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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第三章──三者三様③

 ちょうどその頃、リンデベルン傭兵団隊長クリスティアン・シャールは自室でタイプを叩いていた。

 ブラインドタッチでキーを叩き、報告書が書き上がっていく。

 印字される紙を死んだ魚のような目で見つめつつ、シャールはキーを叩き続ける。その時、扉を叩く音がした。


「誰だ?」

 扉に声をかけると、ノックの音と共に聞き慣れた声が扉の向こうから響いた。

「いるんだろ、シャール少佐。開けてくれ」

「鍵は開いている。入ってくれ」


 応じるや、酒瓶とトレイを掲げたイエンヌ・ペーターセン少佐が入ってきた。

 シャールはあからさまに顔をしかめたが、拒むことなく彼を通した。

「夜なべして報告書の仕上げかい、シャール」

 応じつつペーターセンはトレイを机に置いた。


 ウィスキーの瓶と氷の入ったグラスが二つ収まっていた。

「そろそろ切り上げて、一杯やらないか」

「そんな暇はないんだが……」

 応じつつ、シャールは目の前のタイプライターをウンザリしたように見て、蓋を閉じた。

「そうこなくちゃな。今日はいろいろと済まなかった。そのお詫びだ」


 ペーターセンはウィスキーの栓を開け、グラスに液体を注いだ。

 椅子を机の側に寄せ、自分の分も注ぎ、乾杯した。

 一杯飲み干した所でシャールが口を開く。

「今日のお前は無茶が過ぎたぞ。彩夏を勝手にそっちのドラゴンに乗せるわ、いきなり実戦に投入するわ、やることがムチャクチャだ」


「そう怒るなよ。あの時はドラゴンナイトが負傷して危機だったんだ。そこに代わりが現れたとなったら、強攻策もやむを得ないだろう」

「精神転移して来たのが中世期の人間だったらどうするつもりだった? 言葉は訛りの酷さからろくに通じず、ドラゴンとドラゴンナイトをそれぞれ喪うところだった」

 ペーターセンは二杯目のウィスキーをグラスに注ぎつつ乾いた声で言った。


「俺も切羽詰まっていたんだよ。幸い、賭けはうまく行った。三分とかからずゲルマニアの戦闘機隊一個中隊が全滅したんだ。向こうも明日はこちらに仕掛けて来ないだろう」

「あるいは倍する部隊で再空襲を仕掛けてくるか。この基地が陥落すれば、オールボー飛行場を脅かす脅威が完全に排除され、敵軍はノルウェー攻略により多くのリソースを回せる」


「ああ……あちらさんも必死だ。半日で陥落すると思っていたデンマークが三週間も粘っているんだからな」

 手酌でグラスにウィスキーを注ぎつつ、シャールは告げた。

「デンマーク軍としては、どの辺が引き時と思っているんだ、ペーターセン?」


「ゲルマニア軍の主力は主にノルウェー王国に向けられている。デンマークに攻めて来たゲルマニアの師団は歩兵二個師団と自動車化歩兵一個旅団、国土の大半は奴らの手に落ちたが、このイースコゥ基地だけは屈服せず戦い続けている。ここを制圧するには、航空撃滅戦を勝ち抜くか、不意を突いて空挺団を降下させるくらいしか手がない。すなわち……」


「制空権」

 シャールの言葉にペーターセンはうなずいた。

「全てはその言葉に還元される。それから言えば、最低でも一週間は継戦可能だ」

「ゲルマニアがノルウェーに回していたドラゴンをこちらに投じたら、その計算は成り立たないぞ」


「判っている。だが、ゲルマニアにとってはノルウエー占領の方が明らかにデンマークより重要だ。なにしろナルビクの鉄鉱石が絡んでいるからな」

 ノルウェーは人口二九〇万、国土の大半を山岳地帯が占める国だが、隣国スウェーデンから産出される鉄鉱石の存在がその安全を脅かしていた。


 スウェーデン北部にあるキルナとイエリヴァレの鉱山は年間一五二〇万トンの良質な鉄鉱石が産出され、うち九〇〇万トンがゲルマニアに輸出されていた。

 この輸送ルートにノルウェー領ナルヴィクの港が使われるが、特に冬場は重要性が増した。

 他の港が氷結して使えなくなるのに対し、暖流が流れこむナルヴィクでは一年を通し安定した輸送が可能なのだ。


 この点に目をつけたブリタニア海軍大臣ウィンストン・チャーチルは中立宣言するノルウェーを無視しイギリスの支配下とする決定を下した。

 それを知ったヒトラーもゲルマニア軍に命じ、保護占領──ブリタニアの占領からデンマーク・ノルウェーを守るという口実──による侵攻を決め、ここに争奪戦が始まり、現在に至っている。


 ペーターセンは、空になったグラスにウィスキーを注ぎつつ続けた。

「まあ、ゲルマニア軍の狙いは、あくまでノルウェーに対する航空優勢だろうけどな。そのための中継点として、ユトランド半島の北にあるオールボーの飛行場を確保……航続距離の短いBf109を以てノルウェーを叩くには、オールボーの空港こそ戦略的に重要なんだ」


「ある意味、この基地は封鎖でいいとも言えるな」

「そうだ。こちらから手を出さず、オールボーに向かうBf109の群れを無視出来るのなら、戦いにはならない」

「そうもいかんのが戦争だ。デンマーク政府は今、どこにいるんだ?」

「ゲルマニア軍の攻撃を避けつつ、国内各所に分散している」


「国王陛下も?」

「王族も連日国内移動の連続だそうだ。少なくともコペンハーゲンにいない事は確かだろうな」

 シャールはため息をついた。

 現実問題として、デンマークの戦争は終わりつつある。

 オールボーは占領され、ゲルマニアはこの空港を拠点にノルウェーに対する戦力投射を続けている。


 今、この基地──フェン島イースコゥ基地が果たしている役割は、ノルウェー戦力投射に対する嫌がらせが中心なのだ。

「彩夏を、明日からどう使うつもりだ?」


「まずはスピットファイアを使った空戦訓練だ。ドラゴンナイトの特性から戦闘機の操縦法はインプットされているが、今のままじゃ新兵が飛ぶのと大差ない。傭兵団のBf109を使い、敵機相手に本格的な空戦をやり、一から鍛え直すつもりだ」

「その間に敵が来たらどうする?」

「むろん、ドラゴンに融合、戦ってもらう。戦力を無駄に余らせる余裕はない」


「遊撃隊の編成はどうするつもりだ? 今は確か……」

「クラウスの班が遊撃に出ている。仮に鳥飼理人が使い物になるなら、遊撃班に組みこむ予定だ」

「貧乏暇なしだな」

「新人には茨の道、鉄は熱いうちに打てだ。ところで……」

 ペーターセンは二杯目のウィスキーを飲み干した後、訊ねた。


「今後は黒田彩夏の事をどう呼ぶ? 黒田彩夏か、それとも精神転移した鳥飼理人か?」

「明日にでも本人に尋ねるさ。どのみち、数日経てば日本から黒田彩夏の家族が来る。その時にどうなるか、詰めることになろう」

「数日とは随分素早いな。黒田彩夏の実家は、それだけ力のある家なのか?」


「日本でも著名な軍人家系の系譜らしい。ゲルマニアで言うマンシュタイン等、著名軍人の家系と似たようなものさ」

「そいつは見ものだな。上書きされた彩夏を見てどう反応するか」

「違いない。というわけで、俺はもう寝るぞ。今日は疲れる一日だったからな」

「そうだな。お開きにしよう」


 ふらりと立ち上がったペーターセンは、微かによろけた。机に身体をぶつけ、ポケットから何かがこぼれ落ちる。

「おっと……」

 シャールが途中でそれを受け止め、一瞥した。


 札入れだった。

 パスケースの写真にシャールが気付き、微かに相好を崩した。

 穏やかな顔立ちの女性と子どもの写真が入っていた。ペーターセンに札入れを返しつつ、シャールは応じた。


「妻君と子どもかい?」

「妻のヘレナに息子のエミール、今年で七歳だ」

「一番可愛い盛りだな」

「ああ……でも、今は膠原病で臥せっているんだ」

「膠原病?」


「原因不明の発熱、激しい関節痛が特徴の重い病さ」

「心配だな。治せる見こみはあるのかい?」

「医者は何とかなると言っているが……ともあれ、開戦からこっちは基地に缶詰だ。息子に会う暇もないのが恨めしい」


「祖国の危機だからな。我々は軍人の務めを果たさねばならない」

「ああ……よく判ってるよ。じゃあ……また明日」

「お休み、少佐」

 扉の閉じる音を聞きつつ、明かりを消したシャールは備え付けのベッドに身を横たえた。

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