↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神槍の巡歴  作者: Moon


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/23

第三章:ハチの残り香

表面の釉薬は古びて艶を失い、頭をなで続けた指の油ですこしだけ黒ずんでいる。

静まり返った研究室のデスクの上で、タヌキの置物がぽつんと座っていた。

仁はマウスから手を離した。直前までモニターの青白い光に照らされていた指先が、妙に冷たく痺れている。

自分の意思で誰かを切り、線を一本だけにした世界には、驚くほど音がなかった。

エラーも警告音も鳴らない。

仁は、その静けさのほうが怖かった。先ほど自分の手で行った切り捨てもまた、父・惣一のシステムと同じ論理の延長線上にある。

ふと、部屋の隅の暗がりから、掠れた声が聞こえたような気がした。


「――学者ボケ。正解ばっか探すなよ」


仁は反射的に顔を上げた。

だが、そこにいるのは埃をかぶった古い書架と、パイプ椅子の影だけだ。

誰もいない。

その声が誰のものだったのか、今の仁には痛いほどよく分かった。正解という名の直線を選び、不要なものを切り捨てることの冷酷さを、かつて真っ向から否定してくれたモノの残響。


「……ハチ」


小さく呟いた名前の響きすら、部屋の冷たい空気の中に吸い込まれていく。

仁は立ち上がり、デスクの上のタヌキの頭にそっと触れた。

指実に、陶器の冷たさが残っていた。

それだけだった。

それだけなのに、自分の手で誰かの存在を消し去ってしまったその罪悪感を拭う気にはなれなかった。

仁はタヌキから手を離した。

研究室の奥の扉は、閉じたままだった。

その向こうから、機械の低い駆動音が聞こえていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。