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第二話 ファンタジーって要素が加わるだけで体育ってこんなに変わるんだね

 つい数分程前にした反応とまったく同じ反応を俺はする。今、ネロさんは何と言っただろうか。幸いにして一時間目は担当の教師が休みだったらしく自習となっている。普段は小うるさい親友も未だにショックから立ち直っておらず、話をするにも不便はない。


「ふふふ、期待通りの反応だよ。安心してくれ、見た目はまったく魔王ではない」


「確かにあいつはなぁ……魔王ってよりクラスのアイドルって感じだ」


 と、ネロさんと俺の会話に割り込む不届き者。なんだ、と声の主を辿ればそこはネロさんの前方、つまり信濃の左隣に座っていて。一見は普通の人っぽく見える。俺から見て左目のラインで分けられたアクティブショートの真っ赤な髪は燃えるようなイメージで、そこから首へと視線を動かせば鱗がびっしりとびっしりと並んでいて一瞬声を上げかけた。学園の制服を着崩している彼ははた目から見れば不良に見えなくもない。身長は俺と同じくらいってところだろうか?


「魔王なのにアイドル、ねぇ……」


 もしかして幼女魔王か、と閃く。学園長ですら少女の姿だ。実年齢はともかく外見は子供の詐欺だとしても何等おかしくはない。そうなると学園長とキャラが被りそうだ。主に属性的な意味で。


「けど魔王とか、怒らせたら怖そうだな」


「まぁ、普通はそうなんだけどよ……」


 RPGの魔王と言えば削るのが苦痛な程の体力とそれに拍車をかける高ステータス、惜しげもなく最上級の魔法を降らせてくるラスボスのイメージ。そんな存在がいて、もし勘に触るような事をしたらと思うと背筋が冷たくなる。焼死溺死凍死感電死窒息死etc.etc.……死因は選り取り看取りだな。

 だが彼は微妙な顔を浮かべ、ネロさんもその彼に追随する形で苦笑している。なんだってんだろうか。


「その魔王なのだけどね、強くないんだ。魔王なのに」


「強くない……?」


「そう。東堂は来たばかりだから知らないのも無理ないか。勇者と同じでね、異世界も沢山あるのさ」


 勇者と同じ……? いや確かに勇者が珍しくないとは聞いた時点で勇者の数以上に世界が沢山あるのはわかってたけども。それが何だと言うのだろうか。


「簡単な話さ。沢山ある世界の全てが、等しく同じ強さだと思うかい?」


「なるほど、世界ごとに強さが違うってことか」


「その通り」


 納得。例えるならそれはレベルみたいなものなのだろう。文明の進み具合や人の強さによって変わるそれは、地球にやってきて初めてわかる。個々の平均が強い世界もあれば弱い世界もあり、その魔王様の世界はかなり弱い部類だったのだろう。井の中の蛙。そんな言葉が頭をよぎった。

 しかし世界最強から弱者へ落ちた時の気持ちはどうだったのだろう。信じていた力が勇者ならともかくどこにでもいるモブAと同じ程度だなんて。


「ところで、さりげなく会話に加わったお前は誰なんだ?」


 さて、いい加減に聞かなくてはなるまい。首に鱗の生えた不良男。会話に乱入してきた彼の名前を、俺は知らない。接し易さからして見た目に反し悪い奴ではない、ってぐらいか。


「ん? おぉ俺はアーク。アーク・レミュレクシ。首を見て貰えばわかるだろうけど、竜人さ」


「竜人?」


「その力で大剣を振れば岩をも砕き、強靱な鱗は歴戦の騎士が放つ一閃すら跳ね返すーーー私の世界での竜人の話だけどね」


「俺の世界も似た様なもんだぞ? さすがに騎士様の一撃は受けたくないけどな」


 竜の人。アークと名乗った竜人は、ネロさんの世界の話を聞いて嫌そうに眉をしかめた。続いて親指を首にあてがい左から右へ斬る。首が落ちる、とでも言いたいのか? しかし竜人、か。アークさんの世界の強さがわからないから何とも言えないが、果たして強いのだろうか?

 その旨をアークさんに聞いたところ、彼は曖昧に笑って濁しただけでネロさんにも話は向けたが彼女も同じ反応だった。え、何なのこれ。


「俺達の強さはその内わかるとして、お前はどうなんだ?」


 お前、とは俺のことなのだろう。壇上での俺の自己紹介からか幾分か躊躇いがちだ。何か気を使ってるような、未来を不安にさせるような声色だ。


「さっき言った通りだよ。強さも何も、魔法どころか獣人だって知らない在り来たりな一般人だよ」


 武器も何も持っていないし武術の心得もない。不良にあったらボコボコにされる自信はあると肩を竦める。次の瞬間、アークさんとネロさんは俺にもわかるぐらい同情の視線をぶつけてきた。いや待て二人とも、それは出会ったばかりの人に向ける視線なのか?


「ご愁傷様東堂。せめて死ぬなよ」


「大丈夫だろうアーク。体育教師は厳しいが死ぬとわかっている生徒はマラソンだけのはずさ」


 ……ネロさんの言葉から体育の授業が俺にとって鬼門らしいが、そこまで言われる授業内容ってなんなんだ?

 暗雲どころか台風にぶち込まれたぐらいに未来が暗くなった俺は必死に祈った。二人の言葉が妄言でありますように、と。






 結論から言えば二人の言葉は三時間目にようやく理解出来た。体操着に着替え、身体のラインが強調されたネロさんを見ていたら彼女が頬を紅く染めたとか、それになんだか気恥ずかしくなって他の女子、特に獣人やエルフなどを見てたらその人達から若干避けられて落ち込んだとか。そんなことが吹っ飛ぶくらいに。



 吹っ飛ぶくらいに体育の授業は過酷極まりないものだった。もしくは戦場だった。


 まずは軽いジャブから。体育教師は一言で表すなら、でかかった。体長は三メートル半はあるのではないかと思われる。ファンタジーの巨人族、ってやつなのだろうか。筋骨隆々の体育教師。狭い教室に入ればむさ苦しいのは確定的であり(そもそも入るのに苦労しそう)、一般人の俺には目の前に立たれるだけで威圧感に圧され、心と首が折れそうだ。

 で、その巨人教師の放った一言は準備運動程度のマラソンをしようとのことだった。


「じゃあ軽く10kmな。あ、東堂は5kmでいいぞ。途中で休んでも良いが完走はするんだぞ!」


 ねぇよ。何が準備運動だ。5kmて俺にとっては30分使って走りきれるかぐらいだぞ? そもそも運動は最低限しかしてない人間にいきなり5kmも走らせるとかスパルタです。無理です。それを準備運動とか……


「ちなみに東堂はマラソンだけだ。ちぃとばかし危険だからな」


 それは良かった。でなくて! 授業なのに危険とかカリキュラムどうなってんねん! 俺は心の中で叫んだ。軍隊の練習でもするのかと本気で思った。

 そもそも見た目が小学生ぐらいの子もいるのに10km完走とか出来んのかよ! と言う突っ込みはしない。だってほら、曲がりなりにも四月から二ヶ月経ってる訳だしね。マラソンに限っては大丈夫なのだろうと勝手に思った。


 そしてマラソン開始。あ、ありのまま今起こった事を話すぜ! マラソンが始まったかと思ったら皆が車並の速さで駆け抜けていった! 何を言ってるかわからねーと思うが……。冗談を抜きにしよう。いやガチで速かった。気がついたらクラスの皆は俺と数名を残して一周していた。

 学園のグラウンドはとても広く、一周500mとかなり長い(情報提供アークさん)と言うことを思いだし計算。10kmは10,000m。つまり20周もしなければならないのか。俺はその半分だから10周……。凄く、ボイコットしたいです……。


「と言うか速すぎだろ……魔法って怖い」


 巨人先生からは魔法も使えないのならば走るだけで精一杯だろうから今日はそれだけやれ、と見た目に似合わず気を遣ってくれたため、のんびり走ることにした。10kmを軽いなんて言ったのもこの通りで、大多数の奴は身体強化の魔法を掛け、四分の一に満たない程度のスタミナで十分程度足を動かせば終わる……らしい。オリンピック選手もビックリの速さ、そう言う場所だと急に現実を突きつけられて酷く不安になる。

 ちなみに俺以外の取り残されてる数人は、魔法を使えるがこの程度の準備運動すら補助出来ない微々たる効果しか得られないか、はたまた走りきるまで魔法が保たないかどちらかの人間で、俺と同じく巨人先生からこれだけでいいと言われているらしい。こいつらが、ネロさん達の言ってた弱い世界の人達なのだろうか。


 走り出して二十分。俺は既に息も絶え絶えに歩いていた。そりゃそーだ、これくらいでへばる。平和ボケした国のサブキャラ並の生活しかしてないんだ。それに比べて最初に俺と数名を置き去りにした集団は全員がゴールしており、今は巨人先生の元に集まって何やらチーム分けみたいなことをしている。三チームに分かれた彼ら。その中から二チームのメンバーが向かい合って一礼、散開して各ポジションに着いたところでフィールドの真ん中にいる二人が笛の音と共に行動を開始する……つまりサッカーを始めた。


「何だ普通のことやってんなー」


 ちょっと予想外だ。準備運動と称して長距離走をする授業。それが終わったらどれほど過酷な授業をやるのだろう、と恐れていたのに。ちらりと視線を外し、息も整ってきたので走りだそうとした時にそれは起きた。


 視界の隅に鮮やかなオレンジ色が地面を疾駆していた。ん? と思ってそちらを見ればオレンジ色の何かは炎を纏ったボールで、それがゴールキーパーの伸ばした腕を嘲笑うかの様にくぐり抜けゴールネットに当たっていた。ゴールに沸くチーム、うなだれるゴールキーパーを励ますチームメイト。

 俺は頭が痛くなった。揺れるはずのゴールネットがまったく揺れてないため、まるで「いやこれが普通なんだよ」と見せつけている気がした。空は相変わらずの青。だけどちらほらと大きな白雲がある辺り、俺を理解をしてくれているんだなと思いこむ。でなければ少なくともこの時間はやってられなかった。


 その後の試合内容も酷かった。

 ドリブルする生徒に火を纏った足でスライディングするディフェンダー。それを直撃したにも関わらずはじき返す……あ、あれアークさんじゃん。

 そのまま足を光らせてシュート。ボールは地面を裂きながらゴールへ迫る。

 キーパーは笑いながら大きな盾を瞬時に出現させるが、ボールはそれを歯牙にもかけず叩き割り、目を見張ったキーパーごとゴールイン。


 他にも勇気を持ってシュートに立ちふさがるも敢えなく吹っ飛ばされる人がいたり、空から撃ったシュートがゴールを外れて横の地面にちょっとしたクレーターを穿ったりなんてのがあった。ぶっちゃけ異常なとこを挙げたらキリがないぐらいにぶっ飛んだサッカーだった。


 なるほど、ライトノベルにこれと似たような話があったが、確かにこうなる。ネロさんやアークさんの言うことも理解出来た。確かに死ぬわありゃ。俺には一生参加出来そうにないね。


 余談だが親友の勇者は最初こそ雰囲気に呑まれてたが後半になると他の生徒と笑いながら試合に従事して、止められはしたがシュートだってしやがった。順応するの早すぎだろう……。

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