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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

無能と蔑まれた結界師は、二度と睡眠時間を削らない

作者: 黒羽 ジン
掲載日:2026/07/31

睡眠時間を削って仲間を守っていたのに「立っているだけ」と追放された結界師が、新しい仲間と出会ってスカッとするお話です。

最後までお楽しみいただければ幸いです!

「おいアルト! お前、今日でクビな!」


いつものように探索から戻った冒険者たちでごった返す酒場。その喧騒を打ち消すように、いつもとは違うレオンの怒声が響いた。


ジョッキが卓に叩きつけられ、派手な音を立てて泡がこぼれる。赤ら顔で指を突きつけてくるのは、Bランクパーティ『黄金の翼』のリーダーだ。


「今日のボス戦でもそうだろ! お前は後ろでボーッと突っ立ってただけだ。汗ひとつかかず、魔法の一発も撃たねぇ。死体みたいに立ってるだけの奴に払う金なんて、ドブに捨てるようなもんなんだよ!」


周囲の会話がふっと途切れ、嘲笑や同情の混じった視線が一斉に俺へ集まる。刺さるような空気の中、俺は静かに息を吐いた。


「……レオン。遊んでたわけじゃない。みんなが前線で動けるように、常に――」


「黙れ! 言い訳なんか聞く気ねえよ!」


レオンは吐き捨てるように笑う。


「『結界術士』だかなんだか知らねえが、目に見える防護壁の一枚すら張れねぇじゃねえか。襲ってくる敵は全部、俺の火炎魔法と前衛陣で押し潰してんだ。お前、何のためについてきてんだ?」


こめかみが重く痺れている。

視界の端が霞み、思考をまとめるのすら苦痛だった。


俺の能力『微細結界』。

半径100メートルにある敵意や威圧、物理的な衝撃を、目に見えないほど極小の多層結界で殺す技術だ。


彼らが「火炎魔法で消し飛ばした」「かすり傷しか負わない俺たち強すぎ」と笑っていられたのは、俺が裏で敵の威力を削ぎ落とし続けていたからに過ぎない。


だが、発動中は二十四時間、脳の回路を極限まで焼き切るような精錬を強いられる。

耳奥で鳴り止まない羽虫のような不快な羽音。削られ続ける睡眠と精神。


それでも『これが自分の役割だから』と、自分に言い聞かせて耐えてきた。


(……ああ。もう、いいのかな)


怒りすら湧かず、ただ胸の底から冷めていく感覚があった。

勝ち誇るレオン。それに乗っかり、小突き合うようにして笑う前衛の仲間たち。


今まで散々命を擦り減らしてきた結果が、これだ。

惨めになるほど、無。


もう、説明する言葉すら浮かばなかった。

俺は胸元から『黄金の翼』のパーティ証を外し、冷たくなった卓の上に置いた。


「今まで、ありがとう」


「ハッ、さっさと消えろ。二度とツラ見せるなよ!」


後ろから投げつけられる嘲笑を背に、俺はそのまま酒場をあとにした。



街の小さな宿屋に入り、吸い寄せられるようにベッドへ倒れ込む。

体を横たえた瞬間、俺は人生で初めて――結界を完全に解いた。


直後、長年こびりついていたこめかみの痺れが、すっと引き去っていく。

ずっと耳の奥で鳴り響いていた不快な羽音が消え、かわりに訪れたのは、怖くなるほどの静けさだった。


「……っ」


あまりの解放感に、かえって呼吸が乱れる。

体中を血液が巡る温かい感覚を取り戻しながら、俺はそのまま深い眠りへと落ちていった。

目を覚ましたのは、二日後の朝だった。


体が驚くほど軽い。視界の霧が晴れ、指先一つ動かすだけでも自分の感覚が戻っているのがわかる。

鏡を覗くと、いつの間にか目の下のひどいクマが消えていた。


リハビリ代わりにギルドで薬草採取の依頼を受け、街道沿いの森へ足を運ぶ。

日差しを浴びながら草を摘んでいると、背後の藪が大きく揺れた。


肉食獣『ブレードウルフ』が、殺気を撒き散らしながら喉元へ飛びかかってくる。


「……っと」


考えるより先に、体が動いていた。


右手をわずかにかざす。爪が肌に触れようとした瞬間、パシッ、と空間が硬化したような短い音が弾け、ウルフの突進がピタリと止まった。


体制を崩したウルフの横をすり抜け、静かに距離を取る。

靴音が近づき、頭上から声が降ってきた。


「見事だね。うん、本当に。ほうほう、ほうほうほう……これは……まさか!空間の密度を局所的に変えて威力を殺しているのかい!?……そんな美しい結界、初めて見たよ」


振り向くと、銀髪をひとつ結びにした背の高い女性が立っていた。

背中に背負った大剣と、纏う空気の重さでピンとくる。


「まさか……シルフィさん?」


そう、彼女を知らない者はこの辺りにはいないと言われる、Sランク昇格間近と噂される『銀嶺の盾』のリーダー、シルフィだ。


「驚かせてごめんね。あまりに無駄のない動き、というかとても面白い術だったから、ついつい見入ってしまった」


シルフィは真剣な眼差しで歩み寄ると、じっと俺の顔を見つめてくる。


「君のそれ、並の努力で届く域じゃないよ。どれほど繊細な感覚を重ねれば、そんな『見えない結界』を自然に張れるようになるんだい?」


「え……あ、いや。ただの微細結界で……」


「謙遜はいらないさ」


シルフィは呆れたように笑い、こちらの肩をポンと軽く叩いた。


「敵の軌道を完璧に読んで、死を遠ざける技術だ。……君、名前は?」


「アルト、です」


「アルト君。その繊細な腕……私に貸してくれないか?」


「何もしていない」と捨てられるように追い出された自分の技術。

それをこの人は一目で見抜き、まっすぐ言葉にしてくれた。


喉の奥が少しツンとする。今まで削られてきたものが、ようやく報われた気がした。


「……僕で、いいんですか?」


「君がいいんだよ。頼む、うちの『銀嶺の盾』に来てくれ」


差し出された手を、俺はしっかりと握り返した。




その頃、Bランクダンジョンの深層では、怒号と悲鳴が響き渡っていた。


「な……ッ!? オイ、どうした! なんだよ、どうなってんだよ!?たかが、たかがゴブリンの一撃だぞ!?」


壁に叩きつけられ、血を吐いて倒れる前衛を前に、レオンはパニックを起こしていた。


いつもなら掠り傷程度で済むはずの攻撃。それが今や、一撃で防具ごと骨を砕いてくる。

さらに頭上から降り注いだドクグモの糸が腕に触れた瞬間、猛烈な激痛が走った。


「ぐあぁッ……!? なんだこれ、熱気で消えねぇ……!?」


皮膚が焼け落ちるような痛みに顔を歪め、レオンは地面を転げ回る。


おかしい。何かが狂っている。


いつもなら敵の攻撃なんて、受けても「大したことない」と笑い合っていたはずだ。強大なボスの一撃すら、かすり傷ひとつで凌げていたはずなのに。


なぜ雑魚の攻撃で腕が折れる?

なぜ、かすり傷ひとつで焦げた肉の臭いが鼻をつくほどの激痛が走る?


「ヒッ……来るな、来るなあっ!」


恐怖で手元が狂い、空弾する火炎魔法。

自分たちが誇っていた「無敵」のメッキはあっけなく剥がれ落ち、襲いかかる爪と牙がダイレクトに肉を裂いていく。


混乱する頭の中で、レオンの脳裏にああの日のやり取りが蘇った。


『後ろで立っているだけ! 何の役にも立っていない!』

『説明しようとしたけど……僕が結界を解いたら……』


あいつは、あの時何を言おうとしていた?


俺たちが自分たちの実力だと信じ切っていたあの頑丈さ。

そのすべてが……アルトの存在によって作られていたとしたら?


「嘘だ……そんな……あいつはただ突っ立ってただけだぞ……!?」


顔から血の気が引き、恐怖で膝がガクガクと震える。

自分たちが受けていたのは、一人の男が睡眠と命を削って差し出していた「甘やかし」だったのだ。ただ、無知な子供に過ぎなかっただけなのだ。



血と泥にまみれた『黄金の翼』は、雑魚の群れを前に、ただ逃げ惑うことしかできなかった。




『銀嶺の盾』に加入してからの毎日は、驚くほど穏やかだった。


十分な睡眠と、心地よい疲労感。

結界を張るたびに、仲間たちは「助かるよ」「最高のサポートだ」と自然に言葉をかけてくれる。


ある日の午後、ギルドを出た時のことだ。


「ア……アルトォッ!!」


ボロボロの鎧を纏い、顔を血と泥で汚した男たちが走り寄ってきた。かつての仲間たちだ。


彼らは俺の前に辿り着くと、なりふり構わず石畳の上に膝をつき、額を擦り付けた。


「アルト! 悪かった、俺たちが間違ってた!!」


レオンはボロボロと涙を流し、地べたに這いつくばったまま叫ぶ。


「頼む戻ってくれ! 給料も今の倍……三倍払う! お前がいないと、俺たちかすり傷ひとつで死にそうになるんだよ! もうダンジョンに入れないんだ!」


必死の形相で泣きつく元仲間たち。通行人が遠巻きにヒソヒソと囁き合っている。


隣に立つシルフィさんは冷ややかな視線を向けているが、何も言わず、俺の判断を静かに待ってくれていた。


俺はレオンを見下ろし、ゆっくりと息を吐く。


「……僕が結界を解いたらどうなるか、考えたこともなかったろ」


「あ……」


「君たちが強くなったわけじゃないんだよ」


冷めた俺の言葉に、レオンの顔が引きつる。


「戻らないよ」


「なっ……!? なんでだアルト! 謝ってるだろ! 知らなかったんだ、お前が裏でそんなことしてたなんて知らなかったんだよ!」


「……知らなかった?はは、違うだろ。そうじゃないだろ。何も知ろうとしなかっただけじゃないか」


レオンの言葉が詰まった。


「自分の身は、自慢の火炎魔法で守ればいい」


「アルトッ! 頼む、見捨てないでくれぇッ!」


縋り付こうと泥塗れの手が伸びてくる。


だが――手が空気に弾かれる。ただ、それだけだ。

これは心の壁。―――もう、二度と届かない。


「行こう、アルト君。今日のクエストの打ち合わせをしよう」

シルフィさんが肩に手を置いて促す。


「はい」


俺は頷き、信頼できる仲間たちとともに歩き出した。


背後で崩れ落ち、地べたを叩いて泣き叫ぶ声が遠ざかっていく。


俺は一度も振り返らなかった。


ギルドを出ると、午後の日差しがやたら眩しかった。

(……俺も、変わったのかな。)

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

もし「アルトが報われてよかった!」「スカッとした!」と思っていただけたら、

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