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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第二章──遭遇①


 前言撤回。

 こんな出会いは最悪だ。

 包帯巻いた美少女に胸ぐらを掴まれ、罵倒されるのは御免だ。最悪の出会い方だろう。

「私のエリキウスを勝手に持ち出して、どういうつもり!」

 エリキウス? ドラゴンの名前か。

 何語から取った名前だろう?


 思いつつ、俺は彼女の手を振り払いつつ応じた。

「俺だって一種の被害者だよ。ストッシャーからいきなり強引に乗せられたんだ」

「あり得ない。何の訓練も調整もなくドラゴンに乗って、初陣でメッサーシュミット一二機撃墜なんて……いったいいつからエリキウスと訓練していたの?」

「だから、誤解だ! 俺は強引に乗せられただけで、何の訓練もしちゃいない!」


「嘘つき。傭兵無勢が偉そうに!」

 激しくにらみ合う俺たちの間にその時割りこんだのは少女の声だ。フルートの音色を思わせる奇麗な声が割って入った。

「姉さん、もう止めて」

 視線を向けると、車椅子に乗った美少女が俺たち二人の間に割って入った。喧嘩腰だった美少女が瞬き、当惑の声を発する。

「ニールス、どうして?」


「その人は悪くないよ。一部始終を僕は見ていたんだ」

 今度は俺が瞬く番だった。

 車椅子の少女も金髪碧眼、整った顔立ちで身長は俺より二回り小さい。小柄な身体に碧を基調にしたパジャマがよく似合っていた。短く切りそろえられた髪型、切れ長で二重の瞳がとても美しい。まさに……ああ、この二人は姉妹なんだと気がつく。

 俺の胸ぐらを掴んだのが姉、車椅子の子が恐らく妹だ。


 でも、なんで一人称が『僕』なんだ? どう見ても女の子でしょこの子。

 同時に違和感が判る。外国語なのに、細かな言葉のニュアンスが判る。

 なぜだ?

 俺は姉とおぼしき長髪金髪少女に尋ねた。 

「あれ? 俺、今、デンマーク語を話しているわけ?」

 彼女は訝しげな目で俺を見た。


「気がつかなかったの? 流ちょうではないけど基本は押さえた話し方をしているわ。むしろ、日本人がデンマーク語を話せる方がおかしいわ」

「そういうものか」

「デンマーク語は発音が難しいの。デンマーク人の大半はブリタニア語も話せるから、発音と語彙がよりはっきりするそっちに切り替えるわ。ニールスは私の弟よ。私たちは姉弟(siblings)なのよ」

 姉弟。

 姉と妹か。


 うーむ。

「悪いが、姉妹にしか見えない」

 つい先刻まで喧嘩腰だった姉の態度が変わった。

 軽いため息と共に頭を振り、乾いた声を返す。

「間違えられるのは慣れているわ」

 ともあれ、姉側の怒りは一段落ついたらしい。俺は車椅子弟に尋ねた。


「一部始終を見ていたと言ったけど、こんなところで君はなにをしていたんだ?」

 俺の問いかけに少年は苦笑を返した。

「士官たちへのレクチャーに呼ばれていたんだよ。僕はデンマーク軍で教えているから」

「なに? 学者さんなわけ?」

 途端に姉が得意げな顔つきになった。


「そうよ。ニールスはこう見えて一四歳でPh.D.──博士号を取得しているのよ。凄いでしょう」

「へえ。何の博士号を得てるんだい?」

 俺に問われた少年は車椅子越しに笑みを浮かべた。

「えっと……知ってるかな。実は地政学なんだ」

「地政学だって?」

 俺はさすがに驚いた。

 一九四〇年の異世界で、地政学を少年が軍に教えているだって?


「その反応は……地政学を知ってるの?」

 少年の問いに俺は肩をすくめた。

「少しはね。地政学ってのは、その国が置かれた地理的条件──場所や地形によって、その国の抱える問題点や将来を読み解く、一種の方法論のことだよな」

 少年の眼が驚きに見開かれた。

「正解です。いったいどこからその知識を?」

「日本でも地政学は勉強されている。こっちの知識なんてただの受け売りだよ」


 二一世紀の日本で地政学は今や大流行の学問だ。

 猫も杓子も『地政学』と銘打てば本が売れる状態で、中には地政学と何の関係もない内容の本に地政学とつけて本を売る出版社も出て来る有様。

 地政学の概略は少年に対し語ったとおりで、とにかく地理が大切な学問だ。

 基本は「国土の地理によって国家の性格が形成される」という部分で、歴史や民族はあまり関係ない。時代を超えて、地理が国家の成り立ち、方針、時には国民性まで左右する。それを論理と実証により可視化した点が画期的なのだ。


「そういう君は、なんでデンマークで地政学を?」

 俺の質問に少年は肩をすくめた。

「そりゃあ……隣国がゲルマニアだからですよ。大国に隣接する小国──自国の運命がどうなるか、考え始めたら止まらなくなって、地政学を勉強したら国から認められた、そんな感じです」

「地政学は、一国の運命を超え、地域一帯の運命を考察するものになるからな。だからデンマークで地政学か。そういや、お前たちの名前は?」

 姉が胸を反らした。


「私はノア・ニールセン。デンマーク空軍少尉」

「確かニールセンってデンマークじゃポピュラーな苗字なんだろ。日本で言えば佐藤花子さんとかそんな感じか。弟さんはニールスだから、ニールス・ニールセンか」

「そうです。よろしく、彩夏さん」

 そう言ってぺこりと頭を下げるニールスを眺めつつ、俺は心の中でため息をついた。

 佐藤花子に佐藤太郎。普通の苗字に宿った二つの異能。姉はドラゴンナイト。弟は地政学を学び、軍で講演をする存在。確かに普通じゃない。


 俺の反応を見て誤解したのか、姉のノアが唇を尖らせた。

「あなた、失礼ね。デンマークを代表する作曲家の苗字もニールセンよ。意義ある苗字なのよ」

「それは悪かった」

「判ればよろしい」

 互いに最初の出会いより遙かに落ち着いた態度になったノアに俺は微かに微笑んだ。

 こうして見ると、やはり奇麗な娘だ。


 その姿で戦場に赴き、負傷し、頭に包帯を巻いている現実に違和感を覚えるのは、俺が二一世紀の平和な日本から精神転移してきたからだろう。

 この世界では恐らくこれが日常だ。

 その時、はたとブザー音が鳴った。天井につけられた小型スピーカーから意味ある音声が流れる。

「友軍ドラゴン一機、本基地に向け接近中。所属、リンデベルン傭兵軍。リンデベルンの負傷兵は後送準備に入れ」


 たちまち基地が慌ただしさを増した。

 各所の扉が開けられ、身体に包帯を巻かれた負傷兵や、担架で移動する兵隊たちが次々と姿を現す。俺はノア・ニールセンに訊ねた。

「リンデベルンからドラゴンって、どういうことだ?」

「この基地にいるドラゴンは、私が乗るエリキウスだけよ。あなたが乗る分のドラゴンを傭兵団が送ってよこしたということよ」


「負傷者の後送と言ってるけどあれは?」

「ドラゴンと融合できるのは戦闘機だけじゃないのよ。恐らく今回は輸送機と融合、帰りは輸送機で負傷者を本国に連れ帰るつもりね」

「そんなやり方が……」

「見れば判るわ。ついて来なさい」

 そう言って彼女は弟を乗せた車椅子を押しつつ一方に進み始めた。慌てて俺もその後を追う。


 開け放たれた扉を出た俺たちは空を見上げた。

 陽は没しつつあり、穏やかな夕暮が空一面に広がっていた。

 それを背に一頭のドラゴンが悠然と飛んでいた。高度は一〇〇〇メートルもないだろう。

 それを指さしつつ、ノア・ニールセンの美声が響く。

「あれね。滑走路へのアプローチラインが近いから、まもなく融合を解除するはずよ」


 それを合図のようにドラゴンの姿が一瞬かき消える。瞬くと、まるでワイヤーフレームで描かれたようにドラゴンと……それに重なる輸送機のフレームが見えた。

 それは初期のワイヤーフレーム、枠線だけで描かれたCGそっくりだった。

 ドラゴンの首の付け根に輸送機の機首が重なり、それをワイヤーフレームで描かれたドラゴンが追い抜いていく。

「融合を解除して分離……まもなく双方とも実体化するわ」


 ノアの声を合図のようにドラゴン、輸送機がそれぞれ姿を現した。

 機体を微かに傾け、ドラゴンの尾をやり過ごした輸送機──形状から見てアメリカ製のDC3双発輸送機らしい──が、旋回を始める。

 分離し、無人となったドラゴンも同様に旋回を始める中、双発輸送機が旋回を終え、フラップを下ろし、着陸態勢に入る。

 鮮やかにタッチダウンを決めた輸送機はブレーキをかけつつこちらに向かってきた。


 それから間を置かず、無人のドラゴンが滑走路上空を滑るように飛び、翼をいきなり傾けた。飛行機の着陸から見れば信じられない短距離で着陸を決める。

 唖然と見上げる俺を他所にDC3輸送機の後部ドアが開かれ、中からパイロットが降りてきた。

 飛行帽を被ったパイロットは小柄だった。帽子からはみ出る栗色の長髪を見て微かな違和感を覚える。

 こちらに近づいて来るパイロットを見つめるノアの双眸が微かに緩んだ。


「クレア、元気そうね」

「ええ。ノア、あなたも……それにニールスも二週間ぶりくらいかな」

 パイロットの声を聞いた俺は微かに肩をすくめた。

 小柄なのも当然だ。

 ドラゴンとの融合を解除した輸送機パイロットは少女だった。

 クレアと呼ばれる栗色の瞳を持つ目の前の少女もノアに負けず劣らず美しかった。

 俺が出会ったドラゴンナイトは今のところ女性ばかり、いずれも優れた容姿を持つのは何か関連があるのだろうか。


 クレアは俺を一瞥した後、敬礼と共に身を正した。

「リンデベルン傭兵団空軍中尉クレア・クラインです。あなたが噂の精神転移体、黒田彩夏さんですね」

「そうだ。俺のことがもう伝わっているのか?」

「暗号電でたちまち伝わりました。そこでドラゴンを輸送機こみでデンマークに一頭送る命令が出て、私がラニウスを飛ばしてきたのです」

「ラニウス?」

「ドラゴンの名前です。ラテン語で『もず』を意味します」


 俺はノアたちを見回し、疑問を口にした。

「なあ。ドラゴンって、一頭一頭名前がついているのか?」

 クラインは軽く肩をすくめた。

「国や部隊によりけりですね。番号管理もあれば、うちやデンマーク空軍みたいに名前をつけて管理しているところも。様々です」

 話している間に整備兵たちがDC3を取り巻き、給油その他の準備を始めていた。


 傭兵団の将校とおぼしき男が近づき、敬礼と答礼が反復される。

「ご苦労、クライン中尉。輸送機に対する給油が終わり次第、負傷者を乗せ本国に戻ってもらうことになるが、構わないか?」

「元よりそのつもりです」

「よろしい。出発は一時間後だ。それまで休んでくれ」

「ありがとうございます」


 応対を終える少女にノアが微笑んだ。

「立ち話もなんだから、食堂に行きましょう。コーヒーくらいなら基地でも出せるわ」

「ありがとう、ノア」

 ノア・ニールセンにそう応じたクレア・クラインは俺を見て微笑む。

「あなたとも少しお話したいわ、黒田彩夏さん。構わないかしら?」

「わかった。こちらからも質問があるが、構わないか?」


「もちろん」

 そう応じた彼女は開け放たれた扉に向け進み始めた。どうやら勝手知ったる他人の家らしい。この基地のあらましを知らないのは恐らく俺だけなのだろう。俺は彼女たちの後を追いかけ、歩き始めた。


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