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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第六章──家族の肖像④

「あなたは巻きこまれた立場だから“しかたがない”わ。二〇年前就いていた職業は何だったの?」

「国語の教師です。それで思い出しましたが、リンデベルンをはじめとする各国が俺の素姓を探った時の対策が必要です。そちらで可能なら……」


「二〇年前、国語教師の鳥飼理人なる人物が確かに日本に存在したというアリバイ経歴ね。それくらいなら黒田家の力で簡単に偽装できるわ」

「感謝します」


「着陸後、リンデベルンの関係者から会談の内容を聴取されるはずだけど、アリバイ経歴が実在した──日本で鳥飼理人の昏睡体が発見され、厳重に保護されてる情報と、日本の国情をレクチャーされた、で問題ないわね。私の方からも同様の見解を出すことで統一しておくわ」

「あなたが盗聴を警戒した理由がよく判りましたよ。離陸前、そこまで見通していたのですか?」


「あなたが私の考える通りの者なら、こうなる事は見えていたわ。彩夏もあなたに上書きされて残念ね」

 俺は微かに眉をひそめた。

「残念?」


「仮に彩夏の残留思念があるなら、あなたの考え方や戦略性から学ぶべき事は多々あったでしょうに……上書きされたのは、彩夏にとっての不幸ね」

「すいません」

「不幸な事故よ、気にすることはない」


 俺は思わず口を閉じた。

 竹を割ったような性格。

 明確な論理性。

 淀みない口調。


 まさに優れた軍人が持つ思考ロジックだ。

 思考も柔軟で淀みがない。この点で『頭が固い』コチコチの軍人とも明確に異なる。参謀、指揮官として優れた存在になり得る人間だ。

 残念なのは、彼女が女だという点だ。


 この時代、女性が軍人になるルートはいずれの国でも閉ざされて……あれ、待てよ?

「冴子さん、あなたもドラゴンナイトですよね」

「そうよ。それが何か?」

「失礼ですが、何年前ドラゴンナイトに?」


「七年前ね。能力召喚で能力が“降って”来た時は私も驚いたわ。突然、真っ白な光に包まれ、目が醒めたらドラゴンナイトになっていた」

「あなたがドラゴンナイトになった事は、機密だった?」

「鋭い。この機密を知る者は一族の中でもほんの一握りです」


「なぜ機密にするのです?」

「我が黒田家は日本軍内で一目置かれる立場にある。それがドラゴンナイトまで有するとなったら……」

「周囲のやっかみ、嫉妬が厄介ということですか」


「本当に人の世は度し難いわね。私はドラゴンナイトとして、日本陸軍中佐となり極秘に幻龍飛行隊を率いている。彩夏は何も知らずに育ち、真実を知る事なく上書きされたわけ。あなたの中に彩夏の残留思念が残っていたら、今ごろあの子もドラゴンナイト、中尉くらいには即座になれただろうに、よくよく運のない子ね。というわけで、話の大半は片がついたし、そろそろ着陸しましょうか」


「わかりました」

 それから俺はDC3とラニウスを分離、飛行場に降り立ち、誘導路に機体を向けた。

 停止した機体からタラップが引き出され、黒田冴子はさっさと機体を後にしていった。俺もそれに続く。


 それからの俺は、着陸したラニウスの状態チェックに続き、シャール少佐に対する経過報告に追われた。すべては黒田冴子が予想した通りに進み、俺は報告を滞りなく終える事が出来た。

 個室に戻った俺は鍵をかけ、ベッドに横になった。

「ふぅ……」


 思わずため息が漏れる。俺は小声で囁いた。

「聞こえるか、彩夏?」

(聞いてるよ。本当にお疲れ様)

「お前が会うのを避けた理由がよく判ったよ。あれで標準運転なのか、黒田冴子さんは?」


(今日はお前がお客様だから、かなりセーブしていた方だと思う。普段はあの十倍くらい辛辣で容赦がない。いつもの調子で議論になったら、あの姉に勝てるのは日本陸軍の中でも極一部だろうな)

「俊才揃いの陸軍でもその体たらくというのは……本当に凄いんだな。それと、彼女がドラゴンナイトだと知っていたのか、彩夏?」


(薄々、そんな気はしていたんだ。将来戦闘機の方向性で議論になったとき、具体例を以てコテンパンに叩きのめされた。今なら判るが、操縦経験がある者でしか言えない事を言ったんだ)

「それで、ドラゴンナイトだと?」


(日本で、女が戦闘機に乗るにはそのルートしかない。だから、ほんの数日で日本から親族が来ると聞かされたとき、ドラゴンに乗った姉の顔が浮かんだ)

「その姉が今やドラゴン飛行隊の中佐殿か。女傑としか言いようがないな」


(だから俺は日本を逃げ出したのさ。あの調子で、姉に今後の進路に至るまですべて決められたら、俺の自由意志はどこにあるんだ? そう考えていたら、少年飛行兵を志願していたんだ)

「気持ちはよく判ったよ。二〇年前の異世界から転生して来たシナリオが通ったのは幸いだったけどな」


(俺もだ。いつもの姉なら、もっと鋭い突っこみを見せ、論理に矛盾がないか徹底的に追求したはずなんだが……長旅で疲れていたのかな?)


「具体的な証拠に欠ける議論の中の議論の話だから、追求されにくかったかもしれないな。唯一の証拠は、鳥飼理人を名乗る同年齢の男が日本に存在しないという部分のみだから……あとはこっちのシナリオを受け入れざるを得なかったのかも」

(ともあれ、話が無事終わってほっとしているよ)


「俺としても、後々彩夏が復活するシナリオが残ってほっとしている」

(どういう意味だ?)

「黒田冴子さんは、俺の中に残留思念が残っていれば彩夏は存在できたと考えている。形を変えれば、俺が『彩夏の残留思念を心の中に発見した』と申告すれば、彩夏は表舞台に復帰できるんだ」


(よしてくれ。厄介な姉や黒田家からやっと解放されたのにそんなことをされたら……)

「そういう道も残っているというのが重要なんだ。極端な話、一〇年経って気が変わることだって充分あり得るんだからな」

(そんな日が来るものかねえ……)


 俺はそれ以上の言及を避け、口を閉じた。

 この問題──自分は上書きされ、死んだものとしてくれを話し合うのは今日で二度目だ。彩夏がそう決めた以上、容易に決心は変わるまい。深追いはむしろ逆効果だ。

 それからの俺はベッドに寝転がり、だらりと過ごした。


 朝食時にシャール少佐に会い、家族来訪の対策会議を彩夏と行い、実際に黒田彩夏が現れ、会談を持った。普通に考えても疲れることを二つこなしたのだ。

 夕食の時間となり食堂に来たが、黒田冴子の姿も、部下とおぼしき男たちの姿も見あたらなかった。

 案外とリンデベルン上層部が気を利かせ、基地の外でささやかな宴席でも設けているのかもしれない。


 ビーフソテーと簡単なサラダ、黒パンとコーヒーの夕食を手早く食べ終え、個室に引き上げた。

 転生から数日経っているが疲れがなかなか抜けない。

 むしろ疲労が深まっているような気がするのは気のせいだろうか。ドラゴンとの融合には想像以上に気力とエネルギーを使うのかもしれない。


 そんなことを考えつつ、俺は就寝のアナウンスが入る前に部屋を暗くし、瞼を閉じた。

 事態は進んでいる。視力喪失の危機を回避、彩夏の家族とも会い、明日は……何が待っているのだろう。


 デンマークの戦局、及びその降伏は現実化するのか。

 考えても出ない答えを脳裏で反芻しつつ、俺は眠りに落ちた。ともあれ、黒田家、家族の肖像は無事描き終えたのだ。

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