第13話:テートル、再び
部屋に入ってきたヴァル・オリブラードなる人物は「よろしくお願いします」と言って頭を下げた。
見た目は60代から70代の年老いた女性のように見える。なんとも人が良さそうだ。身長は150センチほどで、リーロよりも少し大きい。腰が少し曲がっていて、青いローブのような服を身に纏っている。
僅かに見える青い髪は全体的に白みがかっていた。年齢を重ねると髪が白くなっていくのは元の世界と共通しているようだ。
「この方が貴方の相手です。今からテートルを行います。司会進行はそのジャッジマシンに行ってもらいます」
イリメはヴァルを手で示しながら言った。
「ワテが司会やな! おっけーやで! ムカついてたけど、バトルの司会が出来るんやったら何でもええで! ワテはテートルを間近で見るのが大好物なんやねん!」
先程までジャッジマシンの表面には怒りの顔文字が浮かんでいたが、今では見慣れたにこにこ笑顔の絵文字になっていた。
「この方は長らくパーブルー王国の代表選手として他国の代表と戦ってきた強者です。現在は現役を退いているものの、文才は一流。舐めてたら痛い目に遭いますよ」
イリメは僕に鋭い視線を向けた。
「え、いや、舐めるというか……本当にテートルをもう一度やらないと駄目なんですか?」
「当然です」
有無を言わさない口調だ。僕は大きく溜め息をついた。ちらっとユーナを見る。ユーナも頬を薄赤く染めてこちらを見つめていた。
「……ベール様、ハグ、しましょうか」
「……そうですね」
先程はあれほど恥ずかしかったのに、今ではすんなりユーナの言葉を受け入れている自分がいる。慣れってすごいんだな、と僕はぼんやり思った。
「お、お〜! そうじゃった、ハグをしないと文才を取り戻せないという呪いじゃったな! 不思議な呪いじゃのう!」
リーロはにこにこと笑っている。先程のブークと違って、呪いについての情報は把握しているようだ。
「いきますよ」
「は、はい」
ユーナは軽く腕を広げ、僕との抱擁に備えた。この上なく恥ずかしいが、こうなったらヤケだ。僕はユーナに歩み寄り、ユーナの体を優しく抱きしめた。
「おお〜! これはこれは! 眼福じゃ! 若さとは素晴らしいものじゃのう!」
「……神話を読んだ時は目を疑いましたが、実際に見せつけられると、色々と思うところはありますね」
リーロとイリメの声が聞こえる。僕だって何が何だか分からないんだよ、と心の中で叫ぶ。
その時、衝撃が僕の体を包み込んだ。頭痛。何かが頭の中に入ってきている不思議な感覚。2回目なので1回目ほどの驚きはない。頭痛、そして頭がぐるぐる回る感覚は5秒ほどで消え失せた。
「ベール様、どうですか?」
「は、はい、多分大丈夫です」
「よかったです、では離れますね」
ユーナはおずおずと僕から体を離した。体をもじもじさせている。超絶美女の恥じらいの表情はなんだか艶かしい。オブラートに包まず言うとエロい。
「それでは始めましょう」
「了解やで! まずはモードを選択してもらおか!」
イリメの声を受けてジャッジマシンは明るく言った。
テーマ有りか、テーマ無しか。どちらでもいいや、と思った僕はヴァルに右手の掌を差し出して見せた。選んでください、という意思表示だ。
「では、テーマ有りモードでお願いします」
「了解やで! 今からテーマを決めるで、いくでいくで〜!」
ヴァルの言葉を受け、ジャッジマシンは立方体の角を視点にしてぐるぐると回り始めた。やがて静止し、「今回のテーマはこれや!」と言い放った。
「水と家族! 今回のテーマは水と家族の2つやで〜!」
水と家族。ジャッジマシンによって無作為に選ばれたテーマについて僕は瞬時に思考を巡らせる。水と家族、水と家族……。うーん、意外と難しい。考えごたえがあるテーマだ。
「次は文字数選択や! 文字数はどないする?」
僕はヴァルに文字数を選択させることにした。「では、15000文字でお願いします」とヴァルは静かに言った。
「おっけー! ほならテーマは水と家族! 文字数は15000文字! 具体的には、14001文字〜15000文字までおっけーやで! 時間は4時間にしよか! テートル開始やで〜!」
開始の合図とばかりに、ジャッジマシンがぴょんと飛び跳ねた。同時にジャッジマシンの表面に時間が表示され、3時間59分59秒、3時間59分58秒、とどんどん時間が減っていく。
僕とヴァルは同時にジャッジマシンに近づき、ペン、大量の紙の束、そしてボードを受け取った。ヴァルは近くの椅子に腰を下ろし、机に紙をセットして早速ペンを走らせ始めた。短い文章、さらに何やら図のようなものを書いている。
いきなり本文を書き始めてないことは一目瞭然だった。どうやらヴァルはブークと異なり、下準備としてまずプロットを作成しているようだ。僕も別の椅子に腰を下ろし、机に紙をセットした。
「さて……どうするか」
右手の拳でぽんぽんと額を叩きながら僕は呟く。まずはアイデア出しだ。アイデアの断片を繋ぎ合わせ、プロットを作成する必要がある。
「水と家族……うーん……」
水の魔法、という言葉がぱっと頭に浮かんだ。続いて、火の魔法と水の魔法の対比、火の魔法が使える両親と水の魔法を使う子供、というアイデアが頭に浮かぶ。よしよし、いい感じだ。文才を取り戻している。いや、そもそも呪いがどうとか信じきっているわけじゃないけど。
魔法が使える世界で、火の魔法を使う両親の間に生まれた水の魔法を使う子供。アイデアとしては悪くない。そのテーマを踏まえてどうすれば物語として成立する? 敵を登場させるか? いや、そういう物語にはならないだろう。それに文字数は15000文字。沢山の要素を詰め込む余裕はない。
僕は思考を巡らせ、30分かけてプロットを作成した。そして残りの3時間半で小説を書き上げた。様子を観察していた限り、ヴァルも同じような時間配分でプロットを作成し、小説を書いていたように見える。
僕とヴァルはジャッジマンに原稿を提出した。「原稿の提出おおきに!」とジャッジマンは嬉しそうに言った。
「今からワテがジャッジするから、ちょう待っとってな! それぞれが提出してくれた原稿をコピーして吐き出すさかいに、お互いがどんな小説を書いたのか読み比べてみてや!」
前回のバトルと全く同じ流れだ。僕はジャッジマンが吐き出した紙の束を受け取り、ヴァルが書いた小説に目を通してみた。
「なるほど……」
「ベール様、どうですか? ヴァルさんの書いた小説は面白いですか?」
ヴァルの原稿にじっくりと目を通す僕に、ユーナが声をかけてきた。
「面白いです。先程の方の小説とはクオリティが全然違いますね」
「そうですよね。私はヴァルさんの書いた小説を過去に何回か読んだことがあるんですが、とても面白い小説を書く方だなと思った記憶があります。私にも読ませてください」
「あ、はい……」
ユーナは別の椅子を持ってきて、俺のすぐ隣に椅子を置いた。失礼します、と言ってユーナは俺に寄り添うようにくっつき、ヴァルの原稿に目を通し始めた。相変わらず距離が近い。童貞をそんなにドキドキさせて何が楽しいんだろうか?
ユーナはうんうんと頷きながら原稿を読んでいる。頷くたびにユーナの青い髪が微かにふんわりと揺れていた。
ヴァルの書いた小説は、荒廃した世界で水を求めて彷徨う家族を描いた、少々悲哀的な物語だった。4人の家族はひたすら水を求めて歩き、ようやく水を探し当てるも、探し当てた水の量はごく僅か。しかし4人は心優しいので、皆「自分は飲まなくていいから他の人が飲んで」と譲り合う。そんな中、突然神様が現れ、そこから急展開になっていく……。
ヴァルの小説のストーリーはこんな感じだった。面白かった。水と家族というテーマを最大限活用していた。
しかし、完璧かと言われれば決してそんなことはない。オチのつけ方が少々強引に感じたし、登場人物の会話のテンポが悪かった。
一方僕が書いた小説は、魔法を題材にした小説だ。
その世界では魔法が存在しており、全ての人間が何かしらの魔法を使える。主人公は強力な火の魔法を有する両親の間に生まれた。両親はとても強力な火の魔法を使える優秀な人間として崇められており、生まれてくる主人公も両親と同様に強力な火の魔法を有していると考えられていた。
しかし、予想に反して主人公が使えるのは水の魔法だった。低級の魔法と揶揄されることも多い水の魔法を使う主人公に、父親は落胆してぞんざいに扱うようになる。そんな父親と対照的に母親は愛をもって主人公に接する。自分の魔法が低級だと自覚してもがむしゃらに、ひたむきに努力する主人公を見て父親は少しずつ態度を変えていき、やがて家族の絆が深まっていく……。
とまあ、こんな感じだ。そこそこいい小説が書けたと思っている。
「お待たせ! ジャッジが終わってん! 結果発表の時間やで!」
ジャッジマシンがぴょんぴょんと飛び跳ねた。僕とユーナ、ヴァル、さらにローリとイリメがジャッジマシンに近づいて結果を待つ。
「いくで〜! まずはヴァル・オリブラードはん! 総合評価は81点やで! なかなかよかったやん〜!」
「ありがとうございます」
結果を聞いたヴァルは深々と頭を下げた。
「次にベール・ジニアスはん! ……な、な、なんと! 総合評価は100点! また100点や! さすがは伝説の英雄やな! 勝者はベール・ジニアスはん! 文階が12617から63上がって12680になるで〜!」
「100点!?」
「12680……? そんな……」
「嘘……」
ローリ、イリメ、ヴァルが一様に驚愕の表情を浮かべた。
「100点!? 12680!? なんじゃと!? おいジャッジマシン、それは本当なのか!?」
ユーロはジャッジマシンに歩み寄り、ジャッジマシンを両手でがしっと掴んでぶんぶんと振った。
「あばばばば! ちょ、国王様! ワテをぶんぶん振るんはやめてえな! 酔ぉてまうで!」
「100点なんて前代未聞じゃ! この国の現役の代表選手でさえ90点に到達することは滅多にないのに! 本当に100点なのか!? そして12680とは一体何じゃ!? 信じられんぞ!」




