第九章──裏切りの青い空①
間を置かずスピーカーが意味ある音声を発した。
「国王専用機を視認した。手空きの者は滑走路の先端を見ろ」
周囲の整備兵たちが動いた。パイロットたちも我先と滑走路に飛び出て、一方を見る。
微かな爆音と共に編隊が近づいていた。
護衛のスピットファイアが取り巻く中、双発輸送機のDC3が近づいてくる。
編隊が散開し、DC3が先頭になった。フラップを降ろしつつ高度を落とし、アプローチラインに乗った。そのまま鮮やかに着陸する。
様子を見届けた護衛機たちも次々と降りてくる。
燃料補給車が発進し、護衛機に対する給油の準備に入った。
国王専用機のプロペラが止まり、ハッチドアが開いた。護衛兵とおぼしき数名が滑走路に降り、周囲を警戒する中、軍服を纏った偉丈夫が姿を現す。
身長は二メートル近く、ガッチリとした肩幅を持つその人は……俺の記憶が正しければ──。
「国王陛下だ」
整備兵のつぶやきに俺は心の中で同意した。
デンマーク国王クリスチャン一〇世は、身長が二メートル近い大男だったと文献で読んだことがある。
「道を空けろ。国王陛下のお成りである」
一方から聞き覚えのある声が響き、整備兵たちが振り返る。
ペーターセン少佐が基地司令を伴い、専用機に向かっていた。その後ろには、飛行服に着替え終えたノアと車椅子のニールスが付いている。
瞬く間に道が開き、多くの整備兵とパイロットが見守る中、ペーターセンたちが国王陛下の元に集う。
五〇メートル以上離れているので会話の内容は聞き取れないが、国王陛下と基地司令が握手を交わし、続いてペーターセン少佐がノアとニールスを国王陛下に紹介する様が繰り広げられた。
一寸の間を置き、車椅子のニールスがそのままハッチドアに消える。ノアがそれに続き、国王陛下が専用機に座乗され、護衛兵たちが続いた。
ハッチドアが閉じられるや、ペーターセン少佐の声が周囲を圧する。
「全戦闘機に達する。これより護衛任務を開始する。離陸開始!」
その声を合図にパイロットたちが動いた。それぞれ自分の愛機に乗り込み、次々とエンジンが始動される。
「彩夏、私たちも行くわよ」
クレアの声に我に返った俺は頷いた。自分の愛機の元にとって返すと、愛機に乗り込み、エンジンを始動する。
整備兵が車輪止めを外すと機体は前進を始める。
バックミラーに目を留めた俺は微かに眉をひそめた。敵戦闘機──Bf109が滑走している。
後ろを振り向くと間違いなくBf109だ。
ただし国籍マークは円形紋章──赤丸に小さな白丸を組み合わせたデンマーク空軍のそれだ。
俺の視線に気付いたのか、Bf109が加速して並んだ。相手のコクピットを見た俺は思わず瞬いた。
ペーターセン少佐が座っていた。敵戦闘機に少佐が乗っている。俺は思わず無線を開いた。
「少佐、その機体で出撃ですか?」
間髪入れず少佐からの応答が入る。
「余った機体がこれしかなかったんだ。鹵獲品だが充分戦える」
「一機だけですか?」
「いや。俺も含めて三機がBf109だ」
「下手をすると友軍に誤射されますよ。味方に墜とされたらどうするんです?」
「その時はそれまでの運命だ。敵機を狙うときは国籍マークに気をつけろ」
「判りました」
無線を切りつつ俺は微かに肩をすくめた。
納得ずくで使うのならまあいいか。腕の方はどうなんだろう。デスクワーク中心だから鈍っているのでは……考えてもしかたがない。
『離陸するぞ、彩夏。サポート頼む』
(任しておけ。気がついた事があれば知らせる)
『よろしく』
彩夏のサポート宣言に若干安堵しつつ、俺は静かに操縦桿を引いた。
ふわりと機体が浮き上がり、スピットファイアは滑走路を離陸した。スロットルを開きつつ俺は無線を入れた。
「クレア、どこにいる? 離陸したか」
「今、離陸した。あなたは?」
「こっちも上がったばかりだ。ドラゴンとの融合があるから、方位と高度を変えよう。方位二一四、高度七〇〇でどうだ?」
「了解。方位二一四、高度七〇〇に針路を取る」
クレアの返答を聞きつつ俺は方位を変えた。緩やかなバンクを取りつつ方位二一四に針路を取る。
高度を上げつつ周囲を見回すと単機で飛ぶスピットファイアを見つけた。俺はバンクしつつスピットに近づき、無線を入れた。
「こちら彩夏。クレアか?」
「ええ。あっさりと見つけるなんてさすがね」
「周囲に味方もいないし、とっとと融合しよう」
「了解」
「聞き忘れていたが、クレアのドラゴン、名前は何て言うんだ?」
「シュトルヒ。ゲルマニア語でコウノトリの意味よ」
「了解。俺のドラゴンはラニウス、ラテン語でもずだ」
それから俺たちはドラゴンと空中融合するべく間隔を取った。「ラニウス・カム・ヒア」と、召喚呪文を唱え、水平飛行を維持する。クレアも同様に召喚呪文を唱えているのが雰囲気で伝わる。
三〇秒とかからず、前方にドラゴンが現れた。ラニウスの姿だ。
視線をクレア機の前方に注ぐと、こちらと同様、一頭のドラゴンが姿を現していた。
俺は自分のドラゴン──ラニウスに視線を転じると「融合、開始」と呟いた。
同時にスロットルを僅かに開き、スピットファイアを加速させる。
増速に伴い、ドラゴンの背中が見る間に拡大した。
次の瞬間、視野が歪み、コクピット全体を透明な粘液が突き抜ける。何度こなしても慣れない感覚だがそれも場数を踏めば自然とこなせるようになるのだろう。
身体の表面を粘液が流れる感覚と同時に視界が拓け、コクピットを中心に三六〇度の視界が広まった。空中浮遊を実践しているような不思議な感覚だ。
「融合成功ね、彩夏」
「クレアも成功だね。あとは……」
「国王専用機にノアのエリキウスが……いたわ」
「どこ?」
「一〇時の方向。距離は……」
「およそ三〇〇〇だな。合流しよう、クレア」
「了解」
返答と同時にクレアのドラゴン──シュトルヒが速度、高度を上げていく。
羽ばたきはほとんどない。
こうして見るとやはり地球の生き物ではない。速度計の針は四〇〇キロを超えているが、地球で四〇〇キロ/時を出す鳥は急降下中のハヤブサだけだ。
水平飛行では一部のツバメが二〇〇キロ近い速さで飛ぶらしいが、こちらは既に四三〇キロを超えている。
思案する間に無線が音声を発した。
「ノア、聞こえる? クレアよ」
「聞こえるわ。どこ?」
「そちらから見て四時の方向、彩夏のラニウスも一緒よ」
「了解。三機で編隊を組むわ。先頭は私のエリキウス、左右をどうするかは任せるわ」
「左は私、彩夏は右について。いい?」
「了解した」
俺はクレアの指示に従いつつ操縦桿を動かした。
ノア機の右側につき、距離をおよそ五〇メートルに保つ。クレアもノア機の左側についたようだ。
再び無線が入る。今度は編隊長のシャール少佐だ。
「全機へ通達。国王専用機を中心に編隊を組む。ドラゴン三頭は既に編隊を組んでいる。我々普通の戦闘機はその周りを取り囲み、前進する。各員、決められたフォーメーションに従い、編隊を組め」
少佐の声を合図に全戦闘機が一斉に機動を開始した。デンマーク空軍のスピットファイアマークⅤ型がそれぞれ四機編隊を組み、分散する。
その数は四〇機を超えるだろう。その外周をリンデベルンの傭兵団の機体、スヒットファイアからメッサーシュミットBf109に至る複数が二機編隊──ロッテを組んで増速する。
こうして七〇機以上の戦闘機が国王専用機の護衛についた。あとは敵機──ゲルマニア空軍のBf109がいつ現れ、仕掛けてくるかだ。
俺は周囲を見回した。
蒼穹が広がり、天候は快晴だ。俺は心の中で彩夏に話しかけた。
『彩夏、現状に問題はないか。何か気がついたことは?』
(今のところはノー・プロブレム、問題なしだ。これだけの護衛機を突破して国王機を狙うにはゲルマニア空軍も骨が折れるぞ)
その時、無線が入った。
「全機へ。こちら地上管制、コースト・ウォッチャーズ──友軍沿岸監視員から報告多数。方位二一七に向け多数のゲルマニア機が進行中。距離約四〇キロ。そちらから見て八時の方向だ。警戒しろ」
間髪を入れずシャール少佐の声が無線に響く。
「地上管制、敵機の数は判るか?」
「概算で七〇機は軽く超えている。ドラゴンも二頭確認。ドラゴンの速度は六〇〇キロ以上」
「了解。全機へ。最初の一撃が終われば乱戦になる。クレア、彩夏は先行して敵ドラゴンの侵攻を阻め。余裕があるならBf109も墜としてくれ」
「こちらクレア、了解」
「こちら彩夏、了解」
続いてクレアからの無線が入る。
「彩夏、方位二一七へ。全速で飛ばします。接敵次第ただちに攻撃します。全速開始」
「了解」
応じつつ俺はラニウスのスロットルを前に押し、全開にした。




