第23話:プロポーズ
「どないしてん? 急におっきな声出して」
突然叫んだユーナを少女は不思議そうに見つめている。
「え……だって……急に結婚なんて……あ、あ! そっか、冗談か! 冗談ですよね! そうですよね! もう、オーカ様ったら……あはは……」
ユーナは自分に言い聞かせるようにそう言い、無理矢理笑みを浮かべた。
「冗談やおまへんで。ウチは本気。本気でベール・ジニアスにプロポーズしとんねん」
「ちょ、オーカ様! さすがに冗談がすぎます! いい加減にしてください!」
「せやさかい冗談やないって言うとるやん。どないしたん? 顔赤いけど」
ユーナは赤く染まった頬に両手を当てて視線を逸らし、「いえ……私は……」と声を絞り出した。
「変な人やなぁ。まあええわ」
少女は僕に歩み寄り、状況が飲み込めずに困惑する僕の右手をそっと両手で掴んだ。
「えっ、えっ? ちょ、あの……!」
「どない? ウチ、けっこう自分に自信あんねんで。めちゃくちゃかわいいやろ? ベール・ジニアスは極めて容姿に優れた若い女性を好むって神話に書いとった。私レベルの容姿ならきっと満足出来るはず。どない? 雀万の大会で勝ちまくっとるからお金はぎょうさんあるし、家事は全部出来るし、ウチは性格もめっさええ。それに文才にも自信があんで、ウチの最高文階は7247やさかい。ウチと結婚するメリットはぎょうさんあると思うんやけど、どないやろ?」
少女は僕の手を握る手に力を込め、さらに艶っぽい目で僕を見つめた。
何だその表情は。それはちょっと、やばい。言葉を選ばずに言うなら、ものすごくエロい。童貞にはあまりにも刺激が強すぎる。どくん、と僕の心臓が脈打ち、俄かに体温が上昇していく。
何なんだ、この子は。初対面でプロポーズなんて意味が分からない。
しかし、めちゃくちゃかわいいやろ? という問いには激しく同意だ。リーロの双子なだけあって本当にかわいい。こんな女性に求婚される日が来るなんて、元の世界で生きていた時は想像もつかなかった。仮にこの少女と結婚したら、この先どうなるんだろう……。
見つめ合う僕と少女。その時、「ストーップ!!!!!」とユーナが叫び、僕と少女の間に勢いよく割り込んだ。
「駄目です! いきなりプロポーズなんて絶対駄目です! ベール様から離れてください!」
ユーナは少女を僕から無理矢理引き剥がした。少女は不満げな表情を浮かべている。
「プロポーズの邪魔せんとってほしいんやけど」
「いいえ、邪魔します! こんなことおかしいです! 会ったばかりなのにいきなりプロポーズなんて間違ってます! だいたい何でそんなにベール様と結婚したいんですか!」
「会うたばかりでプロポーズしたらあかんなんてルールはおまへん。イケメンで文才がある男と結婚するって前から心に決めとった。ほんで今ベール・ジニアスを見て、ウチはこの男と結婚する、って決めた。この人がウチの運命の人や、って確信した。せやさかいプロポーズした。これ以上の説明はいらんやろ」
「おかしいです! 結婚というのはとても尊い行為です! まずはお友達になって仲良くなって、どちらかが告白して恋人になって愛を深めて、プロポーズをして、という過程が必要なんです!」
「そらユーナの考え方やろ? ウチにはウチなりの考え方がある。自分の考えを他人に押し付けんといて欲しいわ」
顔を真っ赤にしながら叫ぶユーナに、少女は冷静に言葉を返す。
何だ、何なんだこの状況は。
混乱して固まる僕に少女は再度艶っぽい視線を向け、「黙ってへんでなんとか言うたってや。プロポーズの返事を聞かして欲しいねん」と言った。真剣な声音だ。
「え……えと……僕は……」
「じれったいなぁ。てか彼女はいるん? 既に結婚してたりしぃひん?」
「こ、この世界に来たばかりなんだから、け、結婚なんてしてるわけないです。彼女は……いません」
恥ずかしさを感じながら僕は言葉を返した。ユーナは頬を赤く染めて体をもじもじさせているる。
「ならよかったわ。あ、敬語を使うんはやめたってや。他人行儀な話し方は嫌いやねん。これからはタメ口で話して、ウチのことは気軽にオーカって呼んだってや」
「あ、いや、タメ口はちょっとしんどいです……オーカと呼ぶのは、まあ……」
「はあ? まあええわ。ほんでほんで、返事は? ウチと結婚してくれんの? どうなん?」
少女、ではなくオーカを語気を強めて言った。真剣に答えないと許さないぞ、という強い意志を感じる。一方のユーナは両方の拳を握りしめ、僕に鋭い視線を向けていた。
何なんだこの状況!? 僕は代表選抜大会に来たんじゃないのか!? 何で急にプロポーズをされてるんだ!?
黙り込む僕。そんな俺を見つめるオーカとユーナ。そこに割り込んだのは、「今から代表選抜大会を始めまーす。参加者は所定の会場に移動してくださーい」という運営の職員の方の声だった。
「ちぇっ、時間か。見とる限りすぐに答えは出そうにないし、返事を聞くんは一旦お預けやな」
オーカは残念そうに言った。そして固まっている僕に体を近づけ、「ウチは本気やで。ええ返事を待っとるから」と耳元で囁いた。囁き声は良質でエッチなASMRのボイスの如く鼓膜を刺激し、ぞくぞくと背中が痺れていくような感覚に襲われた。おまけに股間の辺りが熱くなった。
「ほな、決勝で会おな!」
オーカは明るく言い、控室から出ていった。僕は思わずその場にへなへなと座り込んだ。
「何だったんだ今の……」
「……ベール様、もしかして、オーカ様のプロポーズを承諾しようと思ってたんですか?」
座り込む僕を見つめるユーナはさながら般若のような凄まじい形相を浮かべていた。
「ち、ち、違います! そんなわけないじゃないですか!」
「ならどうしてすぐにプロポーズを断らなかったんですか?」
「それは……その……急な出来事で混乱して言葉が出てこなかったんですよ!」
「ふーん……」
「本当ですって! 信じてくださいよ!」
僕は立ち上がり、強く言葉を返した。ここでユーナの疑念を払拭していかないと、大変なことになる気がした。
ユーナは僕の言葉の真意を見定めるように、顎に手を当てて何かを考え込んでいたが、やがてふっと笑みを浮かべた。
「そこまで言うなら、ベール様の言葉を信じることにします。もしその言葉が嘘だった場合、どうなるか分かってますよね?」
「…………」
氷のように冷たい笑みを浮かべながらユーナは言う。背筋に冷たいものを感じ、僕は思わず息を呑んだ。
「さて、我々も会場に向かいましょう」
ユーナはすたすたと歩き出した。女は怖いよ、怒らせたら駄目だよ、と以前母親に言われたのを思い出しながら、僕はユーナの後を追った。




