第33話:キスする時
「で、で、デート!?」
僕は目を丸くして叫んだ。急に何を言い出すんだ!?
「何でそないに驚くん?」
「だ、だだ、だって、デートに誘われるなんて生まれて初めてなので……」
「そうなん? まあ、好きな人をデートに誘うんは当然やろ。確認やけど、ユーナとは付き合ぉてへんねんな?」
「あ、はい……」
ユーナの笑顔を思い浮かべながら僕は言葉を返す。
「なら全く問題ないやんな! よし、決まりやで! 大会が終わったらデートに行こ! いや〜楽しみやな〜!」
オーカは楽しげに言い、にこにこと笑った。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください。いきなりデートだなんて、そんな……」
「何? ついさっき助けてんから、そのお礼にデートしてくれてもええやろ。……もしかして、ウチのこと、嫌いなん? やからデートしとないん?」
オーカの顔から笑顔が消え、代わりに悲しみと怯えの色が浮かんだ。ユーナ、リーロ、そして目の前のオーカは感情が顔にとてもよく反映される。この世界の美女は皆そうなのだろうか。
「い、いやその、嫌いというわけではなくて……その、戸惑ってるんです。どうして、僕なんかとデートをしたい、結婚したい、と言ってくれるんですか?」
「急にどないしたん?」
「えっと、オーカさんはとても美しくて、明るい方です。きっと引くてあまたでしょう。なのに何で僕なんかを気に入ってくれるのかが分からなくて……」
「僕なんか、って言い方が気になんねんけど。うーん、まあでも、いずれ話すべきことやし、今話してもええか。なら教えたる。ウチがベールをデートに誘って、プロポーズをした理由を」
僕はごくりと唾を飲み込んだ。一体どんなことを言われるんだろう。
「理由は2つ。1つ目、単純にめちゃくちゃタイプやさかい。イケメンで文才がある男って、まさにウチの好みやねんで。あと、身長がそこまで高すぎないのがええ。ウチは身長低いやろ? 夫が身長高すぎると、キスする時大変やからなぁ」
「き、キス……!」
童貞の前でなんてことを言うんだ! 恥ずかしさを感じて僕は視線を逸らし、口に手を当てた。何なんだこの子は。ユーナとは明らかにタイプが違う。
「2つ目、ウチの大切な人に似とるから」
「大切な人?」
「せやで。どん底にいたウチを助けてくれはった、大切な人や」
寂しげに言うオーカは遠い目をしていた。声音が変わった。僕は思わず姿勢を正した。
「ウチが王家から家出をして、追手から逃げとったって話をしたやろ? ひたすら逃げて、もう体力とお金が尽きておしまいや、と思うた時に1人の男がウチに声をかけてくれはった。ヤサ・ベルソードっちゅう若い男やった」
「ヤサ・ベルソード……」
「聞ぃたことあれへんやろ? まあ、そないに有名な男やなかったし、もう死んどるからな」
「…………」
「ヤサはぼろぼろのウチに「大丈夫ですか?」って声をかけてくれはった。金があれへん、動かれへん、とウチが言うたら、「じゃあ僕の家に来てください」と優しく言ってくれはった。そないなことを言うてくれたのはヤサが初めてやった。ヤサはウチを家に連れていき、ウチに水と食事を与えてくれはった。さらに行く当てがないウチに「うちの雀万の店で働きませんか?」って言ってくれはった。ヤサは怖いくらいウチに優しくしてくれはった。その優しさが、ウチの心に沁みたんやで」
当時を思い出したのか、オーカは僅かに頬を緩めた。
「ヤサは優しゅうて、かっこよかったわ。顔がけっこうベールに似とんねんな。ほんで文才があった。ヤサは多くの女性に言い寄られてたけど、誰とも付き合ぉてへなんだ。唯一仲良うしとってんがウチやった。雀万のお店で働いとる内に、ウチはどんどんヤサのことが好きになっていった。せやけど、怖かったわ。仮に告白して断られた場合、関係が壊れてまう。せやさかい告白出来ひんかった。怖くて告白をずっと先延ばしにしとったんやで」
「…………」
「ヤサが死んだんは、ほんまに突然の出来事やった。その日ウチは雀万の仕事で遠くの街に出張しとって、帰ってきた時にはもう冷たなっとった。急性心不全やった。もともと体が強ないんは知っとったけど、あないにあっさり死んでまうなんて思わへんかった。こうして、ウチがヤサに告白することは永遠にできんくなってしもた。神様は残酷やんな」
「そんな……」
「ウチは泣いた。ひたすら泣いたわ。ほんで誓ぉた。後悔せんように、もう恐れるんはやめる、好きな人にははっきり好きと伝えてアプローチする、と。人はいつ死ぬか分かれへんからね。ほんで月日が経って、ウチはベールに出会うた。一目惚れした。ヤサとベールが重なって見えた。神様がウチにもう一度チャンスを与えてくれたんやて思うた。ウチはこの人と結婚する、もうあの時みたいに怖がって先延ばしにはせぇへん、と決めた。せやさかいウチはこうしてベールにアタックしとんねん。あ、堪忍、話しすぎちゃったで」
えへへ、とオーカは照れくさそうに笑った。
オーカが僕にアタックしてくる理由がようやく分かった。まさかオーカにそんな過去があったなんて。
ヤサが死んだと知った時のオーカの気持ちを想像すると、胸がきゅううっと締め付けられた。僕が父さんの死を知った時と同じ苦しみを味わったのだろう。大切な人の死に伴う苦しみは、経験した人にしか分からない辛さがある。
「まあこないな感じやな。ほんで、ウチとデートしてくれるん?」
「…………」
「頼むで、デートしてや。私やったら絶対ベールのことを幸せに出来るさけ」
「…………はい」
僕は無意識の内にそう返事をしていた。何でそう返事をしたのか、そう返事が出来たのか、自分でもよく分からない。オーカの話を聞いて心が揺れ動いていたのが影響しているのだろうか。ユーナの顔が一瞬脳裏に浮かんだものの、その返事を取り消すつもりはなかった。
それによく考えれば、これほどの美女が、こんな自分とデートをしたい、結婚したいと言ってくれている今の状況はものすごく幸せだ。元の世界ではこんなことは決して起こらなかっただろう。そういう意味でも、デートの誘いを断る理由はないといえた。
「ほんまに!? やった〜!」
オーカはガッツポーズをして、満面の笑みを浮かべた。
「これでユーナとの差を縮められる! ユーナはベールと同棲しとるけど、ウチは絶対に諦めへん! ベールの心を射止めるんはウチや!」
「あ、えっと、具体的な日にちとか場所は……」
女性とデートなんて初めて故に勝手が分からない。まずは日にちや場所を決めないとだよな、と思い僕はそう言ってみたが、「ここで決める必要はあらへんやろ!」と明るく返された。なんだかとても楽しそうだ。
「後でゆっくり決めよな! いや〜デート楽しみや! ほんならぼちぼちウチは戻るわ! ベールもはよご飯食べて準々決勝に備えや!」
「あ、そっか、ご飯……」
色々あったので昼ごはんを食べなきゃいけないことをすっかり忘れていた。オーカと別れた僕は慌ててユーナが待つ場所へ向かった。前日と同じ、会場の外に位置する小さな休憩スペースだ。僕を視界に捉えたユーナは「ベール様! 今まで何をしてたんですか!」と声を上げた。
「えっと、その、ごめんなさい、ちょっと色々あって……」
「もう、私、すっごく心配してたんですからね……何があったんですか?」
先程起きたことをユーナに話すべきか、否か。話さないほうがいいだろう、と僕は結論づけた。ハニに色仕掛けをされたこと、オーカに助けてもらったこと、そしてオーカからデートの誘いを受けて了承したこと。それらをユーナに話したところでいいことが起きるとはとても思えない。
「いや、大したことじゃないんです。本当に大丈夫です。さあ、お昼食べちゃいましょう。えっと、今日もお昼ご飯作ってくれたんですよね、本当にありがとうございます」
僕は早口で言い、椅子に腰を下ろした。ユーナは何か言いたげな様子だったが、それ以上は特に追求してこなかった。
その後ご飯を食べ終えた僕は会場に戻った。道中の人気のない場所でユーナとのハグはしっかり済ませておいた。
いよいよ準々決勝だ。ここで勝てばベスト4入り。代表入りが確定する大一番だ。故に会場の盛り上がりはすさまじかった。
「さあいよいよ準々決勝だ! 英雄ベール・ジニアスが順当に代表入りを勝ち取るのか!? ハニ・ストミラードが番狂せを起こすのか!? 準々決勝も盛り上がっていくぞ〜!!」
MCの男性がマイクを手に声を張り上げると、呼応するように会場がわあああ、と盛り上がった。
リングに上がる。対戦相手のハニが待ち構えていた。ハニを見ているとどうしても先程の出来事を思い出され、心が乱されてしまう。落ち着け、と僕は自分に言い聞かせた。
「ほな準々決勝、ベール・ジニアス対ガークラ・テルミュンテのテートルを始めまひょ」
ジャッジマシンの凛とした声が響き、盛り上がっていた会場が水を打ったように静かになっていった。




