第34話:準々決勝
「ほな今からテーマを決めるどす」
ルールの説明を終えたジャッジマシンはぴょんとその場で飛び跳ね、空中でくるくると回転した。
「刀。今回のテーマは刀1つどす。文字数は20000文字〜25000文字どす。この文字数に収まってへん場合は即座に失格どす。制限時間は5時間、テーマは刀どす。ここで勝ったら代表に入れるさかいおきばりやす。ほなテートルを開始するどす」
開始の合図とばかりにジャッジマシンがその場で飛び跳ねて空中で回転した。見慣れた光景だ。僕は椅子に腰を下ろし、ペンを手に取った。
「刀か……」
僕は呟き、右手を顎に当てて思考を巡らせた。3回戦の雪と海よりも書きやすいテーマとは言えるが、色々アイデアを思いつきやすい故の難しさもある。
僕はちらっとハニに視線を向けた。偶然ハニも僕に視線を向けていたところで、視線と視線が交錯した。ハニはにやっと笑い、ドレスのような服の胸元に手をやってわざと胸元をはだけさせた。慌てて僕は視線を逸らす。
とんでもない奴だ。しかし油断は出来ない。ハニの最高文階は6311と聞いている。足元を掬われないように、全力で戦うしかない。
「刀……弱い……力が弱いけど、なんとかして刀を使って戦う、みたいな……」
ふとアイデアが思い浮かんだ。なかなかよさそうだ。迷わず紙にアイデアを書き記す。ただ刀を使って戦う、だと物足りない。力が弱いにも関わらず刀を使ってなんとか戦う、とした方が物語に厚みが出るのではないだろうか。
「剣豪の一家に生まれた美少女……皆と違い力が弱くて刀が上手く扱えないけど超能力が使えて、それで頑張るとか……」
さらなるアイデアが湧いてきた。よしよし、いいぞ。次々にアイデアを書き連ねていき、アイデアとアイデアが結合してさらなるアイデアを生み出していく。好循環だ。
全身が集中モードに入り、感覚が研ぎ澄まされていく。僕は無心でペンを動かし、プロットを作成し、そして本文の執筆に取り掛かった。無我夢中でペンを走らせた。書き終え、何度も見直してミスがないかチェックし、終了間際に原稿を提出した。
「原稿の提出おおきに。今からジャッジするさかい、ちょい待っとって。それぞれが提出してくれた原稿をコピーしてえずき出すさかい、お互いがどないな小説を書いたのか読み比べて、一言でもええさかい感想やアドバイスを言い合うとくれやっしゃ」
僕とハニの原稿を受け取ったジャッジマシンはそう言い、2つの紙の束を吐き出した。先程あんなことをされたとはいえ、テートルの相手である以上ハニの原稿に目を通さないわけにはいかない。僕は椅子に座ってハニの書いた小説を読み進めた。
『剣道を習う主人公の女子はある日、家の蔵の地下に保管されていた古びた刀を見つける。恐る恐る主人公が刀に触れると、刀はごとごとと震えて光を放ち、次の瞬間には美しい男性へと変貌していた。
驚愕する主人公に、自分は昔刀に姿を変えられ封印されていたこと、自分を刀に変えた悪しき敵は他にも多くの人々を刀に変えていること、自分はその敵を倒す必要があることを男性は告げる。戸惑いながらも主人公は男性と協力し、やがて男性に恋をして、一緒に敵を討伐しにいく…… 』というのがハニの小説の概要だった。
面白かった。僕に色仕掛けをしたヤバい人間であることに変わりはないが、文才があることは確かだ。色仕掛けなんて変なことをせずに普通に勝負すればいいのに、と思う。
しかし、1箇所、ハニは致命的なミスを犯していた。設定の矛盾だ。男性が刀へと姿を変える条件について、物語の前半と後半で矛盾が生じていた。恐らく見落としてしまったのだろう。この矛盾さえなければもっとクオリティが上がっていただろうに。
読み終えた僕はおずおずとハニに歩み寄った。正直近づきたくないが、マナーである以上感想を共有しないわけにはいかない。
「どう? 私の小説、面白かったでしょ」
ハニは自慢げに言った。先程トイレで遭遇した時と比べて、心なしか晴れやかな顔をしているように見えるのは気のせいだろうか?
「は、はい。えっと、主人公と男性の掛け合い、さらに主人公の気持ちの移り変わりが丁寧に描かれていて、すごく面白かったです」
「ありがと」
「ただ、設定の矛盾がありましたね」
「え、嘘!?」
ハニは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。
「嘘じゃないです。ここと、ここです」
「ちょっと待ってよ、そんなこと……」
動揺するハニに僕は原稿を見せ、矛盾している箇所を説明した。するとハニは「あちゃ〜……」と言って頭を抱えた。
「完全に見落としてた……駄目だこりゃ。あーあ、今年も代表入りならず、か」
「…………」
「読んだよ、貴方の小説。完璧だった。よくこんなに面白い小説が書けるね。嫉妬しちゃうなぁ。言うことは何もないよ」
ハニは寂しげに言った。先程、トイレで言葉を交わした時とはまるで別人のようだ。
「結果発表の時間どす」
ジャッジマシンが静かに言った。僕とハニはジャッジマシンに視線を向けた。
「まずはハニ・ストミラードはん。総合評価は86点どす。次にベール・ジニアスはん。総合評価は100点どす。ベール・ジニアスはんが勝利、代表入り確定どす。敗れたハニはんは文階が6233から49下がって6184になるどす。勝利したベールはんは文階が12830から49上がって12879になるどす」
「勝者はベール・ジニアスだぁぁぁ〜!!! 伝説の英雄が代表入り確定だぁぁぁ〜!!!」
MCが叫ぶと、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。勝利出来た安堵感に浸りながら僕はふーっと息を吐き出した。
「ねえ、ベール・ジニアス」
歓声の中、ハニは僕に声をかけた。無視してやろうかとも思ったが、僕は結局「何ですか?」と声を返した。
「頑張ってね。他国からビットをぶん取ってね。貴方が頑張ってくれればこの国は潤う。皆幸せになれる。勿論私も、ね。まあ貴方は最強だから何の心配もいらないか」
「…………」
「最後に1つだけアドバイス。もう少しシャキッとしてた方がかっこいいよ。さっき、無我夢中で小説を書いている貴方は本当にかっこよかった。オーラがすごかった。折角圧倒的な文才を持ってるんだからさ、おどおどせずに堂々としていた方がいいよ」
ハニはそう言ってふっと微笑んだ。まさか、ハニにそんなことを言われるなんて。その言葉が核心を突いているように感じられ、僕はただ頷きを返すことしか出来なかった。
「はーあ、帰るか。今夜はやけ酒だな。あ、ユーナ様で物足りなく感じたらいつでも私のところに来てね。私はいつでも待ってるよ、貴方のこと。イケメンとエッチなことが出来るなら大歓迎だからね。じゃあね、ばいばい」
ハニはリングから去っていった。終始ヤバい奴だったし、色仕掛けまでされたわけだが、何故かハニを憎んだり蔑んだりする気持ちは湧いてこなかった。
「ベール様、本当におめでとうございます! 代表入り確定ですね!」
ユーナは満面の笑みで僕を出迎えてくれた。ユーナの笑顔が連戦で疲れた僕の心に優しく染み渡っていく。
「ありがとうございます。なんとか勝てました」
「さすが英雄様! 圧巻でした! この後表彰式が行われるので、それまで少し休憩しましょう!」
「分かりました」
その後ユーナから説明を受け、代表選抜大会は準々決勝が終わって代表選手が確定した段階で終了する旨を教えられた。準決勝、決勝を行って優勝者を決めることはしないのが慣例だそうだ。「お互いに協力して他国の代表と戦う代表選手同士でわざわざ戦う必要はない」「会場に他国のスパイが紛れ込んでいる可能性があるため、代表選手が必要以上に手の内を明かすような真似は避けるべき」という理由かららしい。
少し休んだ後、僕はスタッフの指示で表彰式が行われる専用の会場に移動した。そこは巨大なホールのような会場で、僕は案内に従ってステージに上がった。大勢の観客、運営のスタッフ、さらに大会の参加者に見守られながら僕は選抜大会の実行委員長から表彰を受けた。ものすごい数の視線を受けてとても緊張した。
最終的に準決勝まで勝ち残って代表入りしたのは、僕、オーカ、ジオ・ラムリブルトラという老人、マグ・シャーリルという若い女性だった。ここに、前回からの継続選手であるエペラー・キングラーグという男性が加わり、計5人がパーブルー王国を代表して他国の代表選手と戦うことになる。僕、オーカ、マグは初めての代表入りであった。尚、エペラーは継続選手ということもあって最初からこの会場には足を運んでいなかったらしい。
ジオ、そしてマグとは完全に初対面だ。パーブルー王国を背負って一緒に戦う仲間なわけだし、一言ぐらい挨拶をした方がいいかも、という気持ちはあったが、陰キャの僕が初対面の他人に積極的に話しかけることなど出来るはずがなかった。そうこうしている内にジオとマグは会場から出て行ってしまった。
まあしょうがない。異世界に転生したとはいえ、陰キャという性質は全く変わっていない。陽キャに憧れて慣れない行動にチャレンジするのは諦めよう。
2日後に、代表選手の5人が王宮を訪れて代表選手専用のチームウェアを受け取り、国王のリーロと言葉を交わした後に代表選手同士で親睦を深めるイベントが開催される予定と聞いた。そのイベントで仲良くなればいいだろう、と僕は自分を納得させた。そしてユーナと一緒に帰宅した。連戦で疲労を感じていたため、早く帰りたかった。
「ベール様、本当に、本当にお疲れ様でした」
その日の夜。夜ご飯を食べ終え、テーブルの椅子に座って本を読んでいた僕に、ユーナはしみじみと言った。手には見慣れぬ青い瓶が握られている。
「ありがとうございます。えっと、ユーナの応援のお陰でなんとか代表選手になれました」
「私は何もしてませんよ。……あの、ベール様が見事代表入りを勝ち取った場合、祝杯をあげたいと思っていたのですが、いいでしょうか?」
ユーナの表情はとても明るい。さらになんだかうずうずしているようにも見える。
「祝杯って、お酒を飲むってことですか? この世界にもお酒があるんですか?」
「はい、そうです! 実は私お酒が大好きなんですが、健康のことを考えてしばらく断酒をしていたんです……しかししかし! ベール様が見事代表入りを勝ち取った今日! 今日くらいは! 飲んでもいいのではないかと思いまして!」
ユーナは目を輝かせながら明るく言った。よほどお酒が好きなようだ。ここで断るとユーナはものすごく悲しんでしまうだろう。思えばこの世界に来てまだお酒を飲んだことはなかった。元の世界にいた時は、特段酒好きというわけではなかったが、嫌いというわけでもない。
「分かりました、じゃあ飲みましょうか」
「わーい!! やった〜!!」
ユーナはその場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜びを露わにした。とてつもなくかわいい。
「ベール様、注がせていただきますね!」
グラスを持ってきたユーナはテーブルに座る僕の前にグラスを置き、瓶を傾けてお酒を注いだ。仄かに青く透き通った液体がグラスに注がれていく。なんか、美味しそうだ。
「これはどういうお酒なんですか?」
「ヒーリム・ギャラルンチップという有名なお酒です! 甘くて美味しいですよ!」
甘いのか。元の世界にいた時はカシスオレンジのようなお酒を好んでいた僕だけに、甘いと聞くとなんだか嬉しくなってくる。ユーナは僕の隣の椅子に腰を下ろし、自身のグラスにもお酒を注いだ。
「ではいきましょう! ベール様の代表入りを祝って、かんぱーい!!!!!」
「か、乾杯〜……」
やけにテンションの高い音頭に合わせて僕もそう言い、自身のグラスをユーナのグラスと軽くぶつけた後、グラスを傾けてお酒を口に含んだ。
「……美味しい……」
甘い。初めて感じる味だ。強いて例えるなら、極限まで甘くしたレモンサワーみたいな感じだ。とても美味しい。度数もそこまで高くなさそうだし、僕好みのお酒だと思った。
「ユーナ、このお酒すごく美味しいです。僕のた」
そこで僕の言葉が途切れた。
「……う〜い……べーるしゃま……はああ……おさけって……おいしいでしゅね……」
目の前のユーナは、何故かべろんべろんに酔っ払っていた。




