□第八章──決心と覚悟②
「待てよ。ノアが融合するのは戦闘力がないDC3だけど、外観からそれが判ることはあるのか?」
「ないわ。融合した後は普通のドラゴンだから……そうか、ゲルマニアから見たらこちらのドラゴンはあくまで三頭なんだわ」
「戦いが始まればいずれバレることだが、最初のうちは二対三だ。敵が戸惑っている間にスピードに乗れば、戦かわずして戦場を離脱できるかも知れない。ノア、DC3と融合したドラゴンの最大速度は判るか?」
「試したことはないけど、六〇〇キロを超えるはずよ」
「ゲルマニアに限らず、ドラゴンの最大速度はどれくらいなんだ?」
「短時間なら七〇〇キロ。普通に戦うときは六三〇キロ前後ね」
「ということは、最大速度で飛べば簡単には邀撃できない。中国の兵法に『三六計逃げるが勝ち』という言葉があるが、その実践だな」
俺の言葉にニールスもうなずき、応じた。
「孫子の兵法だね。確かに有効かも知れない」
「敵が後ろからくるならかなり有効だろう」
「前から来たらどうなるのかな?」
「その時も全速機動で立ち向かうしかないだろう。すれ違ったこちらを追撃するのは容易じゃないはずだ。あとは、敵ドラゴンをノアの機体に接近させないよう、あらゆる機動を以て立ち向かう」
「戦端が開かれたら臨機応変に立ち向かう。それしかないんだろうなあ」
ニールスの言葉が会議の結論になったその時、時計の針が午後九時を指し、小さな鐘の音が基地内に響き渡った。
「少し早いけど就寝時刻よ。就寝時もペアは崩さない命令が出ているから、彩夏とニールスは同じ部屋ね」
「わかった。車椅子の介助はどうすればいい? それと、俺の部屋は二階だぞ」
車椅子の介助は段差や高低差があると危険が伴う。
数十キロ、場合によっては一〇〇キログラムを超える車椅子を安全に上げ下げしなければならないからだ。不安が顔に出ていたのか、ノアが微笑んだ。
「大丈夫。面倒な部分はニールスがやるから。やれるわね、ニールス?」
「もちろん」
「そうか。じゃあ、ここで解散だな」
そう言って俺たちは立ち上がった。ノアはクレアを伴い食堂を出て、俺たち男子ペアも後を追った。
「明日の起床時刻は五時。いつもより一時間早いから気をつけて」
「了解」
男女区画の境目で声をかけるノアに俺はうなずき、ニールスの車椅子を押した。廊下を進んで二分とかからず、肝心の階段が姿を現す。
「さて。階段を車椅子でどうクリアするんだ、ニールス?」
「それはね……」
彼は微かに悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
次の瞬間、ニールスが座る車椅子が緑色の光に輝き始める。
瞬く間もなかった。ニールスを乗せた車椅子がふわりと浮き上がり、階段をするすると昇っていく。
慌てて後を追い、俺は階段を駆け上がった。
「どういうことなんだ?」
二階の廊下で追いついた俺はニールスに訊ねる。
「車椅子に魔石を組みこんであるんだ。だから短時間なら空中を飛ぶ事ができるんだよ」
「そういう仕掛けか……」
考えれば、魔法やドラゴンが出て来る世界だ。魔石の類は戦闘機に搭載される機関銃弾や防御装甲にも応用がなされている。
「それでも魔力は無限じゃない。魔石の残量に気をつけないと途中で落っこちて大惨事になるね」
「無駄遣いは出来ないか」
「魔石の値段も安くないからね」
俺は後ろからニールスの車椅子を押しつつ訊ねた。
「その……足の障害はどれほどなんだ? ベッドに俺が運んだ方がいいのかな?」
「一人でベッドまでいけるから大丈夫だよ」
車椅子が俺の部屋の前についた。
俺は鍵でドアを開けつつ、室内灯のスイッチを入れる。その間にニールスは車椅子を部屋に入れた。
俺の部屋はベッドが二つ、小さな机が一つあるだけの質素な内装だった。
「ベッドは好きな方を使ってくれ」
「ありがとう、彩夏」
応じつつニールスは車椅子を手前のベッドの奥にいれ、器用に身体をベッドに滑りこませた。
「さしつかなければ教えて欲しいんだが、足がそうなったのはいつからなんだ?」
「三歳の時、魔力障害にかかって、それからずっとさ。障害が主にあるのは足だね。感覚はある。手は動かせるし、上半身も普通に動くから、ベッドに移動するのも難しくないんだ」
「なるほど。問題があるのは足だけなのか」
「そう。普段は椅子に座っているのが一番楽だね。足が全く動かないわけじゃない。動かしにくいんだ。足が硬くて動かしにくいという感じで、曲げたり伸ばしたりはできる。ただし、直立には立てない。だから移動は車椅子がメイン。松葉杖を使えば立てるけど、移動は大変……といったところかな。それよりは、家の中に限っての話だけど、主に壁を伝って歩くのが基本だよ。あとは四つん這いで移動する。やってみようか?」
「いや。せっかく休めるんだからそれには及ばないよ」
俺はニールスの説明に軽い蟇目を覚えつつやんわりと応じた。ニールスは目を閉じ先を続けた。
「寝るときは、膝を曲げたまま寝るのが一番楽だね。足首は内股気味かな」
「いろいろ大変なんだな」
「それでも車椅子と魔石が使えるだけ、今は本当に楽だよ。階段の上り下りも一人でできるし、その気になれば車椅子は時速二〇キロで走れる」
「魔石って凄いんだな。どれくらい持つんだ?」
『魔石一個で一週間は大丈夫だね」
聞いているうちに俺は現代の電動車椅子を思い出した。
リチウムバッテリーとモーターで動く車椅子が、この世界では魔石の力で同等以上のものが出来上がっている。特に階段の上り下りが出来るのは現代より遙かに有利だ。
「足がそうなったのは魔力障害と言っていたけど、ニールスも魔法を使えるのか?」
「ちょっとした先読みが出来るのが能力と言えば、能力かな」
「先読み?」
「短ければ数日、長いと三ヶ月くらい先に起こることが、何となくわかるんだ。それと地政学を組み合わせると戦略的な眼で世界を見る事が出来る」
「なるほど……軍はそのことを……」
「当然知ってるさ。そうでなければ、戦略会議の席上に一四歳の僕が呼ばれるはずもない。これまでの実績があるから、一ヶ月交戦して降伏の流れが決まったんだ」
「凄い力だな。使いようによってはドラゴンナイトより何倍もの力を発揮することになる」
「むろん欠点もあって、的中率は六割位なんだ。特に三ヶ月先になると的中率が下がるから要注意だね」
「それでも六割の確率で先が判るなら、とんでもない力だぞ」
「だから僕の先読み能力は国家機密なのさ。この基地で知っているのは姉さんと彩夏の二人だけだよ」
俺は思わず瞬いた。
「いいのか? そんな重要な事を俺なんかに……」
「彩夏は特別だよ。上手く言えないけど、隠し立てせずに話した方がいいと感じるんだ」
「それも、能力の一部なのかい?」
「かもしれない。彩夏には嘘をつくな。僕の心の奥底がそう囁くんだ」
「うまく言えないが、信頼してくれてありがとう」
応じつつ、俺は柱時計に目を走らせた。話に夢中になっているうち一時間近く立っていた。ニールスも気がついたようで、軽く肩をすくめ、応じた。
「そろそろ寝る時間だね」
「そうだな」
俺は手元のランプのスイッチに手をかけつつ、ニールスに言った。
「おやすみ、ニールス」
「おやすみ、彩夏」
ニールスの返事と共に俺はスイッチを切り、消灯した。基地の外を照らす僅かな光が窓から微かに射すが、すぐに眠気が押し寄せてくる。
俺は目を閉じた。




