第五章──リンデベルンへ⑤
後を追う俺の足音が周囲に反響する中、俺はクレアに声をかけた。
「どこまで行くんだい、クレア?」
「もう少しです。と……着きましたよ、ここです」
店の扉を開けたクレアは俺に入るよう促す。
一歩、入店した俺は微かに顔をしかめた。
その店は、イメージにある魔道具の店そのものだった。暗い照明が鈍く光る中、店内には香が焚かれ、魔法着を来た婆さんが店の奥でうずくまるようにして店番をしていた。
ケースに陳列された様々な商品、金物から魔石までがそれぞれ鈍い光を発し、澱んだ空気を漂わせている。
クレアは囁くような声で伝えた。
「私のお薦めの魔道具屋さんで、店名を『ジュエル』と言います」
店の奥から老婆の声が響く。
「おや……久しぶりだね、クレア。今日は何の用だい?」
俺は瞬いた。
転生から数日、様々な女と出会ったが、老婆は初めてだ。
プラチナブロンドの老婆は頬がこけていたが目つきは鋭い。まるで鷹のようだ。黒を基調とした魔法着は老婆のあやしげな雰囲気と不思議と調和していた。
「今日は魔力弾を見に来ました。イスパノリンデ二〇ミリで、レベル3の魔力弾はありますか?」
その時、俺は気がついた。
俺が元いた世界ではイスパノ・スイザが、スペインとスイスを意味する社名だったが、この世界ではスイスではなくリンデベルンに変わったのが影響したのか『イスパノリンデ』になった?
想いをよそに老婆が応じる。
「イスパノなら、いつものケースにあるよ。ただ、レベル3は相変わらず歩留まりが悪くてね。価格も高いから、普通に使ったら脚が出るね」
脚が出る。高価で引き合わない、という意味だよな。俺は心の中で呟く。
クレアは間髪を入れず応じた。
「お薦めの設定ってありますか?」
「レベル1と2を一対一の比率で混載で充分じゃないかね。レベル1の魔力弾は牽制、レベル2でコクピットの貫通を狙い、パイロットの負傷誘発……これが最近のトレンドさ」
そう伝えた後、老婆は小さく笑った。
「あんたももうベテランの一人だ。その辺は判った上で訊ねている。後ろにいる男の子が、噂のルーキーかい?」
俺はほんのわずか身を正した。
「黒田彩夏と言います。数日前、この時代に精神転移した者です。お見知りおきを」
「お婆さん、彩夏は、いいお客さんになってくれます。手を貸してください」
「客を選ぶほど大層な店じゃないから、お客は大歓迎さ。彩夏さん、店の裏は工房になっていてね。うちの付与魔術師が付与した魔術弾がこの店の売り上げの半分を占める」
そう言って婆さんはショーケースから一発の機関砲弾を取り出した。
「これがそのレベル2のサンプル。ほら……表面に付与魔法が刻んであるだろ? 印刷式より手間はかかるが威力は段違いなのさ」
「どれくらい違うのです?」
「レベル1の威力が一なら、レベル2はその三倍」
「レベル3なら?」
「相手の装甲が同じなら、五倍から七倍。コクピットの直撃で相手が魔力防護なしなら、パイロットを仕留められる。とはいえ弾の値段が高いので使う人は少ないね。何事も、落としどころってところがあるのさ」
「参考になりました」
「お婆さん、さっきのお薦め、イスパノリンデ二〇ミリ一対一の混合弾を二四〇〇発、私の整備ラボに送ってください。幾らです?」
「二〇〇〇リンデフランだね」
「小切手でいいですか?」
と言いつつ彼女は鞄から小切手帳を取り出した。
「いつもそうしているだろうに……本当に丁寧なレクチャーだね」
クレアはするすると小切手に金額を記し、サインをして婆さんに渡した。俺に向け軽くうなずいて見せてから、婆さんに
「お願いします」
と一礼し、クレアの魔道具店『ジュエル』の買い物は終わった。
店を出てから数メートル進んだ後、俺はクレアに押えた口調で言った。
「今日はありがとう。いろいろ参考になったよ」
「私も魔力弾が切れた所だったので、ちょうど良かったです。さあ、基地に帰りましょう」
そこから先の展開は速く、二〇分後には基地の衛門を潜り、俺たちは整備ラボ区画に達していた。
「おやっさん、彩夏を連れてきました」
クレアがそう声をかけると、白いつなぎの整備服を着こんだ男が振り向いた。
男の姿に既視感があった。
年齢三〇代。身長は一八〇センチを超え、一九〇に近い。がっしりとした体格で髪の毛が……赤毛だ。男は俺を見て相好を崩した。
「お前が噂の彩夏か。俺はリンデベルン傭兵軍整備部門チーフのパブロ・ツマーだ。よろしくな、彩夏」
「その……ひょっとして『みつばち広間』に御家族もしくは関係者がいらっしゃいます、ツマーチーフ?」
「おおっ。妹に会ったのか。あそこのオーナー、シュラバ・ツマーは俺の妹だ」
思わず膝が崩れそうになったが辛くも持ちこたえた。
パブロチーフの大声が響く。
「五年前、あいつもドラゴンナイトだったが、腰をやられて引退してな。今は飲食店の女主人ってわけさ。まあドラゴン関連で判らん事があれば、あいつに聞いてやってくれ。たいていの情報は正規軍より速く届くし、戦術にも詳しい。正規軍の方から教官に引き抜きたいとの要望があったが、柄じゃないと断ったのが妹だ」
「話はさておき、彩夏、契約書を出して」
「判った」
俺はショルダーバックの中から契約書を出した。ツマーチーフがサインし、俺が後に続いた。
「これにて契約完了。黒田彩夏のドラゴンと戦闘機は、ツマー商会が整備を請け負い、費用は彩夏の銀行口座から引き落とす旨の契約だ。まあ、整備関連は大船に乗ったつもりでいてくれ。連合軍、米軍機、ゲルマニアを問わずどんな機体も整備できる体制が整っている。ドラゴンと魔法技術もC整備までなら問題なくこなせるのが俺の工場だ」
「それ以上のメンテはどうなるんです?」
ツマーチーフは軽く眉をひそめた。
「ドラゴン・魔法関連でそれ以上となると、上級魔法師の管轄だな。うちが請け負うのは、基本魔道具装備とドラコンの自己修復を助けるメンテを含むC整備までだ」
「自己修復?」
「細かい原理は技術部の教官に聞いてくれ。昨日の今日で転生した彩夏が判らんのは当然だが、ドラゴンはいろいろ複雑なんだ。一七年前は、こんなモノどうやってあやすんだの世界だったのが、一〇年前から形になってきたのが現実でな。魔法技術と電気機械工学のハイブリッドがドラゴンの本質だよ」
「はあ……で、今、ラニウスはどこにいるのです?」
「俺は知らん。上級治癒魔法師の管轄だから今はそっちのラボにいるはずだ」
「判りました」
いろいろな面で気が抜けた俺は、そう応じるに留めた。
本当に今日は朝から……いろいろな事があった。魔法手術、視力回復、身分証や書類の受け渡し、トドメがピーターパンズとツマー兄妹の登場だ。
怒涛の一日と言っていい感じか。
「というわけで、これで任務完了ね、彩夏」
クレアの声に俺はほっとため息をついた。
「今日は本当に、朝からいろいろありがとう、クレア」
「なんの。仕事ですから」
仕事か。
それでも彼女との距離は……随分縮まったと思う。
サミア人カミングアウト騒動から舞台をリンデベルンに移し、いろいろ世話を焼いてもらった。
あの手術を独りで耐え抜いた彼女に対する畏敬の念から、感情が変化していった。
そういえば、クレア・クラインのフルネームからクレアと呼び捨てになったのは、手術が終わった後だったはず……。
そう思いつつ、俺は彼女に深々と一礼した。
「とにかく、ありがとう。本当に助かった。明日はいったい、どうなるのかな?」
「同じ基地の中です。会う機会なんていつでもありますよ」
「そうだな」
「今日はサヨナラです。また会いましょう、彩夏……」
そう告げた彼女──クレアは、俺の前から去っていった。




