第九章──裏切りの青い空②
シートに身体が押しつけられ、速度計の針が見る間に最大値めがけ振れていく。
六三〇キロ……六五〇キロ……六七〇キロ。
ブザー音が鳴った。ヘッド・アップ・ディスプレイに小さな輝点が浮かんだ瞬間、クレアの声が響く。
「タリホー、ターゲット! 彩夏!」
「見えた! 正対戦だ!」
一瞬のうちに五円玉程度の大きさに拡大した敵ドラゴンの姿がはっきり見える。同時にセレクターの赤ランプが点滅、火焔放射の射程内だ。
俺はセレクターを瞬時に切り替えた。
ヘッド・アップ・ディスプレイが青く輝き、敵ドラゴンに△のマークが重なる。ブザー音が響くと同時に俺は発射ボタンを押した。
次の瞬間、轟音と共に視野が赤く染まる。
咆哮と共に赤い焔が敵ドラゴンに向かう。
一瞬の動きだった。赤い焔を間一髪躱した敵ドラゴンの顎門から赤い火焔が吹き出す。
反射的にラダーを踏みこんだ。コクピットすれすれを火焔が通り過ぎ、敵ドラゴンの姿が一挙に拡大した。
主翼に刻まれた鉄十字の国籍マーク。短い尾っぽに刻まれたゲルマニアの国旗、ハーケンクロイツ。
これが敵。
ゲルマニアドラゴンだ。
瞬きする間もなく敵ドラゴンとすれ違う。それを左に高速旋回しつつ追尾する。その時、彩夏の心の声が入った。
(理人、忘れるな。敵の狙いはあくまで国王専用機──ノアが飛ばすエリキウスだぞ)
「判ってる」
俺はスロットルを全開にし敵ドラゴンとの距離を詰める。同時に再びヘッド・アップ・ディスプレイが青く輝き、俺は発射ボタンを押した。
轟音と共に顎門から火焔が噴出する。
一瞬で敵ドラゴンがバンクを取った。
左に旋回して回避しようとする。この攻撃は直撃ではない。あくまで牽制だ。敵ドラゴンの照準線をノアのエリキウスから外すための牽制攻撃。
本命は──。
俺は敵ドラゴンのバンクに追従しつつセレクターを切り替えた。ブザー音が鳴り、照準環が敵ドラゴンの機首部を捉える。
俺は素早く操縦桿の発射ボタンを押した。
轟音と共にイスパノリンデ製二〇ミリ機銃が発砲を開始する。
徹甲弾、炸裂弾、曳光弾、焼夷徹甲弾の組み合わせで毎分六〇〇発、四門の二〇ミリ機銃が火を噴く。
次の瞬間、敵の防護シールドが作動する。
シールドに跳ね返された機銃弾が次々と炸裂し、弾着位置を中心に敵ドラゴンが発光する。オレンジ色の発光に続いて、敵ドラゴンの機首が微かに震える。
一対一の割合で混在している付与魔法弾が敵ドラゴンのシールドを貫通した? その時、彩夏の心の声が響いた。
(理人、致命傷じゃない。あいつはまだ生きている)
『了解、彩夏』
返事と同時にスロットルを限界まで開いた。
速度計の針が瞬時に右にぶれ、七四〇キロを超える。
セレクターを切り替え、武装を再び火焔モードにした刹那、ヘッド・アップ・ディスプレイが青く輝き、ブザー音が鳴る。
照準器の△がはっきり敵ドラゴンの機首部を捉え、俺は発射ボタンを押した。
轟音と共に深紅の火焔が敵ドラゴンを捉える。
一秒、二秒、三秒……敵の魔法シールドと火焔が綱引きをやっているのが判る。
不意に敵ドラゴンの胴体が膨れあがった。
シールドを示す立体的な魔方陣と記号が空中で激しく発光、次の瞬間大爆発が起きた。
炎の塊が乱舞し、バラバラになった破片がこちらの機体を掠め、ラニウスの咆哮が周囲を圧する。
撃墜だ。敵ドラゴンをやった。
俺は今、確実に自分の意志で人を殺した。
いや。違う。
国王専用機──ノアが飛ばすエリキウスを護った結果だ。
敵ドラゴンの撃墜はその過程に過ぎない。アドレナリンで脳が焼けるようだ。
激しい高揚に押しつぶされる罪悪感、自己弁護、これまで得て判った戦場の知識、戦う兵士たちが抱える心の傷。
俺──鳥飼理人の頭の中でコンクリートミキサーが唸り、叫んだ。
「うおおおおおおおおおおっ!」
(やったな、理人)
彩夏の心の声に続き、間髪を入れずクレアの無線が入る。
「やったのね、彩夏。こちらは苦戦中、援護して!」
「了解!」
応じた俺は周囲を見回した。彩夏の心の声が響く。
(見つけた。一〇時方向、数百メートル下だ!)
言われるがまま視線を向けると敵ドラゴンとクレアのドラゴン──シュトルヒが戦っていた。
互いに高速旋回を続けつつ敵機の後ろを取ろうとドッグファイトを演じていた。
クレアの無線通り、彼女は追い詰められていた。
あと三秒もすれば敵ドラゴンはクレアのシュトルヒを射程圏に納めるだろう。
操縦桿を目一杯倒しつつ俺は無線に叫んだ。
「クレア、三秒後に右旋回しろ」
「了解」
「三」
一九四〇年代照準器に敵ドラゴンの姿が飛びこんで来る。
「二」
照準環がクレアのシュトルヒと重なった。
「一」
次の瞬間、クレア機が右に急旋回した。
追尾するゲルマニアドラゴンが一瞬クレア機を見失うのが判る。同時に照準環が敵ドラゴンの胴体を捉える。
俺はためらわず発射ボタンを押した。ラニウスに装備されたイスパノリンデ二〇ミリ機銃が轟音と共に一斉発射を開始する。
橙色の炎が閃き、オレンジ色の曳光弾が真蒼を突き抜け、敵ドラゴンの未来位置に向かう。
その位置は──。
首の付け根付近だ。
ノアから教わったコクピット融合位置。
そこへ機銃弾──付与魔法が刻まれた強化弾を集中的に叩き込めば、敵ドラゴンのコクピットを撃ち抜ける。
直撃ヶ所で敵魔法シールドと付与魔法弾の攻防が続く。魔方陣のホログラムが浮かび、緑色から次第にオレンジ色に変わっていく。
敵シールドがブレた。付与魔法弾が貫通した瞬間だ。
被弾と同時に敵ドラゴンは右に横滑りを始めた。
恐らくコクピットではゲルマニア人ドラゴンナイトが必死の力でラダーペダルを蹴り飛ばしているのだろう。俺は敵ドラゴンを追尾しつつ操縦桿の引き金を引き続けた。
二秒、三秒、四秒……次の瞬間、敵ドラゴンの首の付け根が爆ぜた。
鱗ともジュラルミンともつかぬ異物を撒き散らし、半横転して急降下を始める。
恐らく強化弾が敵コクピットを貫通した。負傷したドラゴンナイトが操縦桿を倒し、墜落を始める。その刹那、彩夏の心の声が響く。
(理人、油断するな。やられたと見せかけその場を離脱する戦術は戦闘機戦でも珍しくない。対ドラゴン戦も基本はレシプロ空中戦と同じだ)
「了解」
口頭で応じた俺はスロットルを緩め、敵降下速度に合わせ、セレクターを切り替えた。ヘッド・アップ・ディスプレイが青く輝き、火焔発射モードに移行、ブザー音が鳴り響く。
俺は発射ボタンを押した。
一瞬のうちに赤輝した火焔が敵ドラゴンの首の付け根を包み、轟音と共に爆発する。
瞬きする間に敵ドラゴンは空中分解し、バラバラになって堕ちていった。
(撃墜確実だ。いいぞ、理人。僚機に報告しろ)
「了解。彩夏よりクレア、ノア機へ。敵ドラゴン二頭を撃墜した。繰り返す、二頭を撃墜した」
「こちらノア、了解」
「クレア、了解。助かったわ、彩夏」
『理人、上昇してノア機の近くに戻れ。かなりの高度を喪ったぞ』
「了解」
応じつつ、俺はスロットルを開きラニウスを上昇させた。その刹那、シャール少佐からの無線が入る。
「こちらシャール第一編隊、まもなく敵機群と交戦する。彩夏、援護を頼めるか?」
「やれます。クレア機はそのままノア機を護衛してくれ。俺独りで行く」
「了解」
上昇しつつ上下左右を見回すと、三時の方角に大編隊が見えた。
右手が味方のスピットファイア、左手がゲルマニア軍のBf109だ。
共に四〇機、いや、ゲルマニア軍は六〇機を超す数で編隊を組んでいる。
僅かな間を置いて二つの編隊が一斉に分散した。
基本は二機──ロッテでペアを組みつつ空戦が始まる。先頭を飛ぶのはどらちも指揮官機だろうか?
上下左右に分散しつつ互いに相手の機動を読み、先読みをして自機を優位な位置に持っていこうと死力を尽くしている。
俺は右旋回をかけつつ上昇した。
レシプロ機では追従不可能な高速を以て敵先頭編隊のすき間を抜け、半横転をかける。
コクピットの視野にあっという間に敵戦闘機Bf109が飛びこんできた。
距離は二〇〇メートル。照準環に機体を捉えた瞬間、俺は機銃の発射ボタンを押した。
轟音と共に四門の機銃が火を噴き、曳光弾の群れが敵機を包む。
二〇ミリが数発以上命中した刹那、敵戦闘機が爆ぜた。
右主翼が吹き飛び、胴体が千切れ、次の瞬間空中分解する。
そのまま加速を続けた俺は照準環に再び敵機を捉えた。今度も相手はBf109、先に墜とした敵機とロッテを組んでいた奴だ。
再び機銃の発砲音が激しく響く。
敵機との距離はさらに狭まり一〇〇メートルを切っていた。曳光弾の束が真蒼を切り裂き、弾着した……と思った瞬間、敵機はバラバラになって吹き飛んでいた。
わずか五秒の間にBf109を二機撃墜した俺はスロットルを僅かに緩め、敵編隊の真ん中に飛びこんでいた。
Bf109がざっと見て七機はいる。
それぞれロッテを組んで一〇時に展開する友軍機、スピットファイアマークⅤに襲いかかろうとしている。スピットの数は六機。高度差はBf109が若干有利。
このままでは二対一の不利で結構な損害が出る。
俺の頭の中では最初のドラゴンファイトの折、ノアからレクチャーを受けた攻撃法が浮かんでいた。
──火焔モードに繰り替え、ファイアブラスト、と唱えると照準機構が自動的に攻撃可能な敵を捉え、ロックオンする。




