第三章:塗り替えられた配置
翌朝、仁が研究室のドアを開けたとき、背筋に奇妙な悪寒が走った。
部屋の空気や、並んだデスクの位置が変わったわけではない。コーヒーメーカーの匂いも、窓の外の蝉の声も昨日と同じだ。
だが、何かが決定的に違っていた。
――昨日まであった机が、消えていた。
単に片付けられたのではない。最初からそこに何も置かれていなかったかのように、床のフローリングの木目が綺麗につながり、ぽっかりと空いた空間には、別の備品ラックが微動だにせず収まっていた。
仁はその場所へ歩み寄った。
昨日まで椅子の脚がついていた床の擦り傷も、電源タップの這い回っていた配線の痕も、すべてが綺麗に均されている。
床には傷一つなかった。昨日までそこに存在したはずのものが消えたのではない。最初から、そこに繋がっていなかったことになっている。
近くで資料をめくっている同僚の男に、仁は声をかけかけた。喉まで出かかった言葉を飲み込み、代わりにこう尋ねた。
「……このラック、いつからあった?」
男はパソコンの画面から目を離さず、手元のキーボードを叩きながら首を傾げた。
「は? ……前からだけど」
「前から……?」
「ああ。ずっとそこにあったろ」
男の目はどこまでも平穏で、疑う色すらない。
仁は自分の席に引き返し、震える手でマウスを握った。
デスクトップのファイル階層を開く。昨日まで担当者名が表示されていたフォルダの場所には、別の名前が割り振られ、データ全体が不自然なほどすっきりと整理されていた。
仁はディスプレイの光を見つめながら、自分の右手のひらを見た。
いつの間にか、昨日までノートのインクで黒く汚れていたはずの指先が、奇妙なほどきれいに乾いていた。




