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第28話:てめえがベール・ジニアスだな

「ベール様、ここで食べましょう」


「は、はい」


 ユーナが連れてきてくれたのは、会場の外に位置する小さな休憩スペースのような場所だった。テーブルと複数の椅子が設置されている。ユーナは先程控室に立ち寄り、用意していた弁当を持ってきてくれていた。


「今日のお弁当には、ベール様が好きなデルムーアをふんだんに入れました! きっと美味しいと思いますよ!」


 椅子に腰を下ろしたユーナは明るく言った。


「あ、えっと、ありがとうございます。本当に嬉しいです」


 お礼を言いながら僕も椅子に腰を下ろす。本心だった。わざわざ僕のために弁当を作ってくれるなんて、感謝しかない。家族以外の誰かにご飯を作ってもらうなんて初めてだ。


「いただきます」


 箸を手に取り、青まみれの内から肉片をつまみ、口に入れた。僕の大好きなデルムーアだ。じわっ、と口の中で肉汁が広がる。


「……美味しい」


「本当ですか! やった〜! ベール様が選抜大会で力を出せるように、頑張って作ったんですよ!」


 ユーナはとても楽しそうだ。表情が明るい。かわいい。ただひたすらにかわいい。


 こんな素敵な女性と、2人でご飯を食べる時が自分に訪れるなんて……。元の世界にいた時の自分に言っても到底信じられないだろう。事実は小説よりも奇なり、とはまさにこのことを指すのだろうか。


「んむ……うーん、美味しい! ストルーピとディンナの配分を変えたのが功を奏したみたいですね!」


 ユーナは自分が作った弁当のおかずを口に含み、頬を緩ませた。僕のために調味料か何かの配分を変えてくれたようだ。嬉しい。


 ユーナと出会って気付いたことがある。超絶美人が美味しそうにご飯を食べている姿は、まさに眼福の一言だということだ。ユーナはいつもとにかく美味しそうに、幸せそうにご飯を食べる。そんな姿を見ているとなんだか胸がぽかぽかしてくるのだ。


「ベール様、2回戦も頑張ってくださいね! 私、ずっと応援してますから!」


「あ、ありがとうございます。……えっと、その、ここで宣言します。先程のようなミスは、もう2度としません。絶対にしません。絶対です」


 落ち着いたら、ずっと言おうと思っていたことを言った。


「うーん、たしかにミスは無い方がいいですが、人間である以上ミスは避けられませんし……もう少し気楽に考えてもいいんじゃないですか?」


 ユーナの言葉に、僕は首を振って返した。


「駄目です。元の世界で僕はプロでした。そんな僕がしていいミスではありませんでした。プロにミスは許されないんです。特に理由もなく、なんとなく紛らわしい名前を使うのはもうやめます。意味がありません。絶対に、もうミスはしませんから」


 僕は力強く言った。ユーナは何か言いたげな様子にも見えたが、結局何も言わずに笑顔で頷きを返してくれた。


 その後、昼ごはんを食べ終えた僕とユーナは会場に戻った。戻る途中、先程の反省を生かし、人気のない場所でハグは済ませておいた。これで一安心だ。


 相変わらず会場は超満員で異様な熱気に包まれている。僕はユーナと一緒にリングへ上がった。


「てめえがベール・ジニアスだな。俺は絶対負けないからな」


 待ち構えていた女性は、僕を見るなりそう言い、さらにガンを飛ばしてきた。いきなりてめえ呼ばわりかよ、そして一人称が俺かよ、と少し面食らってしまう。


 身長はユーナと同じくらい。胸の辺りまで伸びているロングヘアの髪の色は淡い水色だ。顔立ちはそれなりに整っており、どことなく目つきが鋭い。耳にはピアスのようなものがくっついている。そして声がかなり低い。


「ベール様、この方はヤンキル・アマガンテさんです。初の代表入りを目指しています。最高文階は5954です」とユーナは俺に耳打ちした。


 最高文階、いわゆるレーティングの自己ベストは先程のハンバルグよりも低い。しかも代表入りの実績がないようだ。なんか勝てそうだな、と僕は思った。勿論油断は大敵だが。


「俺は必ずてめえを倒す。この1年、死ぬ気で文才を磨いてきた。今年こそ代表選手になって、他国からビットを沢山奪って父ちゃんと母ちゃんの生活を楽にするって決めたんだよ」


 ヤンキルは僕に鋭い視線を向けた。あまりの視線の鋭さに僕は思わず視線を逸らした。


「そろそろ始めるさかい、準備してもろうてええどすか?」


 そこにジャッジマシンの声が飛び込んだ。僕、そしてヤンキルはジャッジマシンの目の前に移動する。勝負の始まりを察知し、観客が静かになっていく。


「ほな2回戦、ヤンキル・アマガンテ対ベール・ジニアスのテートルを始めまひょ」


 静かな会場に、ジャッジマシンの落ち着いた声が響き渡る。その後ジャッジマシンは再びルールを説明した。僕とヤンキルは同時に頷きを返した。


「ほなテーマの有無を決めるどす。…………テーマは無しどす。自由に書くどす」


 ぴょんとその場で飛び跳ねて空中でくるくると回転し、綺麗に着地したジャッジマシンがそう告げると、会場が僅かにどよめいた。


 遂にきた。テーマ無しが。


 この世界に転生し、今まで3回テートルをしたがいずれもテーマは有りだった。故にテーマ無しのテートルをいつすることになるのかずっと気になっていたのだ。遂にその瞬間が訪れることになる。


 何でもいいから好きに書け、と言われると逆に難しいものだ。これは腕が問われるぞ、と僕は思った。


「文字数は20000文字〜25000文字どす。この文字数に収まってへん場合は即座に失格どす。制限時間は5時間半、テーマは無しどす。ほなテートルを開始するどす」


 開始の合図とばかりにジャッジマシンがその場で飛び跳ね、空中で回転した。同時にジャッジマシンの表面に時間が表示され、 5時間29分59秒、5時間29分58秒、とどんどん時間が減っていく。また、会場の壁面にも時間の表示が出現した。


 僕は椅子に座ってボードに紙をセットし、ペンを手に取った。さて、どうするか。


「不良……鋭い目つき……親……」


 何も無いところからアイデアを生み出す場合、まずはとにかくワードを思い浮かべて、それをくっつけてアイデアの断片を生み出し、さらに断片と断片をくっつけていくのが僕のやり方だ。


 ヤンキルと対峙し、なんとなく不良という印象を受けた。目つきが鋭かった。さらに親について言及していた。故に、不良、鋭い目つき、親という3つのワードを思い浮かべたのだ。取り敢えず僕はその3つを紙に記した。


 この3つのワードが最終的にアイデアに絡むのか、絡まないかは分からない。絡まなくてもいいのだ。テーマがなくて自由に書けと言われている以上、今はとにかく沢山アイデアを出すことが重要だ。最初から想像の幅を狭めるのはよくない。


「観客……MC……リング……大会……」


 続いて思考を切り替え、この会場にフォーカスして考えていく。何かを思いつくたびにすぐ書き込んでいく。5時間半ある内の、30分から1時間はアイデア出しとプロット作成に注ぎ込んでいい、と僕は決めていた。


「不良……大会……不良が何かの大会に出てくれと頼まれる、とか……?」


 思いついたワードとワードが結合し、小さなアイデアが生まれた。うん、いいかもしれない。それをどうやって物語に発展させていく?


 周囲から音が消えていく。活字の世界にどんどん没入していくのを感じる。いい兆候だ。


 その後アイデアをまとめ、プロットを作成した僕は本文の執筆に取り掛かった。軽やかにペンを踊らせ、次々と文章を書き込んでいく。何だか調子が良い。


 その後、本文が完成したのは終了時間の20分ほど前だった。それから僕は飽きるほど文章を見返し、ミスがないかを何度も何度も確認した。もうさっきのようなミスは御免だ。10回でも20回でも見返して、ミスをゼロにしてやると心に決めていた。


「残り1分どす。時間内に必ず原稿を提出しとぉくれやす」


 ジャッジマシンが口を開いた。よし、そろそろ提出しよう。僕は椅子から立ち上がり、ジャッジマシンに原稿を提出した。同じく原稿を提出したヤンキルだったが、とても苦々しい表情をしていた。どうしたんだろう、と僕は思った。


「原稿の提出おおきに。今からジャッジするさかい、ちょい待っとって。それぞれが提出してくれた原稿をコピーしてえずき出すさかい、お互いがどないな小説を書いたのか読み比べて、一言でもええさかい感想やアドバイスを言い合うとくれやっしゃ」


 僕とヤンキルの原稿を受け取ったジャッジマシンはそう言い、2つの紙の束を吐き出した。僕とヤンキルは互いの原稿を受け取り、文章に目を通した。


「……うーん……」


 文章を読み進めながら、僕は顎を右手に当て首を捻った。


「ベール様? どうしましたか?」


「あ、いや、なんでもないです……」


「もう嫌だっっ!! 何でこうなるんだよっっ!!」


 その時、ヤンキルの叫び声が会場に轟いた。驚いた僕はヤンキルに視線を向ける。ヤンキルの足元には、僕の原稿が乱雑に散らばっていた。

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