第4話:守り神様の力
「うお……おおお……!」
頭の中で次々とアイデアが湧き上がり、アイデアとアイデアがくっついてさらなるアイデアが誕生している。
先程、ユーナに「火を題材にした小説を書く場合どんなアイデアを思い浮かべるか?」と問われた時は全くアイデアが浮かばなかった。今は違う。その真逆だ。怖いくらいアイデアが溢れ出てくる。
まさか、文才が元に戻った、とでもいうのか? ユーナとハグしたことがトリガーとなって? 何なんだそれは? 仮にそれが事実だとしてどういう原理なんだ? 呪いとやらが本当に存在する、とでも言いたいのか?
「ベールはん、大丈夫なん?」
「ああ、はい、大丈夫、です……」
「分かったわ! ほしたらあとは文字数選択やな! どないしまっか? ワテが決めてもええし、ベールはんや他の人が決めてもええで」
文字数を選べるのか。何でもいいや、と僕は思った。勝手が分からないので選ばせよう。
「えっと、文字数も選んでください。僕は何でもいいので」
「なら、15000文字だ」
「おっけー! せやったら、テーマは龍、文字数は15000文字! 具体的には、14001文字〜15000文字までおっけーやで! 制限時間は4時間にしよか! 文才バトル、開始やで〜!」
開始の合図とばかりに、ジャッジマシンがぴょんと飛び跳ねた。同時にジャッジマシンの表面に時間が表示され、 3時間59分59秒、3時間59分58秒、とどんどん時間が減っていく。どうやら残り時間を表示してくれるようだ。
って、何冷静に分析してるんだ? 今から僕は小説を書けばいいのか? 小説を書くのは別に構わないが、あまりにも状況がカオスすぎる。
そもそもここはどこなんだ? 僕の周りにいる人は一体誰? 何で皆一様に髪と瞳の色が青系統なの? 王国を救う英雄って何?
「自己紹介がまだだったな。俺はブーク・アルミレーナだ。お前をベール・ジニアスとは決して認めない。このバトルでお前を叩き潰して、ただの三下だってことを証明してやる。ユーナ様を渡してたまるか。ユーナ様は皆のものなんだからな」
混乱する僕の前で、男、ではなくブークは自身ありげに言った。
「はあ……よく分からないけど、頑張ります……」
「せいぜい頑張るがいい。俺は村一番の文才の持ち主と言われている。どうせ俺には勝てないからな」
「…………」
ブークはすたすたとジャッジマシンに歩み寄り、「ジャッジマシン、いつものあれを出してくれ」を言った。
「おっけーやで!」
ジャッジマシンがごとごとと振動し、ブークは振動するジャッジマシンに歩み寄った。ジャッジマシンに触れたかと思うと、次の瞬間にはブークはペン、大量の紙の束、そしてボードのようなものを手にしていた。
「え……何今の……?」
「落ち着いてくださいベール様。ジャッジマシンがバトルに必要なアイテムを提供したんです。ベール様も申し出ればすぐにもらえます」
混乱しながらも僕はユーナの説明に頷きを返し、ジャッジマシンに近づいて「えっと、同じものをください」と言った。
「おっけーやで!」
ジャッジマシンの表面の一部に穴が開き、そこからにょきっと、ペン、紙の束、ボードが飛び出した。どういう原理なんだろう、と思いつつ僕はそれを受け取った。
「よし……まずはこうして……次はこうだな……」
ブークは地面に座り込み、早くもペンを使って小説を書き始めているようだ。プロットを作らずにいきなり書くんだな、と僕は思った。
小説を書く上でまずプロットを作成するか否かは人によるし、正解はないが、僕は必ずプロットを作成するようにしている。いつも通りまずはプロットを作ろう、と思い僕は地面に座り込んだ。ボードに紙をセットし、ペンを握る。
深く息を吸い、吐く。全身が執筆モードに切り替わっていくのを感じる。未だに状況は飲み込めていないが、小説を書けと言われた以上、小説を書くしかない。僕にはそれしか出来ないんだから。
アイデアを思い浮かべる。点と点が線になり、繋がり、どんどんアイデアが構築されていく。よし、これならいい小説が書ける。手応えを感じながら、僕はペンを走らせてプロットを作成し始めた。
「あれ、何だこのペン……」
「ベール様、どうしましたか?」
近くでユーナの声が聞こえ、僕の体がぴくっ、と震えた。集中するあまりユーナの接近に気付かなかった。距離が近い。とても近い。初対面なのに何でそんなに距離が近いんだ? そんなに童貞を殺したいのか?
「……あ、あ、あの、距離が近いんですけど……」
「そうですか? 先程ハグをした仲ですし、別にいいかと思っちゃいました」
「いや、その、えと、もう少し離れてもらえると……」
「どうしてですか? ……もしかして、やっぱり私のことが嫌いなんですか? だから離れてほしいんですか?」
美しいユーナの表情がどんどん悲しみの色を帯びていく。
「ち、違います。嫌いとかそういうわけではなくて、単純に距離が近いから緊張してしまうというか、なんというか……」
「緊張? なるほど、緊張ですか、よかった……。でしたら、少しだけ離れますね」
ユーナの表情から哀しみの色が消え失せ、さらにユーナは俺からほんの少しだけ距離を取った。陰キャからすればまだまだ近すぎるとも言える距離感だが、先程よりはだいぶマシになった。
「それで、先程ペンについて何か言ってましたよね?」
「はい……あ、あの……なんか、不思議な感覚なんですよ。頭に思い浮かんだ文章が、高速で紙に記されていくのが、えっと、ちょっと気持ち悪いんですよね……これはどういうことなのかを聞きたくて……」
プロットを作成し始めた直後から違和感を感じていた。一見して普通に見えるこの青いペンは普通のペンじゃない。まるで僕の思考を先取りするように、ものすごいスピードでペン先が動き、ものすごい速さで文字が紙に記されていくのだ。
こんな感覚は初めてだ。とても気持ち悪い。この感覚を無理矢理例えるなら、パソコンでタイピンクをしようとしたら、頭に思い浮かべていた文章が既に画面に表示されているようだ、と言えば分かりやすいだろうか。
「ああ、それは、このペンに守り神様の力が宿っているんですよ。ペンが脳の動きを感知した上で速く動くことで、より速く正確に文章を書くことが出来ます。テートルは短い時間で多くの文字数を書く必要がありますから、いつもこの特殊なペンが使用されるんです」
さも当然、といった様子でユーナは言葉を返した。
守り神? 力? 脳の動きを感知? またよく分からないことを言っている。それについて追加で質問しようにも、そんなに、さも当然みたいに言われると質問がしづらい。こういう時に陽キャなら何も気にすることなく質問をぶつけられるのだろうが、陰キャの僕にそんな芸当は出来ない。
「…………」
「ベール様、逆に私からも質問をしていいですか?」
「へ? 質問?」
「はい」
「え、い、いいですよ」
「ありがとうございます。あ、今更なんですけど、敬語を使うのはやめてください。ベール様は英雄。そしてベール様に心と体を捧げるのが私です。私を敬う必要はないので、タメ口で話してください」
会ったばかりなのに、いきなりタメ口で話せ、と言われるとは。どうやらユーナはぐいぐい距離を縮めてくるタイプのようだ。
しかし、陰キャの僕が初対面の女性といきなりタメ口で話すなんて、野球の初心者がプロの投手からホームランを打つくらい難易度が高い。そもそも両親以外の人間と久しくタメ口で話していない。
「あ、えっと、タメ口で話すのはちょっとしんどいかな、と……」
ペンを走らせながら僕は言葉を返した。
「しんどい? どうしてですか?」
陰キャだから、とはちょっと言いたくない。やむなく「僕は敬語で話す方が好きなんですよ」と返した。
「敬語の方が好き? そうなんですね。分かりました、距離を縮めたいのでタメ口で話して欲しかったんですが、やむをえないですね」
ユーナは少し残念そうに言った。距離を縮めたい? こんな僕との距離を、縮めたい? 聞き間違いだろうか?
「じゃあ、せめて私のことは、特に敬称をつけずにユーナと呼んでいただきたいです」
「え……」
「駄目ですか?」
「いや、まあ、名前くらいなら……」
「ありがとうございます! でしたらこれからは、ユーナ、と呼んでくださいね!」
ユーナはにこっと笑って言った。
「えっと、それで、さっき僕に質問したいことがあるって言ってましたよね?」
「はい、今は何をされてるのか聞きたいんです」
「プロットを作ってます」
「ぷろっと? 何ですかそれ?」
ユーナは顎に右手を当て、首を傾げた。
プロットを、知らない?
僕は作業の手を止め、ユーナに視線を向けた。不思議そうな表情を浮かべるユーナを見るに、嘘を言っているようには見えない。
「本当にプロットを知らないんですか?」
「はい、知りません。重要なものなんですか?」
「重要ですよ。うーん、なんて言えばいいんですかね、建物を建てる際の設計図だと思ってもらえればいいかと」
「設計図、ですか? 小説を書く時に設計図が必要なんですか?」




