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第2話:ハグしてください!

「え、何で……? いつもはぽんぽんアイデアが思いつくのに、何で……?」


 僕は呟き、思わず両手で頭を抱えた。


「文才が1/1000になっていることがお分かりいただけましたか?。今のベール様は、呪いによって小説を書く上で求められる全ての能力が弱体化しています。故にアイデアが思い浮かばないというわけです」


 美女はさも当然のように言った。


 そんな。嘘だ。信じられない。信じたくない。しかし、アイデアが思い浮かばないという異常事態が、美女の言葉が真実であることを証明していた。


 陰キャで童貞の僕の唯一の取り柄が小説を書くことなのに。そんな僕の文才が元の1/1000になってるなんて、絶望じゃないか。どういう原理なんだ。そんなの嫌だ、嫌だ、嫌だ……!


 驚きと混乱、悲しみで思わず立ち尽くす僕を美女はじっと見つめていたが、「あ、こんなことしてる場合じゃない! 急がないと!」と突然叫び、呆然とする僕の手をむんずと掴んで勢いよく駆け出した。


「え、ちょ、ちょっと……!」


「王宮に行きますよ、ベール様!」


 美女は明るく言い、さらに何を思ったのか足の回転を速めて走り出した。手を繋いでいる僕も当然走らざるを得ないわけなのだが、家に引きこもってばかりいる僕にとって、突然走るという行為は耐え難いほど苦痛だ。


「あ、あの……ゆっくり……! もっとゆっくり……!」


「何を言ってるんですか! 急がないと駄目なんですよ!」


 美女は僕の言葉を全く聞き入れることなく、むしろ走る速度を速めた。きつすぎる。


 やがて出口のようなものが見え、僕は女性とともに建物の外に出た。目の前に広がっているのは、草原、遠くに見える建物群、そして建物群へと伸びている一本の道。見上げると青い空と白い雲が目に飛び込んでくる。


 加えてなんだか温かい。僕が住んでいた極寒の地域とは大違いだ。


 僕はどこに来てしまったんだろう? 日本のどこか? まさか海外?


「あの……ここは……どこなんですか……?」


「ここはパーブルー国の僻地、エルディリオ地区です! 近くにメルビーの街があるので、そこを通り抜けて王宮に向かいます!」


 息も絶え絶えになりながら声をかけた僕に、美女は言葉を返した。


 ぱーぶるー? えるでぃりお? めるびー? 聞いたことがない。


 あれ? というか、今更だけど僕、死んだよね? どういうこと? ここは天国?


「あれに乗りますよ!」


 混乱する僕をよそに突然美女は足を止め、手を離した。よく分からないが、取り敢えず走る行為から解放された。


「はあ……はあ……はあ……」


 乱れた呼吸を整えるべく僕は息を吸い吐いした。やがて呼吸が整い、美女に視線を向けると、美女は前方を指差していた。釣られて僕は前方に視線を向け、「は……?」と声を漏らした。


 道の脇に生えている大きな木のそばに、一体の動物が佇んでいた。白い馬のように見えるが、よく見ると頭からは角が、背中から翼が生えている。何なんだあれ? まるでファンタジーの世界の中に登場する動物のようだ。


「さあ! ユニサスに乗ってください! さあ!」


 美女は僕を謎の動物の元まで連れて行き、声を張り上げた。


 角と翼が生えている点を除いて、見た目は元いた世界の馬と酷似している。体高は150センチほど、全長は230センチほどだろうか。純白の毛並みがとても美しい。乗馬を想定してか、鎧や鞍のようなものが装着されている。


「な……何ですかこれ……?」


「ユニサスです!」


「ゆにさす……? あ、というかそもそもこの状況は……」


「それは後でゆっくり説明しますから! 早く乗ってください! 早く! 国王様に会わないと駄目なんですってばっ!」


 美女は険しい表情を浮かべて地団駄を踏んでいる。よく分からないがこの謎の動物にはユニサスという名前がついているらしい。


 ユニサスとやらが美女に視線を向けたかと思った次の瞬間、突然しゅるしゅると翼が縮んでいった。どういうことなんだ? 何が起きてるんだ?


 訳が分からないながらも、美女の勢いに押されて僕は鎧に足をかけた。勢いをつけて乗り込み、鞍にまたがる。次いで美女が勢いよく僕の前にまたがると、「お願いします!」と言ってユニサスの皮膚を優しく手で撫でた。すると、ひひん、とユニサスは甲高く鳴き、ものすごいスピードで走り出した。


「は、速っ!! な、何なんですかこれっ!! 速すぎますって!!」


 思わず身を縮こませながら僕は叫んだ。何なんだこの動物は? 体感だが時速70キロは優に超えているだろう。


「振り落とされることは決してないのでご安心を! ユニサスの力が働いてますので!」


 美女が声を張り上げた。何言ってるんだよ、と思いながらヒヤヒヤしていたが、たしかに振り落とされるどころか体のバランスが崩れることは全くなかった。


 謎の動物、ユニサスは僕と女性を乗せ、一本道をとんでもない速さで走っている。視線を横に向けると、どこまでも広がる草原、そしてその奥に聳え立つ山脈群が目に入った。ここはどこなんだろう。というかこの状況は何なんだろう?


「あ、あの、本当に意味が分からないんですけど、今何が起きてるんですか? 貴方は誰なんですか? こ、ここはどこなんですか? 僕の文才が1/1000になったというのはどういう原理なんですか?」


 僕は謎の女性に言葉をぶつけた。とにかく今は情報が欲しい。美女は勢いよく振り返ると、「ごめんなさいっ!」と言って深々と頭を下げた。


「英雄ベール・ジニアス様に突然無礼な態度をとってしまったことをお許しください! 一刻も早く王宮に行きたい気持ちが先走ってしまいました! 本当にごめんなさい!」


「え、いや、そんな……」


 美女にこんなにはっきり謝られたことは初めて故に、どう受け答えをしたらいいのか分からない。


「えっと……僕はただこの状況が飲み込めてないだけで、特に何とも思ってないので……」


「許してくれるんですか?」


 美女は頭を下げ、じっと僕を見つめた。見つめられることに慣れていないのでものすごく恥ずかしい。僕は慌てて視線を逸らした。


「どうして視線を逸らすんですか?」


「いや……別に……あ、さっきから気になってたんですけど、べーる・じにあすって何ですか?」


「貴方の名前ですよ! 貴方はビットをもたらしてパーブルー国を救ってくださる英雄ベール・ジニアス様です! ビットというのは固体、液体、気体と状態が流動的に変化する、生活に不可欠な金色の超万能型資源を指します!」


 美女は嬉しげに言葉を返した。本当に意味が分からない。ヤバそうだからこの人とは関わらないほうがいいかも、と思ったその時、一本道を塞ぐ3人の人間が目に入った。


「あれ……」


「ベール様、どうしましたか?」


「いや、なんか人がいるので……」


 僕は前方を指差した。美女は振り返り、「あれ?」と言って首を捻った。一本道を通せんぼされていては先に進めず、ユニサスは足を止めた。美女はユニサスから降り、釣られて僕も降りた。


 3人は全員男性だった。一様に青い着物のような服を纏っているところは美女と同じだが、髪の色が違う。美女の青い髪の色に対して、3人の内2人は水色、そして残りの1人は紫色だ。さらに3人とも髪の色と瞳の色が一致している。


 そして3人のすぐ近くには3体のユニサスが佇んでいた。僕と美女が乗っていたユニサスとは異なり、体の色は黒だ。


 女性といい、目の前の3人の男性といい、何で髪の色と瞳の色が青系統の色なんだろう? 皆髪を染めていて、カラコンを付けているのだろうか?


 そして3人の男性の内の1人が、一辺30センチほどの白い立方体の物体を両手に持っているのがとても気になる。その物体の表面に、笑顔の黒い絵文字のようなものが浮かんでいるのが尚のこと気になる。何なんだあれは?


「ユーナ様、大丈夫ですか! その男が伝説のベール・ジニアスなんですか!」


 紫色の髪の背の高い男が美女を見て口を開いた。なるほど、どうやらこの美女は、ユーナという名前のようだ。


「えと、貴方たちはどうしてここに……?」


 美女、ではなくユーナは目を丸くしている。どうやら予期せぬ邂逅のようだ。


「ユーナ様が心配で来たんですよ! 祠に何か降臨した気がする、などと言っていきなり職場を飛び出したせいで皆心配してたんですから! 我々が代表して様子を見に来たんです!」


 紫色の髪の男が一歩前に出て叫んだ。


「それは、すいません……第六感が反応したというか、ビビッときたというか、祠で何かが起きたと感じて居ても立っても居られなかったので……」


「我々に心配をかけさせないでください! ユーナ様に何かあったら大変です!」


「それは分かってますけど……でもでも! ほら! 第六感、当たってたじゃないですか! ベール様が降臨してくれたんですよ!」


 ユーナは僕を手で示した。リーダー格の男は俺を一瞥し、「本当にそいつが伝説のベール・ジニアスなんですか?」と言った。訝しげな表情を浮かべている。


「え、ちょ、何で疑うんですか!? だって、あの祠に降臨したんですよ!? 神話通りじゃないですか!」


「圧倒的な文才を持つとされているのがベール・ジニアスですよね? 文階をちゃんと確認したんですか?」


 文才、という言葉に僕の体がぴくっと反応した。


「あ……いや、それは呪いがあって、その……」


 傍のユーナはもごもごと口ごもっている。「というわけで」と男は言葉を続けた。


「今からその男が本当にベール・ジニアスなのかテストをします」


「え、今ここでですか? それは無理です。呪いがありますし……」


「いいや、駄目です! そんなの言い訳になりません! ここでそいつの実力を確かめないと駄目なんです! おい、始めるぞ!」


「よっしゃ!」


 物体を持っていた男が叫び、謎の物体を放り投げた。物体はころころと地面を転がり、やがて静止した。笑顔の絵文字が刻まれている面が俺たちの方を向いている。その絵文字がにょきにょきと動き出したかと思うと、突然明るい声を発した。


「おはようさん! 毎度お馴染み、ジャッジマシンやで! ええ天気やな! ほんなら今日も元気に、テールクショントーリー・コンバトルをやろな!」


 喋った。立方体の謎の物体が、喋った。というか今何て言った? てーるくしょんとーりー・こんばとる? 何じゃそりゃ?


 僕の困惑を感じ取ったのか、ユーナは「これはジャッジマシンですよ」と僕に声をかけた。


「テートルをする上で必ず必要になるマシンです。バトルの司会進行を務め、勝敗のジャッジや文階の認定、記録を行ってくれます」


「せやで! いやあユーナちゃんは今日もむっちゃべっぴんさんやなぁ! 目の保養になるなあ!」


 ジャッジマシンとやらはぴょんぴょんと飛び跳ねている。


 何なんだこれは? 何でこの謎の物体は飛び跳ねて、喋ってるんだ? 何で大阪弁なんだ? というかそもそもテートルって何だ?


「あの……テートルって何ですか?」


「テートルは、テールクショントーリー・コンバトルの略称です。お互いに文才をぶつけ合い、火花を散らし合うバトルです。古の時代から存在し、現在まで受け継がれている由緒正しきバトルになります」


「文才をぶつけ合う……?」


「そうだ! さっさと準備をしろ! お前がベール・ジニアスじゃないことを証明してやる!」


 リーダー格の男は叫び、僕を睨みつけた。


「ですから、ここでテートルは……」


「ユーナ様、ここでこいつが本物のベール・ジニアスか確かめるのが得策だと思いませんか? 偽物を王宮に連れて行ってしまったら大変です。仮に偽物で王国に敵意があるとして、王宮の内部で暴れられた場合、王国は甚大な被害を被るかもしれません。ユーナ様の安全も考えると、ここでテートルを行うべきかと」


「……うう、確かに……本物のベール様かどうかの判別は、いずれやらなければならないこと……ここでやるしかない、か……」


 ユーナはそう呟き、右手で胸を抑えた。頬が赤く染まっているように見えるのは気のせいだろうか?


「ユーナ様、顔が赤くないですか?」


「そりゃ赤くなりますよ! テートルのために、私は今からベール様と、は、ハグをするんですから!」


 …………ハグ?


 僕、リーダー格の男、そして取り巻きの2人の男は一様に目を丸くした。


 ハグって、相手を抱きしめるあれのこと? 急に何を言ってるんだ?


 頬を真っ赤に染めたユーナは混乱する僕に視線を向け、体をもじもじさせた後、意を決したように深呼吸し、叫んだ。


「ベール様! 呪いで弱体化した文才を取り戻すために、わ、私とハグしてくださいっ!」

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