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第37話:にらみつける

「王家は当然の対応をしたまでです。リーロ様とオーカ様を共同で国王にするべく、必要なことをしていただけですから。家出をした後、我々が帰ってこいと何度も言ったのに帰ってこずに逃げ続けたオーカ様を勘当したことは、決して間違っていないと思いますが」


「何なんその言い方! ウチが自由に生きたいって何度も言うたんに、それをシカトしてウチを苦しめたことを懺悔して、謝って、頭下げろって言うとんねん! ウチがどれだけ苦しかったか分からんの!?」


 オーカの視線とイリメの視線が交錯している。空気がピリついている、という表現はまさに今の状況を表すんだろうな、と僕は思った。


「苦しめた、というのは聞き捨てなりませんね。我々はオーカ様を苦しめようとしていたわけではなく、オーカ様を国王にするべく必要なことを課していただけです」


「苦しめとったのは紛れもない事実やろ! あの時のウチは苦しさのあまり毎晩泣いとった! 誰もウチの意思を尊重してくれなんだやん! ウチは本を読んで小説を書いて、雀万をして楽しく生きたかっただけやのに!」


「楽しく生きたいという気持ちは理解出来ます。しかし、自分が王家に生まれた特別な人間であるという事実を潔く受け入れるべきです。王家に生まれるということは、普通の人間とは違う人生を歩むことです。頭のいいオーカ様なら理解していただけると思っていたのですが」


「好き好んで王家に生まれたかったわけやおまへんで! 一度きりの人生、色々なことに縛られてやりたいことが出来んと死んでいくなんて絶対に嫌や! ええからウチにしたことを謝って、懺悔して、謝罪せぇ!」


 オーカは鬼の形相で叫び、勢いよく手を振り払った。「拒否します」とイリメは間髪入れずに返す。


 僕は以前のオーカの言葉を思い返し、瞬時に状況を理解していた。


『ウチがテートルの代表選手になれば、あの女、ほんで王宮の連中はウチを頼り、頭を下げる。そこでウチは、過去にしたことを全て謝って懺悔せぇ、と要求する。復讐できるっちゅうわけや。どない? 完璧な計画やろ?』


 初めて会った時、オーカはたしかにそう言っていた。代表選手になる目標を達成したオーカは、計画通り近王家の人間であるイリメに謝罪を求めているのだろう。そしてイリメは謝罪を拒否している。修羅場、と呼んで差し支えない状況だろう。


 ふと横に視線を向けると、壁際に3人の男女が佇んでいた。白いシャツの上から青いセーターのような服を纏っている老人、所々にチェーンのようなものが巻きついているド派手な紫色の服を纏っている若い女性、そして水色の和服に身を包む男性。


 老人はジオ・ラムリブルトラ、若い女性はマグ・シャーリルだ。どちらも僕と同じ代表選手。ということは、恐らく残りの1人は継続選手のエペラー・キングラーグだろう。僕以外の全員が揃っていて、待機していたところでオーカが激怒してしまった、という感じだろうか。


 オーカは怒りに支配されてしまっているのか、僕とユーナの存在にまだ気付いていないように見える。怒りで美しい顔が歪み、握る拳と小さな体が微かに震えていた。


 オーカの主張、そしてイリメの主張はどちらも正しいと言えるだろう。故に難しい。単純にどちらが善でどちらが悪と二元論で決められないところが本当に難しい。


「嫌や! 謝罪してもらうまでウチは何もせぇへん! テートルもせぇへん! 謝罪してもらうまで、代表選手としては働けへんからな!」


「代表選手の発言とは思えませんね。貴方はパーブルー王国を代表して他国の代表と戦う、選ばれし特別な人間なんです。私情を挟まずにちゃんと仕事をしてください」

 

「だからウチは……」


「す、ストップ! オーカ様! 落ち着いてくださいっ!!」


 痺れを切らしたようにユーナが声を張り上げた。びくん、と体を震わせたオーカはこちらに視線を向け、「ベール……ユーナ……」と声を漏らした。本当に今の今まで僕とユーナの存在に気付いてなかったようだ。


「気持ちはよく分かりますが、とにかく落ち着いてください! 今日は5人の代表選手が顔を合わせて親睦を深める大事な日です! 気持ちを鎮めてください! ジオ様、マグ様、エペラー様が困ってるじゃないですか!」


 オーカは壁際で佇む3人にちらっと視線を向けた。「……関係あらへん」という呟きが後に続く。


「他の奴らがどれだけ困っても関係あらへん。ウチはウチが正しいと思うことをするだけやさけ」


「…………」


「ユーナ、口挟まんとってほしいで。まだイリメとの話は終わってへんから」


「……そうですか。本当はこういうことは言いたくないんですが、やむをえませんね。オーカ様」


「なんやねん」


「パーブルー王国最強のイリメ様を怒らせる可能性のある行動を続けるのは、あまり得策ではないと思うのですが、どうでしょうか?」


 ユーナは静かな口調で言った。それと同時に、チャキ、という微かな金属音。イリメの左手が自身の腰から下げている刀の柄に触れていた。はっ、とオーカは息を呑み、右手で口を覆う。


 パーブルー王国、最強? イリメが? 混乱する僕の前で、「オーカ様、もう一度言いますよ」とユーナは冷静に言葉を続ける。


「今日はとても重要な日です。感情を抑えていただけると嬉しいです」


 お願いします、と言ってユーナは深々と頭を下げた。そして、沈黙。誰も言葉を発さない。この場にいる誰もが、オーカの言葉を、反応を待っていた。


 はああああ、とオーカが盛大に溜め息をついたのは5秒後のことだった。


「……しゃあないな。かめへんで、ここは一旦下がってあげてもええ」


「ありがとうございます、オーカ様」


「せやけど条件があんねん。この条件を呑んでくれなんだらウチはまた暴れるで」


「条件?」


 ユーナは首を傾げた。


「せやで。ベール、ウチをぎゅっと抱きしめてや。そうすれば怒りの気持ちが上書きされて、気持ちを抑えられると思うさかいに」


「……へ?」


「は?」


「ほっほっ! とんでもない子じゃのう!」


「…………やば」


「正気とは思えんな」


「はあああああああああああああ!?」


 僕、イリメ、ジオ、マグ、エペラー、そしてユーナがそれぞれ異なる反応を示した。オーカはそんな反応など意に介してない様子で、「ベール、ほら、はよしぃや」と言って両腕を広げた。


「え、ちょ、オーカ、さすがにそれは……」


「なんやねん。ウチはベールにプロポーズしとる身やさかい、ハグを要求するのはおかしいことやあれへんやろ?」


「いや、えっと、それは……」


 僕は恐る恐るユーナをチラ見した。ユーナは体を震わせ、般若のような形相を浮かべていた。まずい。非常にまずい。こんなユーナの前でオーカとハグをしたら、一体どうなってしまうのだろうか。


 おほん、というイリメの咳払いが聞こえた。視線を向けると、イリメは眉間に皺を寄せながら、くいっ、くいっ、と顎を何度も小さく前に出していた。早くやれ、さっさとなんとかしろ、という無言のサインにも見える。


 …………仕方ない。今はとにかくこの状況を丸く収める必要があるだろう。僕がオーカとハグをするだけで解決するならそうするしかない。ユーナからの刺すような視線を感じながら、僕はオーカに歩み寄り、小さな体を優しく抱きしめた。温かい。


「はっはっはぁ! 若さとは実に素晴らしいものじゃ!」


「…………きも」


「一体何を見せられているんだ、全く」


 ジオ、マグ、エペラーの声が聞こえる。僕だって人前でこんなことやりたくないんだよ、しょうがないじゃないか、と僕は心の中で叫んだ。


「はああ……むっちゃ好きな人に抱きしめられるって、こないに幸せなことやったんやな。思えばヤサとはこないなことしやんかったからなぁ……」


「お、オーカ、えっと、そろそろいいですか……?」


「あかん。あと30秒だけこうさして」


 長い。しかし、ここで変に拒否すればまたオーカが暴れ出してしまうかもしれない。僕は潔くオーカの要求を受け入れることにした。視線を感じながら、僕は30秒間オーカを抱きしめ続けた。こんな状況は勿論生まれて初めてだ。どくんどくんと心臓が脈打って、全身が熱かった。


「ベール、おおきに! お陰で気持ちが切り替えられたわ!」


「そ、そうですか……」


 僕は曖昧な笑みを返した。怖くてユーナの方を見ることが出来ない。


「やれやれ。いきなりこんな騒がしいことになるとは思いませんでした」


 ふん、とイリメは鼻を鳴らした。なんだか不満げだ。


「やかましいなぁ。って、あれ、リーロは? まだけぇへんの?」


「まだ来ません。もう少々お待ちください」


「必要以上に待たされるのは不快だな。時間が有限である以上無駄な時間は1秒でも削るべきだ。何故国王が現れないのか詳細な説明を求めたい」


 エペラーが口を開いた。低く、バリトンの効いたよく通る声だ。イリメはエペラーにゆっくりと視線を向けた。


「詳細な説明……ですか」


 イリメの顔が少しだけ曇ったように見えた。


「そうだ。説明を求める」


「そうですね、オブラートに包んで少しだけ説明すると、今日の国王様は女性の日なのでほんの少しだけコンディションが悪い、と言えばいいでしょうか」


「ああ、それはしょうがないですね、ゆっくり待ちましょう」


「分かったわ、じっくり待とか」


「…………待つ」


 イリメがそう言うと、ユーナ、オーカ、マグが瞬時に反応した。それで僕は状況を察した。つまり今日のリーロは、そういう日ということなのだろう。この世界にもそういう概念というか、そういう現象があることを初めて知った。


「……分かった、説明に感謝する」


 イリメの返答が予想外だったのか、エペラーは気まずそうに言った。


「お構いなく。そうですね、では先に代表選手同士で軽く自己紹介をしましょうか」


「それがいいと思います。少しでも早く打ち解けておくべきでしょうから」


 イリメの言葉にユーナは頷きを返した。その流れで自然と代表選手の5人、ユーナ、イリメが集まって小さな輪ができた。


「それでは始めましょう。まずはリーダーのベール様から自己紹介をお願い出来ますか? 名前、年齢、最高文階、執筆が得意な小説のジャンル、好きな小説のジャンルは必ず言ってください。あとはプラスアルファで一言二言何か言ってもらえれば」


 イリメは僕に向かってそう言った。ううう、僕がリーダーなのは確定事項なのか。しょうがない。嫌だけどやるしかない。


「は、はじめまして。え、えっと、文永、違う、ベール・ジニアスです。20歳です。あ、2000歳、って言えばいいのか。えーっと、最高文階はたしか12879です。書くのが得意というか、好きなのは、えっと、恋愛とラブコメです。好きな小説のジャンルは色々あるんですけど、純愛モノとバトルものが特に好きです。あとは……ゲームもけっこう好きです。こ、これからよろしくお願いします」

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