第15話:ハナムージ
「何でこんな裏路地を進まんならんねや」
すーっと地面の上を移動するジャッジマシンが不満を漏らした。
「ベール様が大通りを歩いてしまったら、皆が英雄の登場に驚いて殺到してしまうでしょう。俺とテートルを、いや私と、となるに決まっています。そんなことになったらベール様は困りますよね?」
裏路地をすたすたと進むユーナが僕に声をかけた。ユーナの提案で、大通りではなく裏路地を進んで僕の家に向かっている。
「ああ、まあ、はい」
「そうですよね。大勢の人に囲まれてしまった場合、1回バトルをしただけで終了、とはならないでしょう。ベール様は大事な英雄様なんですから、なるべく負担がかからないようにしないと」
「まあ、たしかにそうやなぁ。ベールはんには他国の代表選手とのバトルでがんがん勝ってもらわんとあかんからな。他の奴らとようさんバトルして疲れてしまって、大事な本番で結果が出せへんなんてまっぴらごめんや」
「そういうことです。もう少しで着きますからね」
人通りの少ない裏路地を進んでいく。稀に人が通りかかった際も、ユーナの指示で顔を隠すことで僕がベール・ジニアスだとバレないようにした。
そうして誰にもバレることなく、僕は家に到着した。
「こちらがベール様の家です。今日からこの家で生活してもらうことになります」
「おお……!」
目の前に聳え立つ家を見て、僕は感嘆の声を漏らした。
三階建てのかなり大きな家だ。壁面の色は鮮やかな青、屋根の色は濃い紫。玄関、複数の窓、そしてベランダらしきものが視界に飛び込んでくる。メルビーの街を通り抜けた時からなんとなく感じていたが、この世界の家は元いた世界の家とかなり外見が似ている。
「豪華な家やなぁ。今日からベールはんはここで生活するんやな。かああ、羨ましい限りやで」
「この国を救ってくださる英雄様なんですから、丁重に扱うのは当然です」
「せやんな。せやったら、ベールはんの家も見られたことやしワテはいぬわ。ほなな、ベールはん、ユーナちゃん、また会おな〜!」
明るい声を発しながらジャッジマシンはどこかへと去って行った。
「では行きましょう。家の中の間取りを含めて色々説明しますので、ついてきてください」
ユーナは懐から鍵を取り出し、ドアの施錠を解除した。線香に似たいい匂いが鼻腔をくすぐる。
「まずはここで靴を脱いでください」
僕は靴を脱ぎ、下駄箱と思わしきところにしまった。そこで僕は今まで自分が青い靴を履いていたことに気付いた。靴がとてもよく足にフィットしていたので、今まで全然意識していなかった。服といい、いつの間にか履いていた靴といい、どこから発生したんだろう。
「これが階段です。2階へ繋がっています。そしてここがリビングです。自由に寛ぐことが出来ます」
玄関から先に進み、ユーナは目の前の階段、そしてリビングを手で示した。リビングには大きなテーブル、2つの椅子。さらにはソファが置かれている。見れば見るほどただの家にしか見えない。ここが異世界だということを忘れそうになってしまう。
「ああ、もう午後5時か……一度職場に戻らないとな……」
壁にかけられている時計らしきものに目を向け、ユーナは呟いた。そういえば、この世界に来てからまだ一度も時計を目にしていない気がする。
家の見た目や内装は元の世界そっくりだから、時計もきっと同じだろう……という僕の予想は見事に裏切られた。青い金属に白の文字、長針と短針で構成されているその時計には、1から14の数字が刻まれていた。
「え!? 14!?」
「どうしましたか?」
「いや、だって、14って書いてあるじゃないですか! この世界は1日28時間ってことですか……?」
ユーナは頷きを返す。「マジか……」と僕は思わず呟いた。
「ベール様が元いた世界は、1日28時間ではないんですか?」
「違います。1日は24時間でした」
「そうなんですね。なら、驚くのも無理はないです。この世界では1日が28時間あるんですよ。そして1年は13ヶ月です。1年の日数はぴったり400日ですね。1月、7月、10月が30日で、それ以外の月は31日あります。合計で400日というわけです」
全く違うわけではなく、微妙に数字が違うから余計にややこしい。慣れるのにしばらく時間がかかりそうだ。
「こちらがトイレです。ビットの力で動きます」
次にユーナに案内されたのはトイレだ。どう見ても普通のトイレにしか見えない。屋根や壁面と違って白いし。
「これは青くないんですね」
「そうですね。何故白いのかは私にもよく分かりません」
「あ、っていうかこの世界にもトイレがあるんですね。ということは、この世界の人も、その、排泄するってことですか?」
「勿論です。食べた分は出す必要がありますからね」
排泄が必要なのか。ますます人間に近い。というか、肌が少し白めなことを除けばユーナはどう見てもめちゃくちゃ美人な日本人だ。気を抜くと蒼龍やユニサスの存在が頭から抜け落ち、本当にここは異世界なのか、とどうしても思ってしまう。
「こちらはお風呂です。浴槽が大きいのでリラックスしていただけると思います。シャワーからは水と温水が出ます。そしてハナムージとドルモンテ、スマリンが常備されてます。次にこちらは……」
「ちょ、ちょっと」
次の説明に移ろうとするユーナを僕は手で制した。
「知らない言葉が聞こえてきたんだけど、詳しく説明してもらえませんか? ハナムージとかドルモンテとか」
「ああ、失礼しました。ハナムージは頭髪や頭皮を洗浄する洗剤です。ドルモンテは体を洗浄する洗剤で、スマリンは髪をケアする化粧品の一種ですね」
ハナムージはシャンプー、ドルモンテはボディソープ、スマリンはリンスか、と僕は理解した。これまたややこしいが、慣れていくしかない。
「説明ありがとうございます、よく分かりました」
「はい、では次です。こちらは台所です。キッチンや電子レンジ、冷蔵庫などが置かれています。1階はこんなところですね。それでは次に2階を案内します」
ユーナの後に続いて、僕は2階に上がった。広々とした空間、机、椅子、ソファ、1つの白いベッド、さらに本棚が目に入る。
「このスペースは、リラックススペースとでもいいましょうか。読書をしたり、執筆をしたり、好きなことが出来る空間です。そしてこちらのベッドで毎晩私と寝ることになります。こちらは書斎です。ここと、あと3階にも書斎があります」
ユーナはすらすらと間取りの説明をしていく。なるほど、かなりよさそうだ。元の世界で一人暮らしをしていた時の家とは広さが段違いなので、これから快適に過ごせそう……って、ちょっと待て。
「え、なんか、毎晩私と寝るって言ってたように聞こえたんですけど、聞き間違いですよね?」
「聞き間違いではありませんよ。ベール様は毎晩、このベッドで私と一緒に寝るんです」




