第四章──ドラゴンファイト⑥
俺は瞬き、凝視した。
見間違いか、それとも……。
「前方に何かいる。こちらに向かってくるぞ」
俺の声にノアも反応した。
「私も見つけた。十一時の方向に敵機二機、ゲルマニアドラゴンよ」
応じる間にも黒点は拡大し続け、たちまち一円玉ほどの大きさになった。
「敵よ、間違いない!」
ノアの声がレシーバーに響いたその刹那、俺たちと敵ドラゴンはすれ違った。
数は二機。高度差はゼロ。大きさはこちらとほぼ同じだ。
「レフトターン。ナウ!」
ノアの声が無線に響き、俺は左旋回をかけた。
通常の戦闘機ならバンクがあり、方向舵が動き、左旋回となるはずだがドラゴンの場合、各部がどう動いているのか見当もつかない。
操縦感覚はスピットファイアに近い。ノアが操るエリキウスと相対位置に変化はない。つまり、正しく旋回できているということだ。
編隊を組んでの訓練ではこれができるのに結構な飛行訓練が必要になるが、ドラゴンナイトにはその辺をすっ飛ばしてこなせる能力があるのかもしれない。
左旋回を終えるとゲルマニアドラゴン二機は再び前方にあった。向こうも旋回してこちらに対応したらしい。
「ノア、どうする?」
「基本的にはロッテ戦術だけど、撃てるようならあなたも敵を撃って」
「それでいいのか?」
「私もドラゴンファイトは初めてなの。何が正解なんて判らないわ」
「了解」
無線を交わす間にも敵ドラゴンとの距離が詰まっていく。
七〇〇メートルを切ったところでノアのエリキウスが射撃開始した。二〇ミリ機銃四門がバリバリ敵を撃ち始める。
狙いは……首の付け根だ。融合時のコクピット位置を徹底して狙う戦術らしい。
再び敵ドラゴンとすれ違う。
敵もロッテ戦術らしく、長機に対し僚機は後方をついていくだけだ。
「上昇、右旋回する。ナウ!」
ノアの声が無線に響き、彼女のエリキウスが上昇を始める。
俺は追従しつつ敵ドラゴンの動きを眼で追った。
敵は水平旋回で対応しているらしい。
高度を五〇〇メートルほど上げ、ノアが右旋回を始めた。敵ドラゴンは……水平旋回を終え加速を始めたらしい。
「ノア、敵はヘッドオン狙いだ。気をつけろ!」
「了解」
ドラゴン同士が正面正対で機銃を、そして火焔を撃ち合ったらどうなるのか。
先に弾を当てた方が有利なのは確かだろう。
「距離が詰まる……四〇〇、撃て」
ノアの声に合わせ、俺も機銃の発射ボタンを押した。
一瞬で敵ドラゴンが拡大し、顎門から発砲炎が閃く。敵弾がコクピットを貫いた……と思った瞬間、 空中に炸裂が湧き起こる。
緑の発光八角フレーム──シールドが敵弾を遮るのが判る。
緒戦でBf109と戦った時と同じだ。
それでも衝撃は感じる。
付与魔法をかけられた敵弾がこちらのコクピットを直撃したのが判る。
大丈夫、弾いた。防御魔法のシールド効果が敵弾を弾き返し、空中炸裂させたのだ。こちらに被弾による損害は出ていない。
「敵が旋回する。こちらもレフトターン、ナウ!」
彼女のエリキウスに合わせ、俺も左旋回をかける。
敵ドラゴンとの距離は急速に詰まっていた。
一〇〇〇メートル単位の距離から七〇〇、四〇〇と見る間に縮まっている。
俺はノアのエリキウスに並びつつ、照準環内に敵ドラゴンを捉え、機銃の発射ボタンを押した。
轟音と共に二〇ミリ機銃弾が敵を狙い撃つ。
首周りを中心にバチバチと弾着が閃く。敵も防御魔法のシールドを装備している。装備は互角だ。
その時、セレクターの赤ランプが点滅した。
ドラゴンの火焔放射が可能になったのだ。
俺は無線を入れる暇もなくセレクターを切り替えた。
ヘッド・アップ・ディスプレイが前回同様青く輝き、先頭の敵ドラゴンに△のマークが重なる。ヘッドセットがブザー音を鳴らした。
あの時──初日に一二機撃墜したのとまったく同じだ。
俺は発射ボタンを押した。
次の瞬間、俺のドラゴン──ラニウスが咆哮を発した。
高周波音が響き、目も眩む赤い焔が空中を走った。
一瞬のうちに敵ドラゴンに対し閃光が走った。
爆発……と思いや、激しい焔を振り払うように敵ドラゴンが姿を現し、負けじと咆哮する。
次の瞬間、目の前が真っ赤に染まった。
向こうも火焔で撃ち返してきた……と判った時には、俺のラニウスは炎の塊となっていた。
それでもコックピットは無事だ。
魔法によるシールドがラニウスを守っている。火焔を突破してラニウスが突き進む。焔を振り払うように主翼が唸りを上げて動き、火焔を振り払う。
「彩夏、上昇して!」
無線からノアの指示が飛ぶ。
俺は夢中で操縦桿を引き、スロットルを開いた。
主翼付け根から轟音が湧き、ラニウスの速度が一挙に上昇した。
次の瞬間、ゲルマニアドラゴンが目の前を横切る。
ラニウスの鉤爪が敵の主翼に当たり、轟音と共に何かが裂けるような音が響き、敵ドラゴンの咆哮が続いた。
敵の魔法シールドを鉤爪が引き裂いたのだ。
一瞬のうちに敵味方のドラゴンが交差した。
鉤爪に裂かれたゲルマニアドラゴンが絶叫と共に降下を始め、俺とノアの操る二頭のドラゴンが上昇する。
背後を振り返った瞬間、敵ドラゴン二番機が咆哮と共に顎門から焔の塊を噴出するのが見えた。
俺は操縦桿を倒し、ラダーペダルを蹴り込んだ。
一瞬のうちにラニウスが横転し、針路が左に激しくずれる。
その瞬間、敵ドラゴンの顎門から火焔が延びる。
間一髪だった。
ギリギリのタイミングで直撃を免れる。
模擬空戦で感じたフレーズが脳裏に蘇る。一〇メートル外れようと一センチ外れようと、外れは外れ。
直撃でなければ、しのげる。
それでも外殻に焦げ痕が残るのは火焔の凄まじさを物語る。
防御魔法に護られているとはいえ無傷ではいられない。直撃を免れても近弾なら影響が出る。
手強い。
一瞬でこれだけ思考が巡るのはアドレナリンが凄まじい勢いで体内を巡っているからだ。実質、一秒が一〇秒前後に感じられる。凄まじい緊迫感と時間感覚だ。
エリキウスの背を追いつつ、俺は無線に怒鳴った。
「ノア、右旋回だ! 失速反転!」
間髪を入れずノアのエリキウスが応答する。
右旋回後、スロットルを緩め一気に失速反転する。
敵ドラゴン二頭が照準圏内に飛びこむや、俺は叫んだ。
「今だ、全力攻撃!」
一瞬のうちにノアのエリキウス、俺のラニウスそれぞれが咆哮を発した。
轟音と共に二〇ミリ機銃が唸り、付与魔法のかけられた銃弾が敵ドラゴンの未来位置めがけ突き進む。
曳光弾が飛び、続け様に弾丸が命中、爆発する。
敵ドラゴンの機体全体がオレンジ色のシールドに包まれ、付与魔法弾と防御結界の攻防戦が続くのが視覚化される。
その瞬間、敵のシールドに大穴が開いた。轟音と共に敵ドラゴンの鱗が爆ぜ、続いて──。
「ノア、火焔放射だ!」
「ヤー!」
Ja.
デンマーク人は咄嗟の応答にドイツ語を使う?
これは人それぞれだろう。
これまで判っているのは、他言語国家のためデンマークでは英語とドイツ語が併設して用いられる事だ。それで日常やりとりされているのは、日本人のこちらから見たら信じられない。
ドイツ語で“了解”を意味する声と同時にエリキウスの顎門から真っ赤な火焔が噴出する。
俺のラニウスも同様だ。
二頭のドラゴンが放つ火炎弾が先頭の敵ドラゴンを直撃した。
凄まじい絶叫が周辺空域を文字通り圧した。
一四〇デシベルを超える絶唱が耳を打ち、先頭ドラゴンが火焔に包まれ大地に落下を始める。
やった。
敵ドラゴンを撃破……そう思った瞬間がまさに『油断』だった。
敵二番機の機首がこちらを向き、顎門が赤輝する。距離は一〇〇メートルもない。
至近距離で敵を撃てるということは、敵も至近でこちらを狙えると言う事だ。
瞬く暇もない。
赤輝した衛門から火焔が噴出したその刹那──。
俺のラニウスは直撃を受けた。
顔面が真っ赤に染まり、俺の意識は──。
途切れた。
視野が暗転し、漆黒の闇が訪れる。




