第24話:滾るぅ〜!
運営の職員の案内で僕とユーナが向かったのは、21という名前の会場だった。目の前には巨大な青い扉、そしてその扉の向こうからは選抜大会を観戦する人々の歓声やら何やらがうっすらと聞こえてくる。
いよいよだ。遂に代表選抜大会が始まる。僕は改めて代表選抜大会のレギュレーションを頭の中で思い浮かべた。
大会の参加者は、パーブルー王国全土で行われた厳しい審査を勝ち抜いた63人と、僕を含む合計64人。勝ち残り方式のトーナメント形式でテートルを行う。負けたら即敗退の厳しい戦いだ。
1回勝てばベスト32、2回勝てばベスト16、3回勝てばベスト8、4回勝てばベスト4。ベスト4まで勝ち上がれば晴れて代表選手になれる。ベスト4まで勝ち残った4人と、前回の代表選手の内の継続選手1人の合計5人が国を背負って戦うことになるというわけだ。
1日目は2回バトルが行われ、64人の参加者が一気に16人にまで振るい落とされる。バトルの制限時間は5時間と事前に定められており、テーマの有無、さらにテーマがあった場合の数や内容はバトルの際にジャッジマシンによって決定される。現在の時刻は午前9時過ぎ。今日は長丁場になる。
「ベール様、行きましょう」
「はい」
ユーナの言葉に僕は頷きを返し、足を前に踏み出した。巨大な青い扉が音を立てて開き、うっすらと漏れていた歓声が段々と大きくなっていく。
「さあ今大会の大目玉! 英雄ベール・ジニアスの登場だぁぁ!!!!!」
よく通る男の声が会場に響き渡ったかと思うと、わああああ、と会場中から歓声が沸き起こった。僕は目を丸くして「……何だこれ」と思わず呟いた。
何なんだこれ、まるでプロレスの会場じゃないか。
会場の中央には巨大なリングのような何かが鎮座しており、2つの机と椅子が置かれている。そしてそのリングのような何かを取り囲むように大量の観客席が設置されており、その全ての席に人が座っていた。超満員だ。
「ベール様ぁぁぁ!!!!!」
「パーブルー王国を救ってください、お願いします!」
「まさかこんなところで負けないよな!? ベール・ジニアスが代表選手になれないとか洒落にならないから勘弁してくれよ!」
「きゃああああイケメン! こっち向いて〜!!!!!」
「英雄なのは分かるけどユーナ様を独り占めするのは許さんぞ〜!」
「ユーナ様視線くださーい!!」
観客が発するあらゆる声、さらに司会席と思わしき場所に座るMCと思わしき男から発せられるやかましい声がミックスし、さながらプロレスのイベントが行われるような状態になっている。
「代表選抜大会はお祭り騒ぎだって以前言いましたよね。こんな感じなんですよ」
ユーナは苦笑を浮かべながら言った。
「それは聞いてたけど、まさかここまでとは思わなかったです。どう見てもプロレスの会場にしか見えません。今からあのリングでテートルをするわけですよね? なんだかプロレスラーになった気分だな」
「ぷろれす? ぷろれすらー?」
「ああ、いや、何でもないです。何でこんなに盛り上がってるんですか?」
「ビットの配分量が減り、パーブルー王国が弱っているという話は前にしましたよね。弱り、元気を失っている国民を少しでも元気づけようと、運営の方々が一生懸命盛り上げてるんですよ。観戦しにきた国民が少しでも元気になるように」
「なるほど……」
なんだかやかましいと思っていたが、そういう事情なら話は別だ。レートルを観戦して盛り上がって、明日への活力を得ようとしているのだろうか。元いた世界でプロ野球などのスポーツを応援する人々の心理に共通するところがあるように思えた。
「さあ、そろそろ移動しましょう。対戦相手の方が待っています」
「はい」
ユーナと並んで会場の中央に鎮座するリングへ向かい、階段を登ってリングに上がった。
「よく来たわね〜! なるほど〜君がベール・ジニアスちゃんなのね〜! めちゃくちゃイケメン〜! 超タイプなんですけど〜!」
待ち構えていた男は、僕を見るやいなや表情を崩し、甲高い声をあげた。
めちゃくちゃでかい。身長は195センチくらいあるだろう。この世界の単位で言い換えると、390レンチくらいか。纏っているのは青いタンクトップと濃い紫のズボン。青い髪の髪型はアフロヘアに近い。体は筋骨隆々だ。顔は野球のベースに似たベース型で、無精髭がとてもよく目立つ。
何だこの人!? フリーズする僕に男はすたすたと歩み寄り、「あら〜!!」と叫んだ。
「近くで見たらもっとイケメンちゃんだわ〜! 滾るぅ〜!」
男はぴょんぴょんとその場で飛び跳ねている。呆然とする僕に、ユーナは「この方はハンバルグ・ミルガラースさんです」と声をかけた。
「過去に2度選抜大会のベスト4に勝ち残り、代表選手に選抜された実力者ですよ。最高文階は6261です」
「そうよ〜! 久しぶり〜ユーナちゃん〜! 相変わらず美人ね〜妬けるわ〜!」
「ふふふ、ありがとうございます。健闘をお祈りしてますよ」
「ありがとね〜!」
ユーナとハンバルグなる男は親しげに言葉を交わしている。どうやらユーナはハンバルグに対して違和感などを全く感じていないようだ。
「そろそろ始めるさかい、準備してもろうてええどすか?」
そこに女性の声が飛び込んできた。声の方向から、リングの隅に置かれていたジャッジマシンから発せられた声なのだと分かる。
以前のジャッジマシンは大阪弁だったのに、今回のジャッジマシンはどうやら京都弁を操るようだ。さらに立方体の表面に浮かぶ絵文字も前回の陽気なジャッジマシンと比べておしとやかというか落ち着きがあるというか、とにかく前のジャッジマシンとは異なって見えた。
「分かったわ〜! それじゃあユーナちゃん、また後でね! ジーちゃん、正々堂々勝負しましょうね!」
男はばちーんと盛大にウインクをして元の位置に戻っていった。
「ジーちゃん……?」
「相変わらずハンバルグさんは陽気で明るい方ですね」
ユーナはにこにこしている。俺はそんなユーナに「えっと……」と話しかけた。
「今の人は何ですか? なんか、話し方とか独特だった気がするんですが」
「何、と言われましても……何か気になりましたか?」
「あ、いや、何でもないです。……えっと」
「……そうですね、ハグ、しましょうか」
ユーナは頬を薄赤く染めながら言い、僕の方に体を向けて両腕を小さく開いた。
しまった、事前にユーナとのハグを済ませておくべきだった、と僕は心底後悔した。ただでさえ超絶美女のユーナとハグするだけで恥ずかしいのに、こんなに大勢の人の前でハグをするなんて、心臓に悪すぎる。
一旦リングから降りて別の場所でハグだけ済まそうかとも考えたが、会場の雰囲気的にそうはいかなそうだ。しょうがない、ここでやるしかない。
「……えっと、じゃあ、いきますね」
「はい」
僕はおずおずとユーナに歩み寄り、ユーナを優しく抱きしめた。きゃああああああああああ、という黄色い悲鳴やら歓声やらが会場に轟く。
最悪だ。僕の呪いの解除云々の話は国民に浸透していないのだろうか。思い返すと、2週間前、ブークとその取り巻きの2人はハグという方法を把握してなかった。基本的に国民には浸透してない、と考えるのが自然だろうか。
「えーなになに!? あの2人付き合ってんの!?」
「こんなに大勢の前でハグとかアツアツじゃーん!!」
「きゃあああお幸せに〜!!!!!!」
「おいおいいくら英雄でもそれは駄目だろおいおいおいおい!!」
「見せつけるね〜!!!」
ものすごく誤解をされている。何なんだよこれ! 呪いを生み出した何某かを僕は恨んだ。
その時、衝撃が僕の体を包み込んだ。続いて頭痛。何かが頭の中に入ってきている不思議な感覚。3回目とあってすっかり慣れた。
「もう大丈夫です、離れましょう」
「分かりました。ベール様、頑張ってくださいね」
「は、はい」
ユーナはそっと僕から体を離した。よく頬が赤く染まるのはユーナの体質なのだろうか。ハグでドキドキした心を落ち着けるべく僕は深呼吸し、気合を入れるべく頬を両手で叩いた。
勝負の始まりを察知したのか、あれほど騒がしかった観客が水を打ったように静かになった。
「ほな1回戦、ベール・ジニアス対ハンバルグ・ミルガラースのテートルを始めまひょ」
静かな会場に、ジャッジマシンの落ち着いた声が響き渡った。




