという訳の解らないものの繰り返しは許さん。
「その点で言えばまぁ俺はあいつを疑いすらしてるよ。魔王討伐まではわかるがこちらまで着いてくるなんて正気じゃない」
「用心深いってレベルじゃねーな……」
「お前があの時教えてくれたんだろ? 『警戒しすぎる事にこしたことはない』ってな」
「あぁ……」
自嘲気味に仲間を疑っていると言った信濃はどんな気持ちなのだろう。仲間だからこそ信じたいという気持ち、しかしただの一目惚れで住み慣れた世界とおさらばする訳がないという疑心が攻めぎ合う。こればかりは俺から信濃に言ってやれることはない。その葛藤当事者である信濃にしかわからないものだから。
朝っぱらから重い話だ。ルームメイト聞いてどうしてこうなったのがわからない。だからこの話は終わりだ。そのつもりで信濃も振ったんだろうし。
「ただ、俺はそんなこと言った事はないしそんなシリアスっぽい過去話なんてないからな?」
「あり? そうだったっけ?」
勇者してたお前と違って俺は普通の過去しかないからな信濃。