第七章──戦線復帰④
検証課題がまた増えたことを心に留めつつ、俺は見張りを続け、フュン島に向けた航路を進み続けた。
幸い、ゲルマニア側と遭遇することもなく、俺たちは無事フュン島上空に到達した。
滑走路を視認したクレアが融合を解除、ドラゴンとDC3が分離した。それを確認しつつ、俺もラニウスとの融合を解除する。
二頭のドラゴンが着地するのを見届けた俺は、クレアのDC3と共にアプローチを決めた。
車輪が滑走路に接地、それぞれエンジンを絞りつつ格納庫へと向かう。
ここを離れてから三日と経ってないのに随分久々な感じがした。
風防を開き、格納庫を眺めつつエンジンを切り、大地に降り立つとほっとため息をついた。
無事、戻って来たのだ。
「元気そうね、彩夏」
不意に声をかけられ、俺は微かに背筋を伸ばし、振り向いた。
そこにノア・ニールセンの姿があった。
「視力は、元に戻ったの?」
「おかげさまで。リンデベルンで魔法手術を受け、完治したよ」
「よかった」
その時、一方からクレアも姿を現した。
「ノア」
「クレア、あなたもこっちに来たの?」
「彩夏と一緒にこの基地配属になったわ。デンマークでドラゴンナイトが三人もいるなんて、恐らくこの基地くらいよ」
「心強いわ。あなたと一緒に戦えるなんて光栄だわ」
「そう言ってもらえると、私も嬉しい」
俺はノアに声をかけた。
「そういえばゲルマニア側から爆撃を喰らったと聞いたけど、けっこう無事なようだな」
「滑走路を壊されたけどすぐさま復旧したわ。基地要員の大半は無傷よ。ただし、戦闘機隊の損害は大きいわね。傭兵団の戦闘機隊も消耗が激しいわ」
「ニールスは無事?」
「あの子なら元気そのものよ。あなたが戻ったらすぐ知らせろと煩くて……」
「どこに行けば会える?」
「病棟よ」
「どこか、悪いのか?」
「いいえ。空襲が続いているから、地下壕に近い病棟があの子の居場所なのよ」
「判った。顔を見せに行ってくるよ」
そう言った俺は、踵を返し病棟に向かった。
本心は、デンマーク降伏に関する最新情報の入手だ。予定なら明日。デンマークはゲルマニアに降伏する。それまでどう戦い、誰をデンマークから脱出させるのか。聞き出せば何らかの形で協力できるかもしれない。その思いがあった。
病棟への通路はショートカットを併用したことも手伝い、近かった。一〇〇メートルほど歩いて病棟に入るや、ニールスの声がした。
「彩夏なの?」
「ああ、俺だ。どこにいる、ニールス?」
部屋を見回したがニールスの姿は……カーテンの向こうか。開いて見るとドンピシャリで、車椅子に座ったニールスがいた。
「元気そうだな、ニールス」
「彩夏も……眼はもう大丈夫なの?」
「処置が速かったお蔭ですっかり元通り、問題ない」
「良かった。ドラゴンナイトにとって視力は命だからね」
「まあ俺の体の方は問題ないよ。それより……」
俺は声を潜めた。
「降伏交渉の件はどうなっている?」
「明日、特使を立て、ゲルマニアに降伏する手はずになっているよ。この基地では今日の午後、発表がある」
「今日の午後? 思ったより速いな」
「この基地に極秘任務が降りたから、その関係さ」
「極秘任務?」
「国王陛下と御家族をデンマークから脱出させるんだ」
俺ははっと気がついた。
どうしてその可能性を考えなかった?
史実のデンマークは開戦から数時間で降伏した点と、デンマーク以下北欧圏内をドイツ文化圏と考えるヒトラーの思惑により、デンマーク国王クリスチャン一〇世は廃嫡されず存続を許された。
ドイツはデンマークを占領したが王制は残されたのだ。
だが今回は数時間で降伏どころか、丸一ヶ月戦い、ゲルマニア陣営に莫大な損害を与えている。
こうなると史実の穏便な占領政策は望めない。
史実のノルウェー同様、国王一家をイギリス──ブリタニアに逃亡させる対策が必要になるのだ。
「約一ヶ月、徹底的に抵抗したデンマークをゲルマニアは許さない。国王が国内に残っていたら最善で幽閉、最悪の場合、処刑も考えられる。だから脱出させるんだな」
「一ヶ月間交戦すると決めた段階で、こうなる事は判っていたよ。でも、それでも戦うと政府は決め、国王はそれを許可なされたんだ」
「問題は脱出の方法になるが……」
鍵はあれだ。あれしかない。
「そうか。DC3でドラゴンと融合すれば……」
「その通り。このイースコウ基地から発進すれば一時間でブリタニア上空に到達する。明日の午前には国王陛下御一行を乗せた輸送機がここに到着。それを彩夏たちドラゴンナイトが護衛し、デンマークを脱出する手はずなのさ」
「ノアはこの事を……」
「まだ知らない。正式発表があるまでたとえ姉であっても喋るなと口止めされているんだ」
「俺に話して大丈夫なのか?」
「彩夏は訳ありだからね。この基地の中では一番安全安心な人が彩夏だよ」
「どういう意味だ?」
「実は、この基地、ゲルマニアのスパイが潜入している恐れが高いんだ」
俺は片方の眉をひそめた。
「なんだって?」
「彩夏は不思議に思わなかった? 訓練に入った途端、ゲルマニアがドラゴン二頭でこの基地に襲撃をかけてきたことを。それまでは戦闘機中心だったのにいきなり二頭だ」
「……タイミングが良すぎるということか?」
「ゲルマニアにとって都合良すぎだよ。訓練開始を狙い撃ちするように攻撃をかけて来るのは、出来すぎだ」
「他にも何か証拠があるのか?」
「これまで数度にわたる航空撃滅戦を仕掛けられ、傭兵団の増員で何とかしのいでいたんだ。それが彩夏の精神転移後は敵戦力の規模がほぼ二倍になった。どう考えてもおかしい」
「案外と傭兵団の中に裏切り者がいるのかもな」
「その可能性は無視できないけど、個人的には違うと思うな」
「なぜ?」
「傭兵団内に裏切り者がいるなら、戦闘機の稼働率を落とすだけで合法的に味方の戦力を削れる。でも傭兵団の戦闘機稼働率は高い数値を保っているから、理屈に合わないんだ」
整備関連をゾマー商会が取り仕切っているなら、そっちを買収するのが稼働率を落とす最も確実な方法になるが……あの主人がその手の買収を受け入れるとは思えない。根本的な信用問題に関わるからだ。
そうなると、確かに怪しく思えるのがデンマーク正規軍だ。
「だからデンマーク側の情報漏れか……それが判っていて今日の午後発表するのは危険じゃないのか?」
「それは上層部も考えているよ。発表後は基地の全員が外出禁止、通信は厳重な封鎖状態、単独行動は禁止、二人一組のペアで行動する事になる。恐らく、彩夏のペアになるのは僕だ。そう申請をかけておいたからね」
抜かりがない。これで彩夏の年齢より若い一四歳だと言うのだから舌を巻くしかない。
国王一行の来訪と護衛というビッグイベントを前に、俺は緊張に顔をひきつらせていた。精神転移でこの世界に現れてから数日でこの展開は……やはり尋常じゃない。国王一行のブリタニア脱出を成功させなければ、歴史の歯車をゲルマニア側に傾かせる大きな一因になるかもしれないのだ。
「だったら、今のうち、姉さんやクレアと会っておくか、ニールス」
俺はニールスの後ろに回り、車椅子を押す手伝いを始めた。ニールスは、
「そうだね」
と、少し寂しげな笑みを浮かべ、俺の提案を受け入れた。
後ろから車椅子を押しつつ、俺は思った。
一ヶ月間交戦すると決めた段階で、こうなる事は判っていた。でも、それでも戦うと政府は決め、国王はそれを許可された。
当然、ニールスもその辺は全部判っている。それでも提案すると決め、実施した。
同じ事が鳥飼莉史、二七歳の俺に出来るだろうか。
連合軍が勝利した戦後世界を見据え、その時にデンマークが他国に侮れないよう命がけの進言をする。
無理だ。
自分の提案が採用されたらデンマーク軍は命令に沿って戦い、いずれ戦死者が出る。
それを覚悟して交戦を進言するのは、一介の民間人には不可能だ。
それをニールスは選んだ。
自らの進言が自国軍の誰かの命を奪う事を自覚し、それでも進言した。
ニールスの凄みは、最前線であるイースコウ基地に留まり続けている事で明らかだ。
提案だけ行い、自分は安全な後方に……ではなく、最前線に留まる事を選んだ。そうすることで提案者である自らの責任を全うしている。
聞き覚えがある声がしたのはその時だった。
「あら、あなたたち……」
振り向くと、どこかで見たような女性軍人が立っていた。デンマーク軍士官の制服、階級は……大尉だ。
だれ?




