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第29話:俺たち国民がこんなに

「ふざけんな! 何で俺の2回戦の相手がベール・ジニアスなんだよ! 文階12000超えの化け物に勝てるわけないだろ! 俺への当てつけか! そんなに俺を代表選手にしたくないのかよ!」


 ヤンキルは叫んだ。絶叫、とも表現出来るその叫びに、周囲の人々は一様に言葉を失った。


「おい、今は代表選抜大会の最中だ。過度に自分の感情を発露することは許されない」


「うるせえんだよ! てめえは黙ってろ!」


 ジャッジマシンの傍に佇む男が声をかけるも、ヤンキルは怒鳴り返して意に介さない。


「俺は父ちゃんと母ちゃんのために、絶対代表選手になるって決めたのに! 何で2回戦の相手がベール・ジニアスなんだよ! 何でこんな化け物が相手なんだよ! 相手がベール・ジニアスじゃなければ絶対勝ててたのに!」


 ヤンキルは顔を歪ませながら叫ぶ。泣いているようにも見えた。


 そこでようやく状況が分かった。どうやらヤンキルは僕の原稿を見て、自分の書いた小説とのクオリティの差を痛感し、負けを確信してしまったのだろう。


「大体、何でこんな化け物が選抜大会に参加してるんだよ! 特例でこいつだけ代表選手にすればいいだろうが! 何で皆俺をいじめるんだよ! ふざけんなよ!」


「……ヤンキルさん。気持ちは分かりますが、ここは神聖な選抜大会の会場です。気持ちを抑えてください」


 ユーナは一歩前に出て静かに言った。しかしヤンキルの怒りは収まらなかった。


「黙れ! 大体てめえら王家や近王家が適当にやってるから、俺たち国民がこんなに苦しんでるんだろうが! どうせてめえには俺たちの気持ちなんて分からないんだろうな! ちょっとかわいいからってチヤホヤされて、いっぱい金もらって毎日贅沢して! ふざけんな! ベール・ジニアスの付き添いなんてやってねえで少しでも働けよクソ野郎!」


 ユーナが小さく息を呑んだのが分かった。美しい顔が僅かに歪み、拳がぎゅっと固く握られている。


 ちょっと待て、さすがにそれは駄目だ。僕は苛立ちを感じた。


 ユーナが国民のために尽力していることは分かっていた。苦しむ国民を元気づけるため、隙間時間で国中を訪れて国民を元気付けていること。国民を少しでも助ける政策の実行に向けて、王宮の人間と協力して懸命に働いていること。ユーナの頑張りを僕は知っている。


 そんな頑張りを知らず、知ろうともせず、一方的に悪口を言うのはあまりにもタチが悪い。元の世界にいた時、SNSでこういうことを言っている人は沢山いた。それを見ても当時はなんとも思っていなかったが、同居人であるユーナの悪口を目の前で言われ、僕ははっきりと怒りの感情を抱いていた。


「お前ら全員大嫌いだ! くたばっちまえ! 大体……」


 そこでヤンキルの言葉が途切れた。ヤンキルの首元に、きらりと光る刀身が触れていた。


「そろそろ黙ってくれしまへんか? これ以上暴れられると、うち、怒ってまうかもしれしまへん」


 ジャッジマシンの表面の一部に穴が空いており、その穴から金属のアームのようなものが飛び出していた。さらにアームの先端には日本刀のような刀がくっついており、その刀身がヤンキルの首元に触れ、今にも命を奪わんとしている。衝撃的な光景を前に僕はことばを失っていた。


「…………悪い」


 命の危険を感じたのか、ヤンキルはそう言い、足元の原稿を素早く拾い集めて一歩後ろに下がった。


「結果発表の時間どす。まずはヤンキル・アマガンテはん。総合評価は78点どす」


「…………」


 結果を聞いたヤンキルは何も言わない。ただ苦悶の表情を浮かべていた。結局感想は言い合わないんだな、と僕は思った。ヤンキルの様子を見て、とにかく早く進行したほうがいいとジャッジマシンが判断したのだろうか。


「次にベール・ジニアスはん。総合評価は100点どす。ベール・ジニアスはんが3回戦進出どす。敗れたハンバルグはんは文階が4845から51下がって4794になるどす。勝利したベールはんは文階が12728から51上がって12779になるどす」


 先程とは異なり、MCの男性が派手に結果を繰り返すことはなかった。先程のヤンキルの行動を受けて、それをするのは悪手だと判断したのだろうか。


「……今年も駄目だった……あんなに……あんなに努力したのに……」


 ヤンキルは膝から崩れ落ち、両手で顔を覆った。小刻みに肩が震えている。泣いているのが一目で分かった。


「父ちゃん……母ちゃん……ごめん……今年も代表選手になれなかった……ごめん……俺が生活を楽にさせてあげたかったのに……ごめん……」


 わああああ、とヤンキルは大声で泣き始めた。見兼ねた大会運営のスタッフが数人出てきて、ヤンキルに声をかけている。僕はそんなヤンキルから目を離すことが出来なかった。


「ベール様、帰りましょう。本日のテートルはこれで終了です。早く帰って休んで、明日のテートルに備えましょう」


 ユーナは僕の服の袖をきゅっと掴んで言った。僕は頷きを返し、ユーナと一緒に会場を後にした。


 その後、家に戻った僕は風呂に入り、ユーナが作ってくれた夜ご飯を食べた。相変わらずユーナの手料理はものすごく美味しい。ご飯を食べ終え、歯を磨き、僕はベッドに腰を下ろした。


「ベール様、今日は本当にお疲れ様でした。危なげなく3回戦に進出出来ましたね」


 2階に上がってきたユーナが僕に声をかけた。今日のユーナの寝巻きは、白をベースに僅かに青色が入ったこれまた美しい寝巻きだ。そして相変わらず生地が薄い。胸の膨らみが際立つ作りになっていて、エッチだ。童貞には少々刺激が強い。


 もっと生地が厚い服は着ないんですか、と勇気を出してさりげなく聞いてみたことはあったが、私はこういう服が好きなんですよ、と事もなげに返された。今後もユーナの寝巻きを見るたびにドキドキさせられるのだろう。


「あ、ありがとうございます。危なげなく、ではないですよ。1回戦は信じられないミスをしてしまいましたから」


「でも勝ったんだからいいじゃないですか。明日もベール様が無双するのを期待していますからね」


 ユーナは笑顔でそう言い、失礼します、と言って僕の隣に腰を下ろした。距離が近い。


 静寂。とても静かだ。聞こえてくるのは壁にかかった時計が時を刻む音、そしてユーナの僅かな息遣いのみ。


 こういう時は男が何か話題を振るべきなのだろうか。陰キャの僕には難易度が高い芸当だ。


「ベール様」


「な、何ですか?」


 結局話題を振れなかった、と少し残念に思いながら僕は言葉を返す。


「ヤンキルさんを見て、どう思いましたか?」


 ユーナの声音は少しだけ暗かった。その話題を振るのか、と僕は少しだけびっくりした。


「え、えっと、そうですね……気持ちはなんとなく分かる、と思いました。元の世界にいた時、ああいう人は沢山いましたから。特にSNSに」


「えすえぬえす? それは何ですか?」


 ユーナは首を傾げている。


「うーんと、ソーシャル・ネットワーキング・サービスのことでして、ネットを通じて色々な人が交流したり、意見を言えたりする感じですね。えっと、元の世界では多くの人々がSNSで気軽に意見を言ってる感じでして、ヤンキルさんみたいに自分の感情を発露している人は大勢いました」


「ねっと? よく分かりませんが、とにかくヤンキルさんのような人がいたんですね。なるほど、どの世界にもそういう人はいるんですね……」


 はああ、とユーナは息を深く吐いた。


「ヤンキルさんがあれだけ悲しみに打ちひしがれているのは、ひとえにビットが不足していることが原因です。ビットの不足は国力の不足。国力が不足すれば、悩み、苦しみ、悲しむ国民が増える。抗いようのないこの世界の真理です。それほどビットというのは重要なものなんです」


「…………」


「ヤンキルさんが私に浴びせた悪口は、ある意味的を得ています。というより、国民にあそこまで言われている時点で、王家に支える人間としては失格なんですよ。国民を救えてないということですから。私なりに頑張っているつもりなんですが、全然駄目ですね。まだまだ力不足です」


 ユーナは、内なる感情を隠すように寂しげに笑った。


「……そ、そ、そんなこと言わないでください」


「?」


「全然駄目、なんかじゃないです。えっと、ユーナはずっと頑張っているじゃないですか。時間を見つけて多くの国民と会って元気づける、なんて普通の人は出来ません。ユーナの気持ちや頑張りを知らない人の言葉なんて、その……気にしちゃ駄目だと、思います」


 ヤンキルに悪口を浴びせられた時、ユーナは確実にダメージを受けていた。それを分かっていたからこそ、ユーナに伝えたかった。気にしちゃ駄目だと、伝えたかった。


 ネット小説の世界で生きてきた僕は知っている。世の中には、悲しいことにどうしようもない人間が一定数存在する。意味もなく、理不尽に、悪意を持って接してくる人間は必ずいる。そんな人間とまともに取り合ってもいいことは何もない。気にせず、受け流すことが何よりも大事なのだ。


「……ベール様……」


 ユーナはじっと僕を見つめていた。2秒、3秒。視線が交錯する。これ以上は恥ずかしいから無理だ。僕は慌てて視線を逸らした。どっ、どっ、どっ、と心臓が激しく脈打っている。


「……どうして視線を逸らすんですか?」


「は、は、恥ずかしいからですよ……」


「私は恥ずかしくないです。今、私はベール様の目を見つめたい気分なんですが、駄目ですか?」


 目を見つめたい!? 何なんだそれは!?


 ユーナの言葉の真意が分からない。硬直する僕の腕をユーナはそっと掴んだ。びくっ、と僕の体が小さく震える。


「……駄目ですか?」


 再びユーナの声。懇願しているように聞こえる。ここで拒否すれば、ユーナは泣いてしまうかもしれない。共同生活を始めて、ユーナはしっかりした見た目に反して意外と泣きやすいことを僕は知っていた。ユーナの涙を見たくない。


 僕はおずおずと顔を動かした。ユーナと目が合う。とくん、と心臓が跳ねた。


「やっとこっちを見てくれましたね。言いたいことがあるんです」


「な、なな、何ですか……?」


「ありがとう、と言いたかったんです。ずっと頑張ってる、気にしちゃ駄目、と言われてなんだか心が軽くなりました。ベール様は本当に優しいですね。ベール様のそういうところ、好きですよ」

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