第八章──決心と覚悟①
俺は思わず瞬いた。
格納庫には基地の全隊員が集められ、整列していた。ざっと見て五百名はいる。
飛行士、整備兵から警衛、管制官まで含め、三直で回す事を考えればこれでも少ない方だろう。
壇上には恰幅が良く髭を蓄えた空軍大佐がマイクで簡潔な演説を始めていた。
後ろにイエンヌ・ペーターセン少佐と副官のアンネ・アヌセン大尉が控えている中、基地司令は続けた。
「……諸君、厳しい戦局が続いている。端的に話そう。我々は開戦から約一ヶ月ゲルマニア軍と戦い、勇戦奮闘した。それは事実だ。が、諸君も薄々察するように、戦い続ける事に限界が訪れつつある。よって、我が祖国、デンマーク王国政府は明日、五月一〇日一三時を以て、ゲルマニア第三帝国に全面降伏する」
一瞬、大きなざわめきが格納庫内を満たす。それが静まる間、基地司令は沈黙を保った。
格納庫に静粛が訪れる中、基地司令は先を続けた。
「なお、明日早朝、本基地に国王陛下一行が座乗する特別機が飛来、本基地で給油を受けた後、ドラゴンと融合、ブリタニアに向け亡命されることが決まった」
そこでひと息ついた司令は、淡々と次を続けた。
「よって、我々の任務は、国王座乗ドラゴンをブリタニア領空まで守り、亡命を実現することにある。これが、デンマーク空軍が実施する最後の任務となろう。なお、任務完了まで外出は禁止、電話、無線の類は封鎖、基地内の移動は二人一組で行う事を厳と為せ。これは国王陛下一行の安全を守るための保安措置である。以上だ」
基地司令が演説を終えた後、副官のアヌセン大尉が名簿を手に説明を始めた。
内容は主にシフト組み合わせの順番に関することで、隊員たちは顔を見合わせてはペアを組み、次第に離散していった。
「明日の午後、戦争が終わるのね」
うなだれたノアが呟くのを俺は見つめた。
祖国の敗戦。
国力から見ればいつか必ず訪れる、いわゆる予定調和の敗戦ではあるが、実際に突きつけられるとそれは茫然とするだろう。
「ニールスは、知っていたの?」
ノアの声にニールスは微かに首をすくめ、頷いた。
「最高機密だから、今まで言えなかったんだ。ごめんよ」
「あなたが謝る事ではないわ。上から口止めされていたなら、従うしかないのが私たちの立場よ」
「その辺をわきまえているなら、明日の任務も任せられるな」
不意に声が響き、俺たちは振り向いた。
ペーターセン少佐が渋面を浮かべ立っていた。
「明日の任務?」
ノアの声に少佐は肩をすくめた。
「ノア、お前は明日、国王陛下が座乗するドラゴンのパイロットに任命された」
ノアの顔つきがさっと変わった。
「私が?」
「そうだ。君はそのままブリタニアに亡命、国王陛下専属パイロットとして陛下を補佐して欲しい。既に聞き及んでいるだろうが、君の弟のニールスも専用機に同乗する。二人揃ってブリタニアで暮らしてくれ」
「それは……身に余る光栄です。しかし……」
「しかし、は、必要ない。与えられた栄誉を受け、全力で任務を完遂してくれたらそれでいい。亡命後はドラゴンナイトとしてブリタニア空軍の一翼を担い、祖国解放のその日まで戦ってくれたらいいのだ」
「それで本当に良いのでしょうか?」
「敗北した小国が取れる道は限られる。今はデンマークからブリタニアへの亡命こそ唯一の路だ」
「はい、少佐」
「明日の出発は何時ですか?」
俺の質問にペーターセン少佐は一瞬ためらったが応じてくれた。
「〇九〇〇だ。一時間強のフライトでブリタニアの護衛機と接触、そこからは彼らが護衛する手はずになっている」
「明日は総掛かりの出撃ですね」
「デンマーク空軍にとって絶対に成功させなければならない護衛任務だ。君たち傭兵にも万全を期した出撃を期待する」
「一介のドラゴンナイトが言うにはおこがましいセリフですが、全力を尽くします」
「期待しているぞ、彩夏」
微かな渋面のままそう応じたペーターセン少佐は、踵を返し去っていった。
その背を見送りつつ、ノアがそっとため息をついた。憂色が浮かぶ相貌はある意味美しかった。滅び行く祖国の、最後の重大任務に指名された心境とはいかなるものだろう……俺はなにも言えずにノアの白皙からそっと視線を逸らした。
以後は淡々と進んだ。
基地にいる全隊員が二人一組で行動し、互いを監視し合う……ある種の気まずさと緊張感が漂う状態のまま時が流れる。
ゲルマニア側の空襲がないまま夕刻を迎え、一七〇〇を回ったところで国旗が降納された。
俺はニールスの車椅子を後ろから押しつつ、食堂に向かった。食欲はなかったが明日は出撃だ。飲まず食わずで空戦が出来るほど世の中は甘くない。
幸い、ノアとクレアも同じシフトなのか同じテーブルを囲むことが出来た。二人とも食欲はなさそうだが彼らもプロだ。食べる事も仕事のうちと割り切り、テーブルにトレイを置いた。
夕飯はビーフシチューに黒パン、コーヒーだった。四人ともほぼ無言で夕飯を食べる。
「あと一五時間で戦争が終わるんだな」
俺がぽつりとつぶやくと、ノアが小さなため息をついた。
「ゲルマニア相手に勝てるとは思わなかった。でも、祖国の敗北って……やはり辛いわね」
「しかもあと一日あって、まだ戦いが残っている」
俺がそう言うと、クレアも寂しげな笑みを浮かべた。
「明日、ゲルマニアは、出て来るかしら?」
「スパイの件が本当なら、必ず出て来る」
「スパイ?」
ノアの問いかけに、俺はうなずいた。
そこから先はニールスに聞いた話の要約になり、食後のコーヒーを飲む頃にはノアとクレアは共に顔立ちを引き締めていた。
コーヒーカップを手にノアが口を開く。
「それが本当なら、由々しき事ね。こちらの戦力がゲルマニア側に筒抜けになっている」
ノアの言葉にクレアもうなずいた。
「明日午後一時、停戦が発効するなら、ゲルマニアはその前に攻撃をかけてくるわ。それだけの損害を私たちは彼らに与え続けて来たのだから」
「クレア、問題は、国王陛下の脱出計画が漏れているかどうかよ。万が一、漏洩があったら……」
「ゲルマニアは総掛かりで挑んでくるだろうな」
顔を見合わせた俺たちは揃ってため息をついた。
「仮にそうなった場合、どうやって国王機を護るんだ?」
俺の質問にノアは軽く肩をすくめた。
「護衛機の配置とフォーメーションは事前に決まっているから、それに沿って護衛するのよ」
「具体的には?」
「正規軍が前方警戒、傭兵団が側面援護でしょう」
「傭兵を前面に立てる展開はないと?」
「傭兵団の戦闘機はスピットファイアを中心に三六機。左右に分け、それぞれ一八機ずつ、デンマーク空軍のスピットファイアも数は同じくらいだから、前後左右をそれぞれ一八機の戦闘機で護衛する事になると思うわ」
太平洋戦争時、米陸軍機に撃墜された連合艦隊司令長官山本五十六の乗機を護衛したのは零戦が六機だった。それと比べたら七〇機以上の機体で護衛する今回の任務は充分勝算があるだろう。
「うち、ドラゴンは合わせて……」
「私、クレア、あなたを含め、計三頭。私のドラゴンは国王専用機と融合するからさして戦闘力はないわ」
「さして、とは?」
「ドラゴンに装着された二〇ミリ機銃四門しか使えない。火器管制ユニットがないから、主武装のファイアブラストは使用不能なのよ」
「すると、ドラゴン二頭で国王機を護るわけか……」
俺の声にノアが応じた。
「不安なの?」
「戦闘機相手なら問題ないと思う。が、ドラコンは違う。こないだ戦ったゲルマニア・ドラゴンに実質俺は撃墜された。前回生き残ったのは、ノア、お前が僚機だったからだ」
「そうかも知れない……敵が複数のドラゴンを投入した場合の戦術を考えるべきかも……クレアはどう思う? 今回、彩夏とペアを組むのはあなたよ」
ノアの声にクレアは小さく肩をすくめた。
「私がドラゴンと戦ったのはポーランドの戦い以来よ。しかもあの時は、ポーランド軍のドラゴンブレスに両目をやられ、不時着しているし……むしろ彩夏の方が相打ちに持ちこんだだけ、私より経験があるわ」
「どちらも経験不足ってことか……ゲルマニア軍のドラゴンは実戦経験が豊富なのかな?」
「ゲルマニア全体を合わせれば六〇頭近いドラゴンがいるけど、デンマークの戦いに投じられているのは五頭といったところね。そのうち三頭は撃墜したから残りは……」
「二頭か。最悪、二対一で戦う事になりそうだな」
俺はふと気付いた。瞬き、ノアに訊ねる。




