第九章──裏切りの青い空⑥
数秒の間を置き、俺は無線を切り替えた。
「シャール少佐、どう判断します? 撃墜しろと言われたら二〇ミリですぐやれます。一斉射撃ですから骨も残りません。爆裂します」
「彩夏少尉、こいつはデンマーク空軍内のゴタゴタだ。ペーターセン少佐、君は同じく祖国を裏切った部下を伴い、イースコウ基地に戻れ」
「なんだと?」
驚きの声を発するペーターセンにシャール少佐は続けた。
「国王脱出後、イースコウ基地は進駐したゲルマニア軍に無条件降伏する。君たち二人は以後ゲルマニア軍の指示を受け、その後の人生を過ごせ」
「生き恥を曝して生きろ、ということか」
「考え方を変えてみろ。連合軍がヨーロッパからゲルマニア軍を叩き出すまで、敢えて協力者の振りをし、雌伏の日々を過ごす……そういう道も残っているはずだ。彩夏は少佐に、何か言う事はあるか?」
「国王暗殺は無事阻止され、一緒に搭乗していた仲間や友人も無事です。あなたに恨みはありませんよ」
「そうか……本当に済まなかった。あらためて謝罪する、黒田彩夏少尉。クレア中尉にも迷惑をかけた。ではな」
俺たちに謝罪をしたペーターセン少佐のBf109二機編隊は照準環から外れ、去っていった。
やや、間を置いてシャール少佐の声が無線に響く。
「ブリタニアに亡命する国王専用機、並びにその護衛を務めるスピットファイアの諸君には予想外の結果になったが……まもなくブリタニアとの国境だ。あと一〇分も飛べば、完全武装のスピットファイア二個中隊が君たちの護衛に現れる。ブリタニア亡命後にも祖国奪還の希望を絶やさず頑張ってくれ」
シャール少佐の無線に同意と歓呼の声が一斉に湧いた。国王専用機でも歓呼が続いているだろう。
やや間を置き、ノアのエリキウスから無線が入った。
「ということで、あと一〇分でお別れね。クレア、それに彩夏」
若干憂鬱を帯びたその声に俺は逢えて快活な声で応じた。
「別に今生の別れってわけじゃない。ブリタニア軍の義勇航空隊に入れば、デンマーク国籍をつけたままドラゴンで戦える。ゲルマニアドラゴンと共同で戦うことだってあるだろう」
「確率は低いでしょうけどね。ノア、彩夏、短い間だったけど、充実した戦いの日々を過ごせたわ。二人とも、ありがとう。そして、元気で」
「そうしんみりすることもない。俺たちは傭兵だ。基本的に連合軍の立場で戦う事が多いだろう」
「なぜ?」
「詳しくはニールスに聞けばいい。と言うより、どうせ最後なんだ。ニールスを無線に出してくれよ」
「判ったわ。急いで引張ってくる」
少しの時間を置き、ニールスの明るい声が無線に響いた。
「無事か、ニールス?」
「二〇ミリを喰らったけど付与魔法装甲で無事だったよ。それよりリンデベルンの傭兵隊が連合軍寄りで戦う理由の説明だったね。彩夏、一言で言えば何だと思う?」
「金だろう。基本的にゲルマニアには外貨がない。これまで侵略したチェコスロバキアやポーランドの国庫から収奪した外貨とゴールド──黄金以外、他国に対し払える外貨がないんだ」
「そう。その通り。だからこそ、ポーランド戦ではクレアただ一人を試験的に雇うのがやっとだったし、リンデベルンがゲルマニアの侵略を受けないのも、国内や海外から収奪した金銀をリンデフランの外貨に還元するため……」
「リンデベルンの国庫が必要だから、だな」
「そういうことだから、このヨーロッパで一番安全なのは案外リンデベルンかもしれないね。彩夏もクレアも、連合軍の傭兵として僕らに力を貸して欲しいんだ」
「そうなることを信じているよ、ニールス」
「僕は確信しているよ。きっと近い未来、彩夏たちと再開する未来が訪れるって」
「そうだな。それじゃ、二人とも元気で。ノア、ニールス」
「二人ともまた会いましょう、それまで元気で」
クレアの最後の言葉に、ノアのエリキウスは大きなバンクを取り、夕空の中に消えていった。
デンマーク空軍の残存スピットファイア群がそれに続く。
無言で見送った俺を他所にクレアのシュトルヒが小さなバンクをした。
「これで二人だけになったわね、彩夏」
「ああ……それじゃ俺たちも……」
「帰りましょう、リンデベルン、ゼーレン基地に」
こうして俺たち二人のドラゴンは飛翔した。
ゲルマニア軍に対する対デンマーク攻防戦はここに一つの終焉を迎え、どこまでも続く真蒼が俺たちの旅路を見送るパノラマになった。




