第36話:り、り、リーダー!?
「ベール様、そんなに緊張しないでください。これから会うのは共に戦う仲間なわけなんですから、リラックスしてくださいよ」
「ううう、リラックスは無理です……」
リーナと並んで王宮の入り口へ向かう中、僕はそう言って溜め息をついた。緊張でなんだか体が強張っていた。
代表選抜大会の準々決勝が終了し、泥酔したユーナを介抱した翌々日。今日は王宮で代表選手同士が顔を合わせる日だ。今日のユーナはいつも通りで、この前べろんべろんに酔っ払っていた人と同一人物とはとても思えない。さらに、泥酔していた時の発言や行動は綺麗さっぱり忘れてしまっているようで、僕はお酒の怖さを改めて実感したのであった。
今日、代表選手5人は王宮で代表選手専用のチームウェアを受け取り、国王のリーロが1人1人に激励の言葉をかけ、その後代表選手同士で親睦を深める。士気を上げるための重要なイベント、とユーナから聞いていた。
とはいえコミュ障で陰キャの僕にとって、初対面の人たちと仲良くなるという行為はしんどい。かなりしんどい。それが容易く出来たら陰キャじゃないんだよ、と誰に向けてでもなく叫びたくなってくる。
なんとなく代表選手の情報を知っているユーナから聞くに、皆少し変わっているけどいい人だから安心してください、とのことだった。ユーナが嘘をつくとは思えないが、たとえ全員いい人だったとしてもしんどいものはしんどい。僕の気持ちは憂鬱だった。
「って、なんかすごいな……」
僕は思わず呟いた。入り口へ向かう道中、通りかかった兵士が僕を視界に収めるやいなや、全員足を止めて敬礼をしてくるのだ。
「ベール様は英雄、加えて国を代表して戦う代表選手なのですから、当然の反応です。代表選手にこの国の命運がかかっていますので」
「理屈は分かりますけど、なんかくすぐったい……」
「これからこういうことは増えますよ。代表選手の宿命です。慣れてもらうしかありませんね」
慣れてもらうしかない、か。憂鬱だ。僕は深く溜め息をついた。
王宮の入り口に到着した。入り口の傍に佇む、髪を刈り上げている強面の兵士には見覚えがあった。僕が初めて王宮を訪れた時、言葉を交わした兵士だ。その兵士は僕の顔を見るやいなや「ベール様!」と言って姿勢を正して敬礼した。
「ベール様! 代表入り本当におめでとうございます! 聞いたところによると、4回のテートルは全て圧勝、文階は12879にまで跳ね上がったそうですね! さすがは伝説の英雄様です!」
「あ、えと、どうも……」
突然の賛辞に困惑した僕は、視線を逸らしながら曖昧に言葉を返す。
「本当に凄いです!ベール様がいれば百人力です! 他国の代表とのテートルの結果がどうなるか分かりませんが……ようやく敗北続きの日々が終わるかもしれないと考えると、嬉しくて……! ううう……すいません、仕事中なのに……」
なんと兵士は感極まったのか突然泣き出してしまった。思わぬ展開に僕は思わず言葉を失う。その後、すぐに落ち着きを取り戻した兵士はユーナの身分証を確認し、通行を許可してくれた。巨大な扉が音を立てて開き、王宮の中に足を踏み入れる。
「先程の方、急に泣き出しちゃいましたね。びっくりしましたか?」
歩を進めながらユーナは僕に声をかけた。
「あ、えっと、まあそうですね。あまり泣くような人には見えなかったので」
「そうですよね。とはいえ、あの方が泣くのも理解出来ます。以前お話ししたように、パーブルー王国はここ数年、他国の代表とのテートルで良いところがありません。それに伴いビットの配分量が減り、皆苦しんでいます。ベール様が無双して多くのビットを勝ち取ることで、その苦しみの日々からようやく解放されるかもしれない、と考えたら涙くらいは出ますよ」
「なるほど…………」
ビットってそんなに大事なんだな、と改めて思う。テートルによる奪い合いなんてせずに、皆で仲良く分け合う手段はないのだろうか。気になった僕はその疑問をユーナにぶつけてみたが、「とんでもない」と真顔で返されてしまった。
「ビットは別名、幸せの具現化、とも言われています。ビットがあればあるほど幸せになれる。大昔からの絶対原理です。そしてどの王国の国王も国民を心から愛しています。全ての国民が幸せになることを願っています。故に少しでも多くのビットを欲しているんです」
「幸せの具現化……」
「はい。そしてその状況を丸く収める方法として考案されたのが、テートルの結果でビットの分配量を決めることなんですよ。恨みっこなしのテートルの結果で分配量が決定されるなら、納得出来ますからね。運で分配量が決まるよりよっぽど良いと思いませんか? 我々のように負けが混んで分配量を減らされる身からすればたまったものじゃないですが、それなら勝てばいい、という話ですからね。勝てば全て丸く収まるんですよ」
「うーん……」
ユーナの言っていることは正しいように聞こえる。しかし、どこか引っかかるような気がするのは気のせいだろうか。本当にそれで丸く収まっているのだろうか? もっと別の、誰も不幸にならない方法はないのだろうか?
それからしばらく歩き、僕とユーナはとある扉の前で足を止めた。重厚で、ほのかに輝く水色の金属で構成されている。以前王宮に訪れた際、リーロが待ち構えていた部屋とは違う扉だ。
「この部屋の中で顔合わせやチームウェアの贈呈が行われます。準備はいいですか?」
「準備はいいですけど……緊張します……」
僕は視線を逸らし、後頭部を右手で撫でながら呟いた。
いよいよ他の代表選手との顔合わせだ。大丈夫だろうか。上手くいくだろうか。変な奴だと思われないだろうか。嫌われたりしないだろうか。陰キャ特有のネガティブ思考がどんどん脳内を占有していく。
「やれやれ……テートルの時はあれだけ勇敢で勇ましいのに、どうして今はこんなに縮こまってしまうんですか?」
ユーナはやや呆れたような表情を浮かべていた。
「どうしてと言われても……そういう性格だからとしか言えませんよ……」
「ふむ……ベール様は代表チームのリーダーなわけですから、少しは気丈に振るまってもらわないと困ります。なんとかして緊張を解す必要がありますね」
「り、り、リーダー!? 僕が!? 聞いてないですよそんなこと!」
リーダーなんて陽キャがやるものだと相場が決まっている! 僕は陰キャだからリーダーなんて出来っこない! そう目で訴えるも、「ベール様はリーダーですよ、言うまでもないです」とユーナはさも当然のように返した。訴えがまるで通じてない。
「当然じゃないですって! ちょっと待ってくださいよ!」
「ベール様の現時点での文階は12879。圧倒的です。当然5人の代表選手の中で1番高い。そんなベール様がリーダーを務めるのは自明です」
「そんな……」
僕はしょぼんと肩を落とした。僕は生まれてから大学2年生に至るまで、事あるごとにリーダーというポジションから逃げてきた。それが、まさか異世界に転生してからリーダーに任命されてしまうなんて。人生とは不思議なものだ。いや、僕は死んだわけだから、人生というのはおかしいか? どうなんだ?
「あらあら、しょぼんとしちゃいましたね。しょうがない、緊張を解しつつ、元気が出そうなことをしましょうか。ベール様、両手を出してください」
「……何でですか」
「いいから出してください」
強く言われ、僕はおずおずと両手をユーナに差し出した。ユーナは僕の両手をそっと自身の両手で包み込んだ。温かい。触れ合う部分からユーナの熱が伝わってくる。突然手を握られ、僕の心臓が早鐘のように脈打ち始めた。
「え、あ、な、何を……」
「緊張すると手が冷える、と以前本で読みました。ならば、手を温めれば緊張が解れるんじゃないかと思ったんですよ」
えへへ、とユーナは笑った。不意に手を繋いだ上に、その笑顔。反則だ。体温がぐーっと上昇し、頬がかああっと熱くなったが、ユーナの狙いは正しかったのか少しだけ緊張が解れたように感じた。
「どうですか? 緊張は解れましたか?」
「……あ、はい、少し……」
「そうですか、ならよかったです。お、たしかにほんわか手が温かくなってる。これなら大丈夫ですね。よし、では行きましょう」
ユーナは水色の扉にそっと手で触れた。ごごご……と音を立ててゆっくりと扉が開いた、その瞬間。
「せやさかいウチにしたことを懺悔して、謝って、頭下げろって言うとるやん! ちゃっちゃとしてや!」
「拒否します」
飛び込んできたオーカの叫び声、続いてイリメの冷たい声。だだっぴろい部屋の中央で、オーカとイリメが鋭く睨み合っていた。




