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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第五章──リンデベルンへ④

「ここまででもうおなかいっぱいだよ。まだあるわけ?」

「負傷した際の治療費は、健康保険があるので三割負担で済みます。負担分の三割を治療師に払うので……」

 クレアは書類を渡した。


「これにサインが必要です。後々、あなたの銀行口座から自動引落されます」

「了解」

 俺はアンナ女医の顔を思い出しつつサインした。

「これで完了かい?」


「あとは、営内居住を選ぶか、営外に住居を構えるかの選択がありますね。それと営外居住では電話線を引く義務があり、電話会社との契約が必要です」

「スクランブル、緊急発進時に呼び出しとかあるのかい?」

「だから電話が必須なんです。あとは、営外居住を選んだ場合、移動手段をどうするかが重要です」


「居住場所も重要だよな」

「お金の有無もです。お金がなくなれば営内居住になりますがプライバシーは限定されます。大半のドラゴンナイトは郊外の営外居住を選び、移動手段にモト──モーターサイクルを使っていますね」


 モト、フランス語でバイクの事だ。転生前は原付免許すら持ってなかった。それがここでは戦闘機とドラゴンを飛ばし、バイクを使うよう示唆されている。

 凄いね。詰めこみすぎて目が回りそうだ。

 クレアは苦笑を浮かべ乾いた声で言った。


「あとの選択と説明は……うーん、これくらいですかね。食事しつつ、思い出す事もあるでしょうから今はこれまで。説明終了です」

 そう言ってニコリと微笑んだ彼女は、肩の荷を降ろした表情をしていた。


「彩夏の身分証と預金通帳を預かっている間は、ヒヤヒヤものでした。何かあったら私のせいですからね。渡せてほっとしました」

「手術前、ショルダーバックを持って来るよう言われたのはこのためだったわけだね。こちらはまだ何の実感もないけどな。まあ昼食代くらいは、札入れに入っているお金で出せるけど……」


「小切手の使い方に慣れた方がいいですね。魔道具関連の小物を買うのによく使いますから」

 注文が運ばれてきたのはその時だった。

「おまちどおさま」


 挨拶と共に、トレイに載せられたビーフシチューとサラダ、バケット、それにコーヒーがテーブルに並べられる。「どうも」と運んできた人に挨拶をしようとした俺は、次の瞬間凍り付いた。

 年格好は一八歳前後。

 ある意味、凄みのある女性が目の前に立っていた。


 赤毛の美人だが恰幅が良い。

 そして大きい。

 身長は一七〇センチを優に超えるだろう。ああ、これはウェイトレスの類じゃない。恐らくこの人が──。


女将おかみさん、こんにちわ」

 そうにこやかに挨拶を返すクレアに女将はニヤリと口角の端を吊り上げた。

「クレア、初陣で一二機撃墜、噂のルーキーって、この子かい?」

「はい。黒田彩夏少尉です」


「彩夏……この店で顔を見たのは二回くらいかな。精神転移で大変だろうけど、これからよろしくね、彩夏。私はこの店のオーナー、シュラバ・ツマーよ」

「クレア中尉から、元ドラゴンナイトと伺いましたが……」

 一瞬ツバーは眉をひそめ、奇妙な笑みを浮かべつつ言った。


「ああ……五年前まで飛んでいたけど、訓練中に腰を痛めて飛べなくなったんだよ。そこでこの店を開いたのさ。戦闘機動で無茶しすぎるとあたしみたいな事になるから、気をつけないと駄目だよ」

「心に留めておきます」


「まあ、しっかりやりな。判らない事があればいつでも歓迎。飲み代、飯代さえ出してくれたら何でも教えてあげる。じゃあ、食事を楽しんで」

 そう告げると女将はのしのしと去っていった。

「そうだな、食べるか」


「戴きましょう、彩夏」

 そう言ってクレアはビーフシチューにスプーンを突っこみ、一掬いして飲み干した。

「深いコク……女将さんの味ね」

 俺もシチューを一掬い飲んだ後、バケットを二つに割った。


 パリン、と心地良い音と共にバケットが割れ、俺はバケットを口中に頬張った。

 焼きたてバケットの感触は転生後に食べた食事の中でもっとも甘美な慈味であった。

 食事を取りつつ、俺はふと感じた疑問をクレアに口にした。

「女将さん、五年前にドラゴンナイトを辞めたと言ってたけど、何か歳が合わない気がするんだが」


「合わないって?」

「いや、どう見ても一八歳とかそこらだろ、あの人。それが五年前に廃業なら、ドラゴンナイトだった時は一三歳になるはずで……」

 一瞬、クレアが『ああっ……』という顔つきになった。自分の額をぴしゃりと叩き、口調を改め俺に告げる。


「彩夏、もう一つ、説明事項がありました。私たち、ドラゴンナイトの生体についてです」

「生体について?」

 不安を惹起するパワーワードだ。

 生体。


 対義語は死体だ。ふだん、生きているままの身体の有様を射す語彙。

 ドラゴンナイトになった事で何が変わったというのだ?

「私たちドラゴンナイトを示す隠語に、こんな言葉があります。ピーターパンズ。これから彩夏は何を連想します?」


 ピーターパンズ?

 ピーターパンの複数形か?


 ピーターパンは一九一一年イギリスで発表された戯曲のタイトルだ。ロンドンで迷子になったことで歳を取らなくなったピーターパンが、海賊フック船長の住む異世界・ネバーランドに招かれ、妖精ティンカーベルと冒険の日々を送る物語。って……ことは、まさか!

「まさか……俺たちは……歳を取らないってことか」


「さすがは日本の元国語教師ね、彩夏。そう……ピーターパンの特徴は、歳を取らないこと。私たちドラゴンナイトも、なった歳で年齢が固定され、歳を取らないの。だから女将さん──ツマーの身体は、一七歳でドラゴンナイトになった時のまま、歳を取らずにいるわ」

「普通に生きていたら現在二二歳の人ってことか」


「そういうこと……これは、人によっては耐えがたい呪いに思えると聞いています。ドラゴンナイトの自殺率が高いのは、ピーターパンズだからという戯れ歌にも根拠はある。私たちは永遠の若さをこれから生きることになるのよ」

 俺は茫然と呟いた。


「なんてことだ……」

「ドラゴンナイトになってから数年はあまり気にしないでいいことかもしれません。特に女にとっては、三〇歳になるとみんなたちまちおばさんになってしまうから、そこから逃れられたと思えば……」

「でも三〇年後にはキツイ話になるかもな」


「そうね。同級生は四〇代後半から五〇代、同窓会に呼ばれたら間違いなく浮きます。中には同級生の子どもと間違える人まで出る始末……」

「とにかく食べよう。でも、俺たちってまさか……不老不死じゃないよな?」


「戦死はするし、自殺をすれば死ぬので、不死の線はないですね。不老は、十七年分のデータしかないのでまだ未知数です」

「十七年って?」

「ドラゴンナイトの初期メンバーはこの世界に現れて十七年経っていますから」


「だったらある程度判断できるんじゃ……」

「情報が非開示なんです。そもそも初期メンバーに会った人が滅多にいないんですよ」

「重い話だね」

 応じつつ、俺たちは食事を続けた。ビーフシチューが美味な点だけが心の支えだ。


 二〇分後。食後のコーヒーを飲み終えた俺たちは『ごちそうさまでした』と女将さんに声をかけ、支払いを終え店を後にした。

「さて、整備ラボに行くか」


「と思ったのですが、そうなると基地に戻らねばなりませんし、そこで任務終了です。もう少し、街をブラブラしてみませんか」

「だったらクレア中尉がよく行く、行きつけの店がいいな」

「そんなので、いいの?」


「ドラゴンナイトが普段どう過ごしているか、それを知る事が俺の勉強なんだ。右も左も判らないまま精神転移したからね」

 実感だった。


 銀行口座にとんでもない金額が振り込まれるが整備も弾薬費も自腹、機体を壊し続けると場合によっては残高がゼロになり脚が出る云々、経験しないと判らない事象が文字通り空から降ってきたのが現実だ。

 まあ、トドメを刺したのがピーターパンズの設定だが……これで整備ラボに行って終わりでは正直あまりに後味が悪い。


 だいたい、その辺の説明はシャール少佐が階級と立場と責任を以て当たるべきではないか。何もかも現場にぶん投げ、あとはお前等で説明しろというのは無責任だろう。

「普段の中尉は、どこを回るんだい?」

「二人だけの時は呼び捨てで構いませんよ。公の場では階級は必須ですけど」


「判った、クレアは普段、なにをしているんだ?」

「ん~」

 と、思案の面持ちのクレアは、不意に悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「だったら今日は、私のお薦めの店を御案内します」


「そうこなくちゃ」

 アクセサリー店でもスィーツの店でも何でもいい。ピーターパンズの落ちをなしにできるなら、財布に入っているお金の半分を使っても後悔はないのが今の俺の心境だ。


 その店は、メインストリートから外れた裏通りにあった。周辺は石畳が続き、石造りの店が軒を並べている。

 看板は薄汚れ、通りを歩く人の数も少ない。

 そんな通りをクレアはすたすたと歩き続けた。


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