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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第七章──戦線復帰⑤

「お久しぶりね、黒田彩夏少尉。私よ」

 見つめるうち、思い出してきた。ああ……これは……。

「修道服のお姉さん……確か、副官の」

「そう。イースコウ基地副官アンネ・アヌセン大尉です。よく出来ました」


 精神転移初日、混乱する俺に対しデンマークと傭兵団の関連性についてレクチャーをしたのがアヌセン大尉だ。

 その時は修道服を着ていた。ドラゴンナイトの不足を補うため基地で召喚の儀を執り行っていたからだ。今は制服姿になっている。


「二人そろってどこに行くの?」

「午後になると移動制限がかかるので、今のうち姉に会っておこうと思いまして」

 ニールスの声にアヌセン大尉は複雑な笑みを返した。


「そうね……午後に正式発表があり、そこから先は二人一組でのペア移動以外、認められなくなるわ。今のうちに会って、話しておきなさい」

 副官の立場故、事情に通じているのかアヌセン大尉はあっさりとそう言い、先を続けた。

「それとニールス、国王脱出専用機にあなたの搭乗が認められたわ」


「え?」

 驚きの表情を浮かべるニールスにアヌセン大尉は肩をすくめる。

「ここまでの状況を作り出したんだから、当然のことよ。ブリタニア脱出後は国王陛下を補佐するスタッフとしての活躍を期待する、とはペーターセン少佐の言葉よ。私もまったく同意見だわ」


「脱出は命令ですか? むしろ、提案者としてデンマークに残る義務が僕には……」

 その瞬間、俺の背筋に得も言われぬ戦慄が走った。小声でニールスに囁く。

「いや。専用機への搭乗を受けた方がいい、ニールス」

「え?」


「ここはいったんデンマークを離れた方がいい」

 応じつつ俺は自問自答していた。

 俺はどうしてこんな助言をニールスにしている?

 背筋がざわつき、激しい悪寒を感じているのは事実だ。しかし──。


「何か予感がするんだね?」

「うん……何かは判らないが、これから悪い事が起きる気がする」


「その予感はある意味、妥当な感覚ね、彩夏少尉。敗北後のナチス、デンマーク統治はどう考えても過酷なものになるわ。半日で降伏するとタカをくくっていたデンマークに一ヶ月も手こずったのですから。当然、継戦主張の中核にいたニールスへの対処も厳しいものになるでしょう」

「やはりそうなりますか?」


「誰が考えてもそうなるわよ。だから国王と共にデンマークを去るのが最も妥当な判断になるわ」

「……ということだ。ニールスなら、当然判るよな」

 肩越しに話しかけるとニールスは微かにうなずき、応じた。

「判った。君の指示に従うよ」


「ありがとう。これが最善のルートだと思うよ、俺は」

 ニールスに応えつつ、同時に俺は違和感を覚えていた。論理的に考えれば、ニールスがデンマークを脱出するのは正しい。

 では、俺はなぜ論理ではなく『予感』に従って助言したのだ? 


 判らない。

 その瞬間、激しい頭痛に襲われた。

 そうだ。予感に沿って口を開きかけたその一瞬、頭の中に電流が走ったような衝撃が訪れた。それが何を意味するのか……意味が判らぬまま車椅子を押しつつ、俺は頭痛を振り払うように頭を左右に振った。


 途端に彩夏の声が頭に響く。

(どうした、理人? 調子が悪そうだが……)

 俺は軽く歯を食いしばり心の中で応じた。

『さっきから頭痛がするんだ。頭をハンマーで殴られたような痛みでたまらない』


(大丈夫か?)

『医務室に寄って頭痛薬でももらうさ』

(無理はするなよ。出口が近いぞ。車椅子を押しているんだから、気をつけろ)

『わかっている。ありがとう、彩夏』


 俺は心の中で応じると、車椅子を押すスピードを緩めた。そのまま廊下から外に出ると、先ほどノアやクレアと話をかわした飛行場の一角に出る事が出来た。

「さて、元の場所に戻ってきたけど、あの二人はどこかな」

 そうつぶやきつつ、俺は近くの整備兵に二人の居場所を尋ねた。


 間を置かず、食堂じゃないかと返事が返ってきたので俺は礼を言い、車椅子を押した。

 食堂に通じる廊下を進みつつ、俺は小さくため息をついた。頭痛はその頃には軽くなっていた。医務室のお世話にならなくても耐えられる程の痛みだ。

 食堂に車椅子を乗り入れた俺は、二人の姿を探した。ほどなくニールスが声を発し、一方を指さす。


「ああ、いたいた。あそこだよ、彩夏」

 ニールスが指さす方向を見た俺は車椅子をそちらに向けた。ノアとクレアが同じテーブルで昼食を囲んで語り合っている。


 俺はニールスが元気そうなのにほっとした。悪いニュースを俺から聞かされたにも拘わらず、思ったより前向きだ。俺もいったん気持ちを切り替え、応じる。

「俺たちも食べようか。悪いがテーブルには一人で行ってくれないか。俺は昼食をもらってくる」

「わかった。ありがとう、彩夏」


「いいって事さ」

 応じるや俺は係に二食注文し、金を払った。三〇秒とかからず出された二つのトレイを手にした俺はニールスたちが座る席に向かった。気付いたノアが俺に声をかけてきた。

「すっかり元通りなのね、彩夏」


 ノアの言葉に俺は微かな笑みを浮かべ、ニールスの前にトレイを置き、自分の分と共に着席した。

「治療に運んでくれてありがとう、ノア。お蔭で、失明せずに済んだ」

「私の義務を果たしただけよ、気にしないで。それよりクレアに聞いたけど、身体の持ち主、彩夏の親族と出会えたそうね」


 コーヒーカップに口をつけつつ、俺は首肯した。

「ああ……かなり癖のある相手だけど、今後も黒田彩夏として交流を持つと決まった」

「相手は美人のお姉さんとクレアから聞いたけど、本当?」

「年上美人だけど中身は男だよ。何を考えているのか判らない底深さがある」


「ふーん……そういう相手なんだ」

「ああ。他人で良かったと思えるようなタイプだったな。利点は実家がそこそこ太い、裕福そうな所だけどね」

「だったら傭兵業をとっとと切り上げ、日本に帰る道もありそうね」


「あ、それは無理よ、ノア」

 クレアが割りこみ、先を続けた。

「リンデベルンに傭兵志願した者は、三年間の契約期間があって、その間は勝手に除隊できないの」

「そうなのか?」


 驚いた俺はクレアに訊ねた。

「ああ……そうか。彩夏は上書きされているからその辺の知識もすっかりないのね。言い忘れていたわ。ごめんなさい」

 次いでノアが俺の言いたいことを代弁した。


「解約はできないの? 違約金を払えば……」

「そういう事例はないわね。彩夏の契約は今年だから、つまり一九四三年の春頃までは傭兵団にいることになるわ」

 これまで傭兵団を抜ける、辞めるという発想はなかった。


 最優先事項は、未来からの転生を悟られることなく、今の環境下で生き延びることだ。

 一方で一連の会話は傭兵団が雇用契約によって成り立つ存在だと思い出させてくれた。その間にもノアとクレアの会話が続く。

「クレア、あなたの契約はどうなっているの?」


「私は今年で一期分の契約満了だけど、両親の事もあるからたぶん二期目を務めると思うわ」

「そうなると一九四三年までは傭兵ってこと?」

「その頃には、この戦争のメドもついてるような気がするわ。戦争が終わったら傭兵団を抜けると思う」

「そう……それがいいわね。平和になったら傭兵団を抜けるという考えは、とても素敵よ」


「戦争が終わっても俺たちの人生は続くからな」

 相づちを打ちつつ、食事を続け、俺は言った。

「ノアがピーターパンズになったのは、いつからなんだ? その時、どう思った?」

「去年、一六歳の時だったわ。最初に聞かされたときは混乱して、覚えてないわね」


「ニールスを除いて、私たち、全員一六歳ですね」

 俺は思わず瞬いた。

「え? クレアって一六歳でドラゴンナイトに……」


「なったのです。一九三七年、スペイン内戦が初の実戦ですから、仮に普通に生きていたら、今年で一九歳ですね」

「クレアが本当は一九、ノアが一七、てことは、今年一六歳の俺が一番年下ってことか」

「僕は一四歳だけどね」


 ニールスの声に俺は微笑み返し、言葉を継いだ。

「二年後には一六歳。俺と同じ歳になるんだよな、ニールスは」

「それを考えると、姉としては複雑な心境よ。いずれ、ニールスは私の歳をどんどん追い越し、大人になっていく。私はそれを見守る事しかできない」


 深刻な空気が流れ始めた事を悟った俺は、ニールスに目配せした後、不意に切り出した。

「それより、大変な話がある。午後、この基地の上層部が重大発表をする」

 ノアが瞬いた。

「重大発表?」


「そうだ。そこでペアを組むよう命令が出るけど、俺はニールスと組む予定だ。ノアとクレアもそのままペアを組むのが一番いいと思う」

 彼女は何も言わずにニールスを見た。

 弟の表情から何かを悟ったのか、ノアはただうなずき、押えた口調で言った。


「クレアに異論がないなら、そうするわ」

「彩夏さん、重大発表って、何なんです?」

「今は言えない。でも、国の行く末に関わる大ごとだ。それで察してくれ」

 クレアの表情も引き締まった。その時、天井のスピーカーが意味ある音声を発した。


「一三三〇、全隊員は第一格納庫に集合せよ。祖国に関する重大発表がある。繰り返す……」

 不意に流れる音声に室内のざわめきがピタリと止んだ。繰り返し流される音声に誰もが不安げな表情を浮かべ、食事を取る手が止まる。


 食器を洗い場に返しつつ、俺は小さなため息をついた。腕時計は一三時に迫りつつある。

 祖国がまもなく降伏することを伝えられる軍人たち。

 何も起きなければと考えるのは、太平洋戦争降伏直前に起きた日本軍の反乱事件を知るからだ。


 一九四五年八月一四日、国民に降伏を伝える前日、これを受け入れない一部陸軍将校が皇居で反乱を引き起こした。事態は鎮圧されたが、一部の若手将校たちは決して敗戦を受け入れないという嫌な教訓が残る事件だった。

 それと同じ事がここデンマークで起きねば良いのだが……嫌な予感に身をすくめつつ、俺は食堂を出た。

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