第六章──家族の肖像②
彩夏の家族、誰が来るか判らないが時間はまだあるだろう。部屋に篭っていても精神的な鬱屈が溜まるだけだ。
ちょっと考えた後、俺は昨日クレアに連れられた整備ラボ区画へと向かった。ラニウスの整備がどうなったのか、上級治癒魔法師の治療を受けているとしても恐らく概略を一番良く知る立場だろう。
整備ラボに顔を出すと、昨日と同様、整備兵たちが慌ただしく作業をしていた。
「ツマーチーフはいますか?」
「おう、どうした、彩夏?」
ほぼ間を置かずチーフのツマーが顔を出した。俺は押えた口調で言った。
「ラニウスの件ですが……」
「ああ、それなら回って来ているぞ」
「え?」
「上級治癒魔法師の治療が終わり、今は俺の所で残りの処理を実施中だ。昼飯頃には仕上がるから、飯を食ってから来ればいい」
「助かります」
あっという間に要件が済んでしまった事に拍子抜けしつつ、俺はその場を離れた。
小切手帳をロッカーに戻し鍵をかけると、ベッドに腰掛けて一休みする。一二三〇──一二時三〇分になったら整備ラボに行くと決めた。
「暇そうに思えてもやる事がけっこう積み上がるな、彩夏」
(まったくだ。ラニウスの様子を見たら、どうする?)
「本来ならテストフライトだろうけど、お前の家族の件があるからな。シャール少佐に到着時刻を聞いてみるよ」
(そうか……)
家族の件になると彩夏は徹底的に口が重い。
このリンデベルンで傭兵をやるまでいろいろな事があったのだろう。俺はそれ以上の言及を止め、ベッドに横になった。ほんのわずか、瞼が重くなる。
(……ろ。起きろ、理人!)
彩夏の頭の声で目が醒めた。
慌てて時計を見ると一二時半をとっくに過ぎていた。部屋を出た俺はそのまま整備ラボに直行する。昨日と同様、整備兵たちが忙しそうに働いている中、俺は一方に声をかけた。
「おやっさん、彩夏です! ラニウスはどこですか?」
「おおっ、来たな、彩夏。こっちだ。来てくれ」
そう声をかけ一方に歩き出すツマーチーフの後を俺は追った。区画を一つ曲がり、ハンガーに出ると……そこにラニウスの姿があった。
「ほら、できているぞ、ラニウス」
確かにそこにラニウスがいた。
ハンガーに収まる巨体は戦後日本の国産旅客機YS11を思わせる大きさ、この時代の四発爆撃機ならアメリカのB29戦略爆撃機に近い。現代機ならロックウェルB1をやや小型にしたくらいか。
やはり、大きい。下から巨体を見上げ、あらためてそう思った。
「試験飛行をやるか、彩夏?」
「所用があるので、そっちのスケジュール次第ですね。整備をありがとうございます、主任」
その刹那、スピーカーが意味ある音声を発した。
「ドラゴンナイト黒田彩夏、士官室に出頭しろ。繰り返す。黒田……」
「上からお達しだな、彩夏」
「そのようです。では、失礼します」
ゾマーチーフに一礼した俺は、ハンガーを後にした。士官室に向け歩きつつ、彩夏に語りかける。
「呼び出しだけど……」
(判っている。あとは聞くな)
「了解」
そこから先、俺は沈黙を守った。廊下を通り、士官室に通じる扉をノックし、声をかけた。
「黒田彩夏、出頭致しました」
「入れ」
声に従い、俺は扉を開けた。
予想通り、シャール少佐がこちらに視線を向けていた。俺は少佐の元に歩み、押えた口調で言った。
「家族の件ですか、少佐」
「そうだ。あと数分で飛行場に到着するから、滑走路なりハンガーで出迎えればいい。そこから先は、お前に任せるので好きにしろ」
「飛行場……旅客機の類でしょうか?」
「いや。日本からここまでドラゴンを使い、母機はDC3だそうだ。黒田彩夏の家族もまた、ドラゴンナイトということだな」
その瞬間、頭の中に彩夏のうめき声が木霊する。
彩夏にとって予想通り、もしくは予想を上回る災厄の相手ということなのだろう。
「判りました。では、これより飛行場で黒田彩夏の家族を出迎え、話し合いを行います」
「うむ。話が終わったら経過報告を頼む。以上だ」
「はい」
俺は士官室を後にした。そのまま廊下を歩き、滑走路に通じる扉を開けた。
ほとんど間を置かず、上空からレシプロエンジン音が響いてきた。
滑走路上空を旋回するダグラスDC3が上空に小さく見え、分離を終えたドラゴンが降下してくる。
「白いな……」
思わずつぶやいた。
日本製ドラゴンは白を基調にした姿だった。
純白とまではいかないがとにかく白い。雲の下に紛れたらある種の迷彩になるかもしれない。
翼を畳んで一直線に降下したドラゴンは、着陸寸前、白い翼を一斉に展開し減速した。
そのまま格納庫の前に鮮やかに着陸する。
同じ頃、DC3も最終アプローチラインに入り着陸態勢に入っていた。
眺めていると鮮やかに着陸し、そのまま滑走路から誘導路を経てこちらに来る。
エンジンが止まるやハッチが開き、搭乗員たちが降りてきた。
最初に降りたのは二〇代の青年たちだ。
彼らは護衛兵たちだろうか? よく判らない。整備兵たちと一緒に見守っていると、女が降りてきた。
女は二十代、身長一六五センチを超える美人だ。
白人を思わせる白い肌と黒い髪、外国人と比しても見劣りしない目鼻立ちの整った……紛れない美人が軍装で降りてくる。
日本陸軍士官の正装だった。
心の中で彩夏の声が響く。
(やはり来たか……)
俺は彩夏の心に語りかけようと一瞬思ったが、先の約束──後は聞くな、を守ることにした。言いたくないのに無理矢理聞き出してもしかたがない。
女はタラップを悠然と降りてきた。そのまま真っ直ぐ、俺のいる場所に向け歩いてくる。
なぜ俺を目指すのだろう?
一瞬のうちに自分の愚かさに気がついた。
黒田彩夏の肉親なら、この容姿──彩夏の元に来て当然ではないか。
女は嫣然と微笑み、呑気な口調で言った。
「久しぶりね、彩夏。二年ぶりかな?」
「お初にお目にかかります、黒田彩夏の身体に精神転移した鳥飼理人です」
女はちょっと驚いたように眼を見開き、あらためて俺を見据えた。
「ふーん……リンデベルンから話は聞いていたけど、本当に上書きされちゃったんだ、彩夏は」
「遺憾な話ですが、事実です。あなたの御名前を伺ってよろしいですか?」
女は微かにうなずき、奇妙な笑みを浮かべつつ言った。
「私の名は、黒田冴子。黒田家唯一にして最強のドラゴンナイトよ」
「最強……」
「込み入った話、いろいろ事情を尋ねたい事もあります。機内で話しましょう」
そう言った冴子は踵を返しDC3の機内に戻っていった。
慌てて俺は後を追った。背後で俺たちが乗りこんだことを確認した男たちがドアを閉じる。
その間に冴子はコクピットに着いていた。
手順を終え、轟音と共にエンジンが再始動する。
「どうするんです?」
「基地上空でドラゴンと融合するのよ。ドラゴン内は盗聴の心配もなければ内部も静かよ。密談にはうってつけの場所と思わない」
「………」
何と言うか、マイペースだ。反論や寄り道を許さない論理性と強引さを兼ね備えた存在。
確かにこれなら、彩夏が『会いたくない肉親』と呼ぶわけだと心の中で納得した。
「あなたもドラゴンナイトなのでしょ。この機体でやってみない?」
「判りました」
俺は操縦輪を握った。
これまでの融合は戦闘機ばかりだった。
輸送機──DC3に慣れておくことも必要だろう。
ラダーペダルを蹴りつつ機体を主滑走路に出した俺は計器類を確認、エンジンのスロットルを開いた。
エンジン双方から轟音が湧き、機体が加速し、離陸速度に達した瞬間、機体がふわりと浮く感覚があった。
真横から注がれる黒田冴子の視線を感じつつ、俺は高度を上げた。続いて宣言する。
「ラニウス・カム・ヒア」
それから約三〇秒待つと、前方七〇メートルほどにラニウスが姿を現した。
「あれが、あなたのドラゴン?」
冴子の声に俺はうなずき、応じた。
「ラニウスと言います」
続いて俺は宣言した。
「融合、開始」
前回同様、俺はスロットルをわずかに開いた。
輸送機だから加速は鈍い。それでも次第にドラゴンの背中が拡大した。
視野が歪むのも前回と同じだ。
コクピット全体をジェルに似た透明な感触が突き抜け、満たしていく。
戦闘機との違いは肌を這う感触の時間が長いことだ。
一転して視界が拓けた。
三六〇度の視界が提供され、エンジンの爆音が止む。空中に浮かんでいる不思議な感覚は変わらない。まるでグライダーで空を滑っているかのようだ。
「豆知識よ。ドラゴンと融合した機内は、いかなる機材を用いても絶対に盗聴できない」
黒田冴子の声がコクピットに響く。彼女は続けた。
「今後、あなたの事をどう呼べばいいのかな? 黒田彩夏、それとも鳥飼理人?」
「黒田彩夏でお願いします。周りでもそれで通していますし、何よりこの身体は黒田彩夏のものです」
「あらあら……上書きされて、黒田彩夏の魂はどこかに消えてしまったのよ。遠慮することはないわ。その身体は、今はあなたのものなの」
「家族に対し、随分と冷たいですね。仮にも……弟なのでしょう?」




