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第6話:蒼龍様

 龍だ。龍がいる。


 上空を浮遊しているそれは、どう見ても龍にしか見えなかった。


 今まで書いてきた小説の中に、龍を登場させたことは何度もある。よりよい描写をするために何回も龍の情報や画像を検索したため、龍の姿形や特徴はなんとなく把握している。空想の中の生き物だったはずの龍が、今僕の視界の中にいる。直前まで接近に気付かなかったのが不思議だ。


「何……これ……」


「先程、ペンの説明をする際に、守り神、と言いましたよね? パーブルー王国の守り神がこの蒼龍様です。日々国に御加護をもたらしてくれるとても大切な存在なんですよ」


 僕が思わず漏らした呟きに、ユーナが反応した。表情が固い。蒼龍様なるものの登場にとても緊張しているように見える。


「龍が守り神……? えっと、というか、そもそも何で龍がいるんですか?」


「何でと言われましても……人間が誕生した時と同時に誕生された存在なので……」


 蒼龍は空中でぴたりと停止し、僕たちをじっと見つめていた。やがて視線がユーナに向けられ、蒼龍は口を開けた。


「……久しいな、ユーナ」


 声が耳に飛び込んでくるというより、直接脳内に飛び込んでくるような、奇妙な感覚に襲われた。若い男性の声のように聞こえる。


「お、お、お久しぶりでございます蒼龍様っ!!」


 ユーナは地面に膝をつき、両手を地面に置いて頭を下げた。ブークと2人の男も同様にひれ伏している。


「約30年ぶりか。そんなに畏まらずに顔を上げてくれ」


「は、ははあ……!」


 ユーナは恐る恐る、といった様子で上体を起こした。


「うむ、実に美しい」


「滅相もございません……して、本日はどうなされたんですか……?」


「英雄が降臨したのを感じたのだ」


 蒼龍は視線を僕に移した。異形の存在に見つめられ、思わず背筋が凍る。


 無理矢理表現するなら、全長20メートルほどの宙に浮かぶ蒼い蛇だ。しかし普通の蛇ではない。巨大な顔はどことなくワニを彷彿とさせるが、ワニよりも遥かに重厚で荘厳だ。巨大な顔とは対照的な小さな目、耳に長いヒゲ、巨大な鹿の角。長い胴体からは手と足が2本ずつ生えている。そして、全身からほのかに蒼いオーラのような何かが迸っていた。


 驚きと恐怖で固まる僕に、蒼龍は「怯えることはない」と声をかけた。


「そなたは、パーブルー国を救うべく降臨した英雄ベール・ジニアス。そんな重要な人物に危害を加える気は毛頭ない。英雄の顔を一目見たく参上したのだ。ふむ、なるほど、神話通りの美青年だ」


「…………」


「神話を疑うつもりはないが、私は疑り深い性格でな。ここは問題を出して、そなたの真価を見定めさせてもらおう。類稀なる文才を持つとされるベール・ジニアスに質問だ。そなたは小説を書く時、何を意識する?」


「え……?」


 蒼龍はじっと僕を見つめている。驚きと恐怖は変わらず感じているが、小説の執筆に関する質問をぶつけられ、ほんの少しだけ緊張が和らいだ。


 物語を書く時、意識すること? うーん、改めて問われると意外と難しい。


 自分が面白いと思うものを全て詰め込むこと、読者がどう思うかを常に考えること、ストーリーの流れを自然にすることとか? そんなありきたりな答えでいいのだろうか?


「案ずるな。そなたの心に浮かんだことを、ありのまま言葉にすればいい」


 僕の迷いを見透かしたかのように、蒼龍は声を発した。ならばと、僕はおずおずと口を開いた。


「……えっと、自分が面白いと思うものを全て詰め込むことは意識してますね。やっぱり、何よりも自分が自分の作品を面白いと思わないと始まらないので。あとは、その、読者がどう思うかは常に意識してます。それを意識しないと、ただの独りよがりになってしまいます。加えて、ストーリーの流れを自然にすることも意識してます。読者が流れに違和感を抱かないように書かないと駄目なので」


 蒼龍は顔を上下に小さく動かした。なんとなく、頷いているように見えた。


「ふむ、なるほど、いい答えだ。ユーナ、ジャッジマシンが目に入るのだが、ベール・ジニアスはテートルを行ったのか?」


「はい、先程ベール様はそちらの男性とバトルを行い、勝利しました」


 蒼龍に視線を向けられたユーナは言葉を返し、ブークを手で示した。「滅相もございません……!」とブークは言い、額を地面に擦り付けてひれ伏している。どうやら蒼龍は恐れ多い存在のようだ。


「そうか。英雄故に勝利するのは当然として、問題は総合評価だ。総合評価を聞かせてもらおう」


「総合評価は100点や! 文階は12617! びっくり仰天やで!」


 ユーナに変わってジャッジマシンが言葉を返した。どうやらジャッジマシンは、蒼龍を前にしても明るい態度を貫けるらしい。


「100点……? 12617だと……?」


 常に一定のトーンを保っていた蒼龍の声が、ほんの少しだけ上擦ったように聞こえた。


「それは事実なのか……?」


「事実やで! ワテを疑うんは許しまへんで蒼龍様! 公平なジャッジの元、ワテが100点を出して、文階を認定したんやから!」


「ふむ……呪いはどうだ? 呪いにかかっているはずだ」


「恐らくかかっています。この世界に降臨された直後、私がした質問にベール様は全く答えられませんでした。しかしテートルの直前に私とハグをしたことで、見違えるようにアイデアを思いついていました。私がトリガーになっていると考えていい気がします」


「そうか……なるほど……」


 蒼龍は視線を下に向け、黙り込んだ。何かを考え込んでいるように見える。程なくして蒼龍は視線を上げじっと僕を見つめた。


「よく分かった。ユーナ、一刻も早くこの英雄を国王の元へ連れて行ってあげなさい。ベール・ジニアス、そなたのこれからの活躍を期待している。王国を救ってくれ。頼んだぞ。では、また会おう、さらばだ」


 蒼龍は体をうねらせながらぐんぐんと上昇し、巨大な雲の中に飛び込んでいった。


「はあ……緊張した……」


 ユーナはへなへなとその場に座り込み、ふーっと息を吐いた。


「まさかいきなり蒼龍様が降り立つなんて……心臓に悪すぎるよ……はっ! こんなことをしてる場合じゃない! ベール様を国王様の元へ連れて行けと蒼龍様に言われたんだった! ベール様、王宮に行きますよ!」


 ユーナは待機していたユニサスに勢いよく跨った。


「さあベール様! 早く!」


 ユーナが僕を手招きする。断ったらまた泣き落としを食らうのは目に見えていたので、僕は渋々ユニサスに跨った。ひひん、とユニサスは甲高く鳴き、ものすごいスピードで勢いよく駆け出した。


「ユーナ様、私もお供します!」


「私も!」


「私も!」


 ブーク、そして2人の男も待機していたユニサスに跨り、僕たちの後に続いた。


「え、お供なんていりませんよ、大丈夫ですって」


「いいえ、お供します! ユーナ様に何かあったら大変ですから!」


「ユーナ様は我々国民の希望の光です! 守らないと!」


「下心なんてありませんからね! 純粋にユーナ様をお守りしたい気持ちだけですから!」


 鼻息荒く3人の男は言葉を返す。下心しか感じられず、僕は思わず苦笑を浮かべた。こうして僕とユーナを乗せたユニサスは、下心マシマシの男を乗せた3体のユニサスと共に、王宮とやらに向かったのだった。

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