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第7話:活字で構成される無限の世界に

 4体のユニサスが勢いよく一本道を駆けていく。次から次に景色が前から後ろに流れていく。


「ベール様、ここでもう一度改めてちゃんと謝罪をさせてください」


 僕の前に跨るユーナが俺の方へ体を向け、体勢を変えた。申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「謝罪?」


「はい。この世界に転生したばかりのベール様に、きちんと説明もせず、無理矢理王宮へ連れて行こうとしてしまい大変申し訳ありませんでした。ベール様に心と体を捧げる身である私が決してしてはいけない行為でした。ベール様の降臨が嬉しすぎて、気持ちが昂りすぎて、取り乱すあまりおかしな行動をしてしまいました。加えて、いきなりハグしてください、と言ったばかりに混乱させてしまいましたよね。本当にごめんなさい」


 ユーナはそう言い、深々と頭を下げた。


「え、いや、気にしてないからいいですよ、過ぎたことですし……頭上げてください」


 絶世の美女にここまでちゃんと謝られるとなんだか居心地が悪い。僕の言葉を受けて、ユーナはおずおずと頭を上げた。


「本当に気にしてないんですか? 許してくれるんですか?」


「はい」


「いきなり、ハグしてください、と頼んだことも許してくれますか?」


「はい。まあ、ビックリはしましたけど、その、悪い気はしなかったので」


 少しドキドキしながら僕は言葉を返す。ユーナとハグしていた時のあの心地よさが脳裏に焼き付いて忘れられない。


「……ありがとうございます、ベール様は優しいですね。そうだ、改めて自己紹介をさせてください。加えてこの世界についてのこととベール様についても軽く説明しますね」


「あ、はい、お願いします」


「改めて、はじめまして。私はユーナ・キーブルーです。王家であるパーブルー家に代々使える使命を持った、キーブルー家の一人娘でございます」


 ユーナ・キーブルー。なんだか響きがいい。ブルー、青という言葉が入っているが、ユーナの瞳や髪が青いことと何か関係しているのだろうか。


「よろしくお願いします。えっと、その、僕も自己紹介したほうがいいですかね?」


「是非してほしいです」


「僕は文永龍之介です。大学2年生です」


「ふみながりゅうのすけ……いい名前ですね。しかし生憎ですが、この世界での名前はベール・ジニアスになります。ベール様は元いた世界で死亡し、この世界に転生したんですよ」


「…………」


 僕は思わず言葉を失った。


 先程蒼龍に遭遇し、この世界が元の世界とは明らかに違うことを確信していた。異世界に転生した、と言われてもなんとか納得は出来る。いや、本当は納得したくないけど、そうでもしないと先程の龍の存在を説明出来ない。


 そして、お前は死んだ、とはっきり言われるのはけっこうきつい。まさか、自分の死をはっきり他人に宣告される日が来るなんて。トラックに轢かれたあの瞬間を思い出し、思わず僕の顔が歪んだ。


「ベール様、大丈夫ですか?」


「……あ、はい、大丈夫です。えっと、説明を続けてもらっていいですか?」


「はい。ではまずこの世界について簡単に説明しましょう。我々がいるこの星にはアクトラシルという名前がついています。アクトラシルには海、そして1つの巨大な大陸があります」


「1つの大陸? 大陸が1つだけってことですか?」


「はい」


「パンゲア大陸みたいですね」


「パンゲア大陸? それは何ですか?」


「えっと、昔地球に存在していたとされる大陸です。今は複数の大陸に分裂してるんですけど、昔は1つの巨大な大陸だったらしくて」


「ちきゅう? ああ、なるほど、ベール様が以前いた星は地球という名前なんですね」


「…………」


 地球という言葉にピンとこない人と話すのは初めてかもしれない。とても不思議な感覚だ。


「続けますね。巨大な大陸には5つの王国が存在しています。レッディール、パーブルー、イーエロ、ラルドグリ、そしてアンクロックです。ベール様が降り立ったのはパーブルー王国になります」


「パーブルー王国……」


 全く聞いたことがない国名だ。異世界に転生したのだから当然か。ああ、もう、駄目だ、こうなったらヤケだ。異世界に転生した、と一旦信じて話を聞くことにしよう。


「次にベール様についてです。ベール様は、異世界からこのパーブルー王国に降り立ち、その類まれなる文才で多くのビットをもたらしてくださる英雄とされています。神話にそういった記述がなされていたんですよ。降臨してくれて本当にありがとうございます、ベール様」


 ユーナはにこっと笑った。その笑顔は本当に美しくて、かわいくて、眩しくて、一瞬見惚れてしまった。猛烈な恥ずかしさを感じ、僕はすぐに視線を逸らした。


「え、えっと……急に英雄って言われてもピンときません。ぼ、僕なんかが英雄って、何かの間違いじゃないんですか? そもそも、急に異世界に転生してすごく混乱してますし」


「混乱する気持ちはよく分かります。でも、ベール様は間違いなく英雄ですよ。先程のテートルの結果で確信しました。文階12000超えなんてすごすぎてちょっと怖いくらいです。英雄たる所以を早速見せていただきとても嬉しいです。呪いがちょっとめんどくさいですが、これからも一緒に対処していきましょうね」


「はあ……」


 すごすぎる、と言われても全くピンとこない。僕は話題を変えることにした。


「えっと、ビットをもたらす、って言ってましたよね? それについて教えてもらえますか?」


「この世界には、ビットというエネルギーが流通しています。超常的な力が込められた超万能型資源、と先程言いましたよね。ビットは生活のあらゆる場面で活用されており、ビットの多寡が国民の生活の質や国力を左右すると言っても過言ではありません。そんなビットは、採掘される量に限りがあるため、有限なビットを5カ国で分け合っています」


「なるほど」


「ビットを均等に5等分すればいいじゃないか、と思われるかもしれませんが、どの王国も国民のために少しでも多くのビットを欲しがっています。そこで、王国同士が勝負をし、その結果によって配分するビットの量を決定すればいい、という結論に至ったのです」


「その勝負がさっきのテートルってことですね」


「はい。我がパーブルー王国は最近、他国とのテートルで負け続け、ビットの配分量がどんどん減少しています。故に我々は救世主を待ち望んでいたんです。類まれなる文才を持ち、この国を救ってくれる英雄を。そんな中で今日ベール様が降臨して、私は嬉しさのあまり取り乱してしまったというわけです」


 えへへ、とユーナは照れくさそうに笑った。


 そこで会話は途切れた。ユーナは前方を向き、僕は視線を横に向けた。景色を見やり、僕は大きく溜め息をついた。


 僕はこれから、どうなってしまうんだろう。


 テートルに集中するあまり、思考の隅に追いやられていた混乱、不安が再び思考を占有していく。


 異世界転生。数多に存在する小説のジャンルの中でも人気のジャンルの1つと言える。特にネット小説の世界ではその傾向が顕著だ。僕も異世界転生ものの小説を書いたことがある。たしか『ハールット星にて』というタイトルの小説だった。元の世界での執筆活動の様子を思い返し、徐々に記憶が蘇り、封印していたとある記憶が少しずつ顕現していく。


 僕の父は読書家だった。僕の家には書斎があり、父さんの本が所狭しと並べられていた。父さんに勧められ、僕は幼い頃から本を読み漁った。活字で構成される無限の世界に魅了された。


 家の本を全て読破した僕を父さんは褒めてくれた。そして事あるごとに近所の図書館に連れて行ってくれた。ジャンルを問わず僕はあらゆる本を読んだ。小学校に在学していた6年間、様々なことがあったが記憶の大部分を占めているのは読書をしていたシーンだ。


 中学生になると同時に、「小説を書いてみたい」という欲求が生まれ、その欲求は日に日に増大していった。父さんにその思いを打ち明けると、「よく言った!」と喜んでくれ、次の日には安物のパソコンを買ってきてくれた。僕はそのパソコンを使ってひたすら小説を書いた。


 人生で初めて書いたのはたしか、宇宙を題材にした短編小説だった気がする。今思えば酷い出来栄えだったが、父さんはじっくりとその小説に目を通し、「面白い! 龍之介には文才があるぞ!」と言って頭を撫でてくれた。喜びと感動で、その日の夜はしばらく眠れなかったのをよく覚えている。


 父さんに小説を褒められて以降、僕はますます小説の執筆に没頭した。中学校で僕は孤立していた。いじめを受けているというわけでは決してなかったが、当時から陰キャだった僕は華やかな学生生活とは無縁だった。それでも別によかった。小説を書いている時は全てを忘れられた。小説が書ければそれでよかった。他に何もいらなかった。


 父さんが買ってきてくれた小説の書き方についての指南本で知識をつけながら、僕は長編短編問わず様々な小説を書いた。書き上がった小説は必ず父さんに見せた。父さんは僕の小説に毎回じっくり目を通し、「面白い! 龍之介の文才はとんでもないな!」とその都度褒めてくれた。褒められるたびに無上の喜びを感じた。


「なあ、龍之介。これだけ面白い小説を、父さんだけに見せるのは勿体ないと思わないか?」


 中学1年生の2学期が終わりに差し掛かった頃、ある日父さんは僕にそう言った。


「龍之介には間違いなく文才がある。しかも並の文才じゃない。とんでもない文才だ。父さんは、龍之介が書いた小説をもっと多くの人に読んでほしいと思ってるんだがどうかな? きっと皆、龍之介の文才にびっくりすると思うぞ」


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