見下される理由
私は自分が嫌いだ。
顔も、体型も。
鏡を見るたび、ため息をつく癖はもう何年も前から身についている。
だから、昔からモテたこともなかった。
その代わり、性格だけは良く見られたかった。
人にやさしくすることだけは、手を抜かなかった。
恋愛感情が芽生えなかったわけじゃない。
いいな、優しそうだな、かっこいいな、と思う人は何人もいた。
でも、自分から何かをしたことは一度もない。
分をわきまえていたからだ。
顔がいい人ほど、残酷だった。
裏で女の子に点数をつけて笑っているところを見たことがある。
私に向ける声と、可愛い子に向ける声が、まるで別人だったこともある。
そういう経験が積み重なっていくうちに、
「顔が素敵」という理由だけで人を好きになることは、なくなった。
学生時代、付き合った人はいない。
そして社会人になって、
ようやく――
ようやく、本当に「いいな」と思える人に出会った。
彼は、誰に対しても同じだった。
新人にも、年上にも、地味な私にも。
声のトーンも、距離感も、変わらない。
だから安心した。
だから信じた。
でも、告白はできなかった。
自分に自信がなかったから。
私は自分が嫌いだ。
顔も、体型も。
だから、彼に好きだ。と告白されたとき、
正直、現実感がなかった。
「俺、君みたいな人が好きなんだよ」
そう言われた夜、
胸が熱くなるより先に、怖くなった。
――私が幸せに本当になれる?
最初の違和感は、小さかった。
返信が遅れただけで、
「何してたの?」
「誰といたの?」
問い詰める声が、少し低くなる。
束縛だとは思わなかった。
だって彼は、誰にでも優しい人だったから。
私“だけ”に見せる顔だと思えば、
特別みたいで、少し誇らしかった。
でも、少しずつ、世界が狭くなった。
「その友達、俺あんま好きじゃない」
「飲み会? 行く必要ある?」
「俺といる時間のほうが大事じゃない?」
私は、人を失っていった。
彼に気づかれないように、
連絡を返さなくなった。
怒らせないことが、
日常の最優先事項になった。
最初に殴られたのは、
私が泣いた夜だった。
理由は、覚えていない。
たぶん、私が不安を口にしたから。
手の甲が、頬に当たった。
一瞬、音が遅れて聞こえた。
彼はすぐに謝った。
「ごめん、手が出るとは思わなかった」
「君があんな言い方するから…」
私のせいだと思った。
私が、可愛くないから。
私が、重いから。
それから、殴られる理由は増えた。
言い返したから。
黙り込んだから。
視線が気に入らなかったから。
謝るタイミングを、
身体が覚えた。
声を荒げる前。
拳を握る前。
その兆しを察して、
私は先に謝るようになった。
でも、意味はなかった。
「殴られる女は、殴られる顔してる」
彼は笑って言った。
鏡を見るのが怖くなった。
青あざを隠すための化粧が、
どんどん濃くなった。
仕事中、
「大丈夫?」と聞かれても、
反射的に笑った。
誰にも、言えなかった。
だって私は、
この関係を“選んだ女”だったから。
夜、ひとりになると、
思った。
――私がもっと綺麗だったら。
――私がもっと価値のある人間だったら。
でも、ある日。
床に倒れて、
息がうまく吸えなくなったとき、
初めて、違う考えが浮かんだ。
――このまま、死ぬかもしれない。
その恐怖だけは、
愛情より強かった。
そして私は彼から逃げた。
何も持たず、
財布と携帯だけ掴んで、
夜のコンビニに駆け込んだ。
自分の足で、
外に出た。
それだけで、
世界が眩暈するほど広かった。
しばらくは粘着もされた。
けど、頑なに拒否ができていった。
別れてからもしばらく、
彼の声が頭の中に残った。
「お前には俺しかいない」
「次なんてない」
でも、違った。
ひとりで生きている私は、
殴られない。
怒鳴られない。
謝らなくていい。
鏡の中の私は、
相変わらず好きじゃない顔をしていた。
それでも、
怯えていない。
そこから1年が経つ。
でも私は、今でも自分を愛せるようにはなっていない。
でも、
でも、
自分を壊す人を、
近づけないことはできる。
それだけで、
十分すぎるほど、強い。
私は今日も、
嫌いな自分を連れて、
ちゃんと前を向いて息を整えて進めてる。
ひとつ、強くなった自分が少し好きになれた気がする。




