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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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エピローグ

 一九四〇年五月一二日。

 ゲルマニア軍によるノルウェー/デンマーク侵攻から約一ヶ月後。

 デンマーク国王フレデリック九世は空路にて、ノルウェー国王ホーコン七世は海路を用い、共に無事ブリタニア連合王国への亡命を果たしていた。


 一方、デンマーク、ノルウェー両王国はそれぞれゲルマニア軍に占領され、現在は厳しい軍政下に置かれている。

「というバッドな事はさておき……」


 広大な面積を誇るリンデベルン王国ゼーレン基地では、グッタリとした彩夏を他所に赤毛の大男が相好を崩していた。

「何はともあれ最初の任務で生還おめでとうというわけだ、黒田彩夏」

 大男はリンデベルン傭兵軍整備部門チーフのパブロ・ツマーだ。


 傭兵航空隊全体の整備を司る彼の整備工房は広大な広さを有し、羽田空港の整備部門をしのぐ規模を誇っている。

 笑いかけるツマーの前に彩夏が用いたスピットファイアマークⅤが鎮座していた。


「それにしても初陣で随分使い倒したな。エンジンは新品に取っ替えた方が早いほど酷使、二〇ミリ機銃の方は銃身交換が必要、付与魔法が施された装甲板は全数交換、防弾付与風防もそっくり交換が必要だ。どれだけ戦えば数度の出撃でこうなるのか、呆れるほどだぞ」

「そりゃ激戦でしたからね。ラニウスと融合してBf109を五一機撃墜しましたから」


「ああ。交戦記録装置の映像は俺も確認した。あれだけ動けるなら言う事無しだ。あとはやっておくから妹の店で飯でも食ってけ」

 俺は肩をすくめた。

「食欲ないんですけどね」


「パイロットは食えるときに食っておかんと死ぬぞ。一度の空戦で民間人より何倍もカロリー、糖質、タンパク質を使うんだ。空戦中にばてて動けなくなったらその時が最後だ」

「判りました。あとはラニウスのメンテですが……」

 ゾマーは肩をすくめ、言った。


「そっちはハイブリットラボ回しでC整備の増量中だ。四日は軽くかかるから覚悟しておけとさ」

「なぜです? 前回のC整備では……」


「今回は全身に火焔を浴びたからな。敵ドラゴンから火焔を浴びると外皮も含めて一部がずる剥けになるんだ。そっちの保守をやりつつ、金属と生体の融合を整備するんだから、あっちのやる事は俺にも判らん。さあ、妹のところで飯でも食ってこい。ここに居ても当面は何も出ないぞ」


 事務的に言いたい事を言ったゾマーチーフはつなぎに上着を引っかけ、奧へ引っこんでいった。

 俺はため息と共に言われた通りの事をやる事にした。身分証を示し基地の衛門を出、在日米軍基地で言えば横田基地に隣する街並み、福生を軽くしのぐラグナウの街を歩き、パイロットたちの常連食堂兼飲み屋、みつばち広間の扉を開いた。


 香ばしい香りと共に肉の焼ける匂いが鼻腔一杯に広がり、縮み上がった胃袋を刺激する。

「いらっしゃい」

 女将のシュラバ・ツマーが歓待すると同時に相好を崩す。

「と、誰かと思ったら国王陛下脱出の仕掛け人、Bf109五一機撃墜のエースじゃないか」


 女将さんの声が響くと共に店内がドッと沸き上がる。

 誰もが俺の名を呼び、新人エースの誕生だと囃し立てる。彼らは屈託のない笑みで俺を迎え、称え、最後に頭領格のベテランが音頭を取った。

「新たな撃墜王誕生を祝し、乾杯!」


 彼らはショットグラスになみなみと注がれたブランデーを一気に飲み干し、次々と床に叩きつけた。硝子の割れる音が店内に響き、下戸にとっては鼻をつくアルコールの臭いがどっと広がる。

 唖然とする俺にシュラバ・ツマーは複雑な笑みを浮かべた。

「全員、二杯目まではあんたの奢りだよ。三杯目からはおのおの勝手にやるから放っておきなさい」


「でも、俺まだ未成年ですよ。それでも支払うんですか?」

「仕方ないさ。未成年でいきなり撃墜王になっちまったんだから、これも人生と思って諦めるんだね」

 俺は再び肩をすくめた。


 下士官や初級士官にとってはこうやって飲み干す酒こそ、日々の苦しいストレスを解消する瞬間である事を、取材や書籍で知っていた。中・上級士官も酒は飲むが悪酔いするまで飲む事は少ない。

 既に軽く酔ったパイロットたちとハイタッチを決めつつ、俺は女将に昼ランチのお薦めを頼んだ。なぜかカウンターではなく長い席に通され、水差し一つとコップが四つ出て来る。


「あれ? 今日は俺、一人だよ」

 女将さんにそう言うと彼女はニコリと笑った。

「いいや。いいんだよ、これで……ホラ、お客さんだ」

 俺はツマー女将の視線の先を見送った。するとそこには──。


 先頭を進むのは車椅子のニールスだった。

 それを押して進むのが姉のノア。

 最後に軽い笑みと共にクレアがそれに続く。


 真っ先にテーブルに着いたニールスに、女将が水差しからコップに水を注ぐ。ニールスは水を飲みつつ俺に向け言った。

「いやあ、まいっちゃったよ、彩夏」

「なにが? それより一体どうなっている。なぜここに居る?」


 そうだ。全てが予定通りなら今ごろニールスは得意の地政学・戦略学を生かし、ブリタニア政府首脳や軍の高官たちと激しいディベートを繰り広げているはずなのだ。

 それがなぜ、リンデベルンにいる?


 カップの水を飲み干したニールスはブリタニアの首脳たちがどれほど頑迷で柔軟性がなく、頭が固いかを批判し始めた。


「……と言うわけで、ブリタニアに僕が居ても見こみはないよ。Ph.D.──博士号を持っていても子どもだからと馬鹿にして文字通りの馬耳東風さ。特に首相のウィンストン・チャーチルと来たら最悪だったね。だからさっさと飯の不味いブリタニアを引き払って、リンデベルンに来た。そういうわけさ、彩夏」

「そういうわけって……ノア、姉としてお前はそれでいいのか?」


 カップの水を飲みつつ、ノアは肩をすくめた。

「この子の能力を発揮できない国なんて、幾ら滞在許可があってもこっちからお断りだわ。だからこれでいいの」

「肝心の国王陛下はどう仰っている? ブリタニアとの外交関係を考えれば……」


「その辺は簡単に話がついたわ。むしろニールスの力を活用しないブリタニアに心底お冠で、喜んでリンデベルンに送り出してくれたわ」

「なんとまあ……最後になるけど、クレアはいつこの話を……」


「二時間前よ。ノアのエリキウスで二人揃ってリンデベルンに来るって……本当に誰よりも驚いたわよ」

「というわけだい。事情が別ったのなら料理を出すよ。四人ともお薦め昼ランチでいいんだね」

「はい」

「それで結構です」


「あいよ」

 ツマー女将が注文票に記入する中、ため息と共に俺は尋ね返した。

「なあ、ニールス? 傭兵だらけの航空団で、お前はこれからなにをするつもりだい?」


「リンデベルンはゲルマニア、フランス、イタリアに近い上、山道が多く侵攻には不向きな土地だ。ゲルマニアがリンデベルンに外貨を払えぬ隙を利用して、可能な限りゲルマニアのヨーロッパ侵攻を食い止める。それにはまず……」

 ニールスは年甲斐もない不敵な笑みを浮かべた。


「制空権が鍵を握る。そして制空権を握るのが彩夏の操るドラゴンたち、すなわちパンツァードラゴンなのさ」

「なるほど……ドラゴンの活用でゲルマニア軍を食い止めるってわけか」


「それだけじゃない。外貨の流入、両替を含め、ゲルマニアとリンデベルンはただならぬ関係だ。僕はそれを用いて、ゲルマニアの侵攻作戦を頓挫させてやろうと考えている」

「なるほど……確かにこれなら、お前はブリタニアよりリンデベルンがお似合いだな」

 俺はそう応じつつ、心の中で微かな震えを感じていた。


 俺が持つ第二次大戦の知識、それにパンツァードラゴンとニールスの知謀。それらが組み合わさり、如何なる大戦が展開されるのか。

 その未来を決めるのは、他ならぬこの四人にかかかっていることに、俺はめまいにも似た戦慄を感じた。

 今は一九四〇年五月一二日。


 デンマーク攻略が丸一ヶ月遅れたヨーロッパは、史実で既に始まっている対フランス戦を未だ迎えずにいる。

 本当の大激戦の幕上けはまさにこれからなのだ。

                               (つづく)

というわけで小説で言えば一巻はここで終わりです。

右手が痛むのと資料読みの関係から、二巻の掲載は四月一日(水曜日)からとなります。

それでは暫し間を置きますが、また御会いしましょう。読んで戴いてありがとうございます。

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