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第8話:目立たぬように

 その時まで、自分の書いた小説を父さん以外の人に読んでもらいたいなんて思ってなかった。しかし父さんに言われ、他の人に読んでもらうのもありかな、と心変わりした記憶がある。


 父さんはAG文庫という文庫の新人賞に僕の小説を投稿することを提案した。僕は了承し、新人賞の応募要項を確認して、以前書き上げた作品に多少手を加えて提出した。


「龍之介! やった! やったぞ! お前は本当にすごい奴だ!」


 新人賞に原稿を提出してから、約半年が経過したある日。仕事から帰宅した父さんは僕を見て興奮気味に叫んだ。


「何のこと?」


「新人賞だよ! 半年前に応募しただろ! ついさっき選考の結果が出たんだ! 龍之介の投稿した小説、金賞だったぞ! 1番上の賞だ! 賞金100万円! 書籍化確約! やったぞ龍之介! プロデビューだ!」


 新人賞に応募したのを僕はすっかり忘れていた。まさかいきなり結果が出るなんて思ってなかったから、とっくに記憶から抹消されていた。そんな僕とは異なり父さんはずっと選考の結果を追っていたのだ。こうして僕の文才は大きく評価され、僕は中学生ながらプロデビューを果たした。


 デビュー以降、何かに取り憑かれたかのように僕はひたすら小説を書き続けた。出版社を通じて新作を短いスパンでどんどん発表していき、さらにネットの小説投稿サイトにアカウントを作って次々と作品を投稿していった。小説を書くことだけが僕の生きる理由だった。


 中学校を卒業し、高校生になり、高校を卒業して大学生になった。相変わらず華やかな学生生活とは無縁だったが、そんなことはどうでもよかった。このままずっと、小説を書いて生きていくんだと思っていた、その時。


 父さんが死んだ。


 車で職場から家に戻っていた時、赤信号にも関わらず交差点に突っ込んできた大型のトラックと衝突。衝撃により父さんは即死した。


 父さんに全く非はなかった。責任は全て飲酒運転をしていたトラックの運転手にあった。こうして、僕にとってこの世で最も大切だった人は、あっけなくこの世を去った。


 その知らせを聞いたのは、アルバイトを終えた直後だった気がする。あまりのショックで放心状態になり、しばらく立ち上がることすら出来なかった。父さんの死を機に、あれだけ明るかった母さんが俄かに暗くなった。僕は飲酒運転をしやがった運転手を心底憎んだ。殺してやりたいと思ったことは一度や二度ではない。


 何で。どうして父さんが死ななきゃならなかったんだ。あんなに真面目で性格のよかった善人が死んで、飲酒運転をするような屑が刑務所の中でのうのうと生きているなんて間違ってる。これから沢山親孝行をするつもりだったのに。印税で稼いだ金を使っていつか旅行に連れていくと約束したのに……。


「うっ……ううっ……」


 視界がぼやけた。そこで僕は、自分が泣いていることに気付いた。


「ベール様……? どうなさいましたか……?」


 様子がおかしいことに気付いたのか、ユーナは振り返って僕に声をかけてきた。


「いや……何でもない……です……」


 僕は声を絞り出した。泣いているところを見られるのは恥ずかしかったが、涙を止めることが出来なかった。何を思ったのか、ユーナは僕の頭に手を置き、優しく撫でてくれた。父さんに頭を撫でられた記憶が脳裏に甦り、ますます涙が止まらなくなった。


「ユーナ様、そろそろ街に着きますよ!」


 ブークの声が聞こえ、僕は視線を上げた。巨大な街が目前に迫っている。数えきれないほどの建造物が視界に飛び込んでくる。沢山の人がいるのは容易に想像出来た。泣いている姿を大勢の人に晒すのは嫌だ。僕はごしごしと涙を拭った。


「ベール様、落ち着きましたか?」


「はい。急に頭を撫でられて、びっくりしちゃいました」


「なんとかしなきゃと思ってしまいまして……迷惑でしたか?」


「迷惑じゃないです。むしろ、う、嬉しかったです」


 よかったです、と言ってユーナはにこっと笑った。輝くような笑顔を見せつけられ、心を締め付ける痛みが少しだけ和らいだ。


 ものすごいスピードで走っていたユニサスが俄かにスピードを落とした。街に足を踏み入れる準備といったところだろうか。


「ベール様、これから街を通り抜けます。くれぐれも目立たないようにしていてくださいね。伝説の英雄、ベール・ジニアスが降臨したなんて知られたら、街の皆がベール様を一目見ようと集結して身動きが取れなくなってしまうでしょう。そうなると王宮に着くのが遅くなってしまいます」


「え? 僕を見るために集結? ありえませんよそんなこと」


「いいえ、あります! 王国を救ってくださる伝説の英雄なんですから!」


 さも当然といった様子でユーナは言葉を返す。僕が伝説の英雄? 本当に意味が分からない。


「街の皆にすぐにベール様の降臨を明かさないのは忍びないですが、今は一刻も早くベール様を王宮に連れていき、国王様に会わせることが最優先事項です。貴方たちも、ベール様の降臨が皆にバレないように協力してくださいね」


 ユーナに声をかけられ、ユニサスに跨るブーク、及び取り巻きの2人は「はいっ!」と明るく返事をした。愛しのユーナに声をかけられただけで心底幸せそうだ。


「ジャッジマシンさん、貴方も協力してくださいね」


「むにゃむにゃ……」


 取り巻きの1人に抱えられているジャッジマシンの表面には眠っているような顔文字が浮かび上がっていた。


「あらあら、寝てしまいましたか。まあしょうがないですね。では、行きましょう」


 僕たちを乗せた4体のユニサスが街に接近していく。無数の建造物、その建造物を取り囲むように設置されている柵、大きな門。門の近くには槍を持ち、青い鎧に身を包んだ2人の兵士が佇んでいる。門番といったところだろうか。僕とユーナを乗せたユニサスが先頭を進み、ユーナは2人の兵士に「こんにちは」と声をかけた。


「ユーナ様、こんにちは! 今日も麗しいですね!」


「ユーナ様! こんにちは! 今日も髪型が美しいです!」


 2人の兵士はユーナの登場に俄かに色めき立っている。って、あれ、何で2人の兵士はユーナの名前を知ってるんだろう? まだユーナは名前を名乗ってなかったはずだ。よく考えればさっきのブークたちもユーナの名前を知っていたし。気になった僕はユーナに聞いてみることにした。


「……えっと、ユーナさんは、その、有名人なんですか?」


「いえ、特にそういうわけでは……」


「「有名人に決まってるだろっ!!」」


 2人の兵士は声を揃えて叫んだ。


「ユーナ様は近王家であるキーブルー家の1人娘であり、王家に支える高貴な存在なんだ!」


「加えてこの圧倒的な美貌! そして性格のよさ! 優しさ! こんなに素晴らしい存在であるユーナ様を知らない国民なんて1人もいない!


「王家に支える多くの人と異なり、ユーナ様は定期的に王都から程遠い街を訪れ、多くの国民と交流してくださっている! ビットの減少に喘ぎ、苦しむ国民を少しでも元気づけようとしてくれているのだ!」


「ユーナ様は我々国民にとって女神! そんなユーナ様を知らないなんてお前は一体何者なんだ! 本当にパーブルー国の国民なのか!」


「というか見慣れない顔だな! 誰だお前は!」


 2人の兵士は僕に鋭い視線を向けた。まさかの展開に僕は思わずあたふたしてしまう。


「す、ストップ! やめてください! えっと……そ、そう! この方は人里離れた村でずっと暮らしていたので、王都の事情に詳しくないんですよ。だから、王家に支える私のことを知らないのは当然といえますし、貴方たちが見慣れていないのもおかしくありません」


 苦しい言い訳に聞こえたが、愛しのユーナの言葉とあってか、兵士はそれ以上僕の正体を追及することはなかった。


 「国王様に謁見を賜るべく王都に向かう必要があるんです」とユーナが言うと、兵士は僕たちを通してくれた。僕たちを乗せた4体のユニサスは街の中に足を踏み入れた。


 異世界ということでどんな街なのか気になっていたのだが、僕が元いた世界の街と似たような雰囲気でなんだか安心した。道が整備され、人が行き交い、多くの家が連なっている。

 

 家の壁面の色は白、黒、灰色が多い。屋根の色は一様に青だ。行き交う人々は老若男女、見た目は様々だが青や水色、紫といった青系統の色の服を着ているのは共通している。服の見た目は基本的に着物に近い。


「どうですか? ここがメルビーの街です」


「なんか青色が多くないですか?」


「パーブルー王国は青を国色と定めています。青色は極めて重要な色というわけです。故に屋根の色や服の色に青系統の色がよく使われています」


「そんな文化があるんですね」


「はい。王国が誕生した時から、青色は重要な色とされていたそうです」


「へええ……」


 世界が違えば文化も違う、ということか。


 ユニサスはそろりそろりと街中を進んでいく。先程の兵士の言葉は正しかったようで、通りかかった人が一様に「ユーナ様!」「ユーナ様だ!」と嬉しそうにユーナに声をかけていた。


 その時、眠っていたジャッジマシンがごとごと振動したかと思うと、「おはようさん!」と元気な声を発した。


「いやあよう寝てん! お、ここはメルビーの街やな! おーいメルビーの皆! 伝説の英雄、ベール・ジニアスが降臨したで〜!」

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