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第一部:日常の浸食と、消えた足跡 ーーエピローグーー
プロローグ 槍が世界を突いた日
歴史の歯車が狂い始めたとき、人間は決まって「神話」に手を伸ばす。
二千年前、エルサレム。
十字架に架けられた男の脇腹を、ローマ兵の槍が貫いた。
流れ出した血を見て、その兵士は何を思ったのか。
死を確かめるための、ただの一突きだったのか。
それとも――。
後世の人々は、その槍を「ロンギヌスの槍」と呼んだ。
伝説によれば、それは神の子の身体を貫いた瞬間、ただの鉄の穂先ではなくなった。
世界には、それまでとは違う「何か」が生まれたのだという。
罪を犯せば罰せられる。
善をなせば報われる。
生まれた者は、やがて死ぬ。
そうした古い因果の流れから、人間を別の道へ押し出す何か。
だが、神話が本当に語っていたのは、奇跡の槍そのものではなかったのかもしれない。
ひとつに決められた世界を、ひとつのまま終わらせない。
決められた運命を、その外側から突き破る。
人間はそれを、時代ごとに違う名前で呼んできた。
救済。
奇跡。
恩寵。
そして二千年後。
一人の歴史学者が、同じ問いに行き着くことになる。
世界は、本当に一つの未来しか持てないのか。
その問いに、手を伸ばした男がいた。
時任仁の父――惣一。




