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第26話:ミス

「くそっ……!」


 僕は顔を歪め、荒々しく椅子に座り直してペンを握った。


「ベール様……? どうしましたか……?」


 ユーナが声をかけてきたが、声を返す余裕はなかった。僕は舌打ちをして原稿に再度目を通した。


 最悪だ。僕がこんな初歩的なミスをするなんて。


 問題の箇所は後半にあった。姫は物語の都合上三つ子の次女という設定にしており、後半のとある場面で姫と三つ子の長女、三女が言い争う場面を入れ込んでいた。


 物語の都合、且つ僕の好みで姫の名前と長女の名前、三女の名前を非常によく似た名前にしていたため、その場面でキャラの名前を間違って書いてしまっていたのだ。長女が喋ってるはずなのに、三女が喋ってるように書いてしまっていたり、よく分からないことになっている。


 小説を書いている時、たまに起こるミスといえる。例えば、僕が高校生の時に殺し屋を題材にした小説を書いたことがあったが、メインキャラクターの4人の殺し屋の名前を朱雀、白虎、玄武、青龍にしたばかりに、書き手の僕が混同して名前を間違えてしまったことがあった。本来白虎が喋ってるのに、間違えて朱雀が喋ってるみたいに書いちゃったり。


 今回起きたミスはそれに似た類のミスと言えるが、注意していれば絶対に防げるイージーミスだ。仮にも元の世界でプロだった僕がしていいミスではない。


 まずい。とてもまずい。注意深く読めば、書き手がミスを犯したことに絶対気付いてしまうレベルのミスだ。ましてやジャッジするのは京都弁を操るジャッジマシン。なんとなく2週間前の陽気なジャッジマシンよりも切れ者に見えるだけに、ミスを見逃してくれることはないだろう。


「残り2分どす。時間内に必ず原稿を提出しとぉくれやす」


 ジャッジマシンの凛とした声が響く。


 あと2分。たった2分しかない。見たところミスを犯している箇所は何ヶ所もある。2分で全て修正出来るとはとても思えない。


 最悪なのは、中途半端に文章を消して、時間切れで中途半端なまま原稿を提出する羽目になることだろう。中途半端でぐしゃぐしゃな状態になるくらいなら、今のまま提出した方がいいようにも思える。


 とはいえこれほどのミスを全く修正しないのは耐え難い。どうする? こうしている間にも1秒1秒時間は減っている。時間がない。悩んだ末に2箇所だけ急いで訂正し、ジャッジマシンに原稿を提出した。ハンバルグも僕とほぼ同じタイミングで原稿を提出していた。


 本当は修正すべき箇所は何箇所もあった。あと10分あれば全て修正出来ていただろう。何でもっと早くミスに気付かなかったんだ、そもそも何でこんな初歩的なミスをしたんだ……? 悔しさはやがて自分への怒りとなり、少しずつ僕の心を蝕んでいく。


「原稿の提出おおきに。今からジャッジするさかい、ちょい待っとって。それぞれが提出してくれた原稿をコピーしてえずき出すさかい、お互いがどないな小説を書いたのか読み比べて、一言でもええさかい感想やアドバイスを言い合うとくれやっしゃ」


 僕とハンバルグの原稿を受け取ったジャッジマシンはそう言い、2つの紙の束を吐き出した。ハンバルグは紙の束を受け取って僕の書いた小説を読み始めたが、僕はミスをした悔しさのあまりその場から動くことが出来なかった。


「ベール様? えっと、どうしたんですか? 今はハンバルグさんの書いた小説に目を通す時間ですよ?」


「……読みたくない」


 僕はぼそっと呟いた。はっ、とユーナは大きく息を呑んだ。


「……どうしてですか? さっきから様子がおかしいです。何かあったんですよね? 話してください」


「話したくないです。何もしたくないです」


 悔しさと自分への怒りで頭がいっぱいになり、ついつい返答が投げやりになってしまう。ユーナはそんな僕につかつかと歩み寄り、視線を落とす僕の右手を両手で包み込んで口を開いた。


「ベール様。それは間違っています」


 凛とした、それでいて有無を言わさない強い口調。僅かに怒気を孕んでいるようにも聞こえ、僕は思わず視線を上げた。


「代表選抜大会のバトルの相手には敬意を払うのがルールです。原稿の提出後、相手が書いた小説にしっかり目を通し、感想やアドバイスを共有するのがマナーです。それを拒否するのは絶対に間違っています。いくら英雄ベール・ジニアス様だろうと、それは許されません」


 ユーナの言葉が、まるで鋭い日本刀にように深く僕の心に突き刺さった。


 自分にとって欠けているところや足りないところ、間違っているところを指摘する言葉を聞くのは辛い。苦しい。耳を遠ざけたくなる。無視したくなる。「うるせえんだよ!」と怒鳴り返したくなる。年齢を重ねるほど素直に聞き入れるのは難しくなる。


 しかし、真に成長するためには的を得た忠告をしっかり聞き入れ、反省して行動を改善していくしかない。僕は今までそうやって成長してきたのだから。


 ユーナにはっきりと言われ、僕は自分が間違っていたことに気付いた。何が、話したくない、何もしたくない、だ。


「……ユーナ、ごめんなさい。僕が間違ってました。本当にごめんなさい」


「…………ベール様…………」


「読みます。ハンバルグさんの小説をちゃんと読みます」


 僕の謝罪を聞いたユーナは気まずそうな表情を浮かべていた。僕とユーナのやり取りを聞いた観客は何やらざわざわしている。ジャッジマシンから原稿を受け取った僕は、ハンバルグの書いた小説に目を通した。


 主人公の男の子は、風から様々な情報を読み取れる異能を持っている。しかし異能を持っていることを家族以外は知らず、通っている学校の友達には一切打ち明けず、学校が終わったらすぐに家に閉じこもって1人孤独に日々を過ごしていた。


 ある時、風から読み取った情報によって、学校を襲わんとする強大な敵が雲の上に居座っていることを主人公は知る。このままだと大勢のクラスメイトが危険に晒されることに気付いた主人公は、勇気を振り絞り、自分の異能を打ち明け、危機が迫っていることを皆に伝える。そこで主人公は、本当は主人公が異能を持っていることを皆知っていたこと、皆主人公と仲良くしたがっていたことを知る。


 自分が孤独に陥っていたのは、自分の無為な思い込みのせいだったと気付いた主人公。さらにクラスメイトの中にも主人公同様に異能を持っている人が何人もいたことが発覚。主人公はクラスメイトと仲を深め、協力し、一致団結して雲の上の敵に戦いを挑む……という内容だった。


 面白かった。過去に2度選抜大会のベスト4に勝ち残ったハンバルグの実力は本物だった。強いてケチをつけるなら、少し修飾が過度だったことと、多人数のキャラが会話をしている場面で誰が喋っているのか分かりづらかったことくらいか。


 原稿を読み終えた僕はハンバルグに歩み寄った。ハンバルグも僕にゆっくりと近づいてくる。


「読みました。面白かったです」


「ほんと〜!? 嬉しいわ〜!!!」


 僕の言葉を受けたハンバルグは満面の笑みを浮かべた。


「設定が秀逸でした。とても楽しかったです。ただ、少しだけ修飾が過度だったことと、誰が喋ってるのか分かりづらい場面があったので、それえだけ気になりました」


「そうよね〜……それが私の課題というか、悪い癖なのよね〜……アドバイスありがとう、ジーちゃん! 私もジーちゃんの小説読んだわ! すっごい面白かった! 姫が手紙を書いて風船を飛ばすなんて設定よく思いつくわね〜! さすが英雄様だわ〜!」


「……そんな、大したことないですよ」


「ただ、後半で姫のアドレーとその長女のアドメー、三女のアドセーが言い合う場面、ここ名前が何箇所か間違ってるわよね? そこだけ気になっちゃったわ。このミスが無ければパーフェクトだったかも」


 案の定ミスを突かれた。ずきんと胸が傷む。ハンバルグレベルの文才の持ち主がこれほどのミスを見逃すわけがなかったのだ。


「はい、間違えてしまいました。すごく恥ずかしいです」


 胸の痛みを感じながら僕は苦笑を浮かべた。


「まあ、人間である以上ミスは避けられないわよね。完全無欠だと思ってたジーちゃんがこんなミスしちゃうなんて、なんだか親近感湧いちゃうかも〜! なんかドキドキしてきたわ〜! くう〜、滾るぅ〜!」


 ハンバルグは頬を紅潮させ、ばちーんと盛大にウインクをした。どう言葉を返せばいいか悩んでいるところに、「結果発表の時間どす」とジャッジマシンの声が割り込んだ。

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