第27話:そばにいさせて
観客が一斉に静まり返り、僕とハンバルグはジャッジマシンに視線を向けて結果を待った。
「まずはハンバルグ・ミルガラースはん。総合評価は84点どす」
「くうう……90点にいきたかったのに……無念だわ……」
結果を聞いたハンバルグはがっくりと肩を落とした。
「次にベール・ジニアスはん。総合評価は98点どす。ベール・ジニアスはんが2回戦進出どす。敗れたハンバルグはんは文階が4961から48下がって4913になるどす。勝利したベールはんは文階が12680から48上がって12728になるどす」
「勝ったのは伝説の英雄、ベール・ジニアスだぁぁ〜!!!!!」
MCの男性が声を張り上げると、わああああああ、と観客は盛大に盛り上がった。僕はハンバルグと握手を交わし、リングから降りた。テートルに勝った喜びは微塵もなかった。満点を取れなかった悔しさ、ミスを犯した悔しさに打ちひしがれていた。
「ベール様! ベール様! ちょっと待ってください!」
早足で会場から出た僕をユーナは慌てて追いかけてきた。
「2回戦進出おめでとうございます! って、ちょっと! 何でそんなに歩くの速いんですか! ちょっと待ってくださいよ!」
「……ごめんなさい。今は少しだけ、1人になりたいです」
信じられないミスを犯してしまった怒り、そして大勢の人の前でユーナに説教された恥ずかしさ。様々な感情が込み上げ、僕の心は激しく波打っていた。ここまで心が波打つのは、父さんの死を知った時以来かもしれない。
このままじゃ次のテートルに支障が出る。1人になって心を落ち着けたかった。説教してくれたユーナと、今だけは話したくなかった。
「1人になりたい、って……そんな暗い顔してるベール様を1人になってできないですよ! 待ってくださいベール様!」
「…………」
「私に出来ることがあれば何でもします! 心配なんです! そばにいさせてください!」
「…………」
「もう! 待ってくださいって言ってるじゃないですかっ! かくなる上は……えいっ!!」
「おわあっ!?」
なんとユーナは後ろから勢いよく僕に抱きついてきた。
ま、待て待て待て! 心の準備をした上でするハグもめちゃくちゃ恥ずかしいのに、不意打ちのハグは本当にヤバいって!
「え、あ、あ、な、何をしてるんですかっ……!?」
しどろもどろになりながら僕は声をあげた。不意打ちを喰らい、全身が、特に股間の辺りが猛烈に熱を帯び始める。
「どうしてもベール様に足を止めてもらうための非常手段です! こうでもしないと足を止めてもらえないと思ったので!」
「ひ、ひ、非常手段って……と、止まります! 止まりますからっ! 一旦離れてくだひゃいっ!」
先程ユーナに説教された時とは異なる恥ずかしさを感じながら、僕は声を張り上げた。
「…………分かりました」
ユーナはそう言って、おずおずと僕から体を離した。振り返る。そこには頬を赤く染めたユーナが佇んでいた。
「…………」
「…………」
「…………す、すいませんでしたっ! 先程ベール様を偉そうに説教してしまって、さらに許可も得ずにいきなり抱きついてしまって……心と体を捧げる人間にふさわしくない行為であること、はしたない女であることは自覚しています……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
突然ユーナは勢いよく頭を下げ、早口で言った。「え……?」と僕は思わず声を漏らす。
「え、そ、そんな、ユーナが謝ることはないですよ。全面的に悪いのは僕なんですから」
「いえ……私は、とんでもないことを……ごめんなさい……」
涙声になっていることに気付き、僕は息を呑んだ。悪いのは全て僕なのに。これはまずい。なんとかしなきゃ。
「……あ、あの、えっと、泣かないでください。繰り返しますけど、悪いのは全て僕です。その、自分でミスをしたくせに、勝手にイライラした僕が全部悪いんです。ユーナは全く悪くないです。だから、な、泣き止んで、頭を上げてほしいです。お願いします」
精一杯の思いを込めて、僕は言った。思いが伝わったのか、ユーナはゆっくりと頭を上げた。美しい顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「本当に……許してくれるんですか……?」
「は、はい。……あ、そうだ、えっと、これで涙を拭いてください」
咄嗟にハンカチを取り出してユーナに手渡せたのは、彼女いない歴=年齢の僕にしてはファインプレーだったのではないだろうか。
ユーナは一瞬驚いたような表情を浮かべた。まさか僕がハンカチを手渡すとは思わなかったのだろうか。「……ありがとうございます」とユーナは呟き、ハンカチを受け取って涙を拭いた。
「…………」
「…………えへへ、取り乱しちゃいました。恥ずかしい限りです」
涙を拭き終えたユーナは、ようやく気持ちを切り替えられたのか、照れくさそうに笑った。
その瞬間。
僕の心臓が大きく跳ねた。
え? 何だ、今の体の反応は?
これは、そんな、まさか、嘘だろ? 僕の脳は、今の反応についての答えを既に導き出していた。しかし理性がそれを否定していた。
「ベール様?」
黙ったまま硬直している僕を見て、ユーナは首を傾げた。
「……あ、え、えっと、なんでもないです」
高鳴る心臓を右手で抑え、視線を逸らしながら僕は言葉を返した。
「ベール様が許すと言ってくれたので、メソメソしてないで切り替えることにしますね。よーし、ではお昼にしましょう! 次のテートルに向けて栄養を補給しないと! 外に食事をする場所があるので、そこで一緒にご飯を食べましょう!」
「は、はい」
先程の、大きく心臓が跳ねたあの感覚を忘れることが出来ない。
僕は首を振り、顔を歪めた。
駄目だ。そんなの駄目だ。僕にその資格がないことはずっと前から分かっているじゃないか。
封印していた過去の痛々しい記憶が首をもたげて記憶の奥底から這い出ようとしてくる。慌てて僕はそれを再度記憶の奥底に押し込み、ユーナの後を追った。




